AWC 邪狩教団 第2話 炎の召喚 第14章    リーベルG


        
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第14章    リーベルG
★内容
                   14

 二人は倉庫の中に出た。倉庫の中は、いくつも棚が作ってあり、日曜大工道具や、
芝刈機、何かのエンジン、バケツやホースといった、どこにでもありそうなものが転
がっている。ドアは外から鍵がかかっていたが、玲子は壁の一部が隠し扉になってい
るのを発見した。
 外に出ると、玲子は思いきり伸びをして、しなやかな身体をリラックスさせた。カ
インはおもしろくもなさそうに周囲を見回していたが、やはり外に出てほっとしてい
るようだった。
 そろそろ、夜明けが近い時刻になっているはずだった。雲一つない空には、信じら
れないほとたくさんの星が瞬いていた。冷たい夜風が玲子の長い髪を優しく撫で、乱
していった。肌寒さを感じたが、玲子はプラーナで身体を暖めようとはせず、夜に包
まれるすがすがしさを存分に満喫した。
 「何とか今日の語学の授業には間に合いそうね」とてつもなく日常的なことを玲子
は呟いた。
 「カイン。ハミングバード」
 声がかかる前に、二人は振り向いていた。若い男が立っていた。革のジャンバーと
黒いジーンズという軽快な服装だった。栗色の髪と、鳶色の瞳。俳優のような整った
顔立ち。すらりと長い足。玲子はその男をコードネームで知っていた。
 「ハイ、ロミオ」
 「無事でよかった」ロミオは玲子の手を取った。「心配してたんだよ。東洋一の美
人が危険だと聞いてね」
 「はいはい、ありがとうね」玲子はさりげなく手を取り戻した。「相変わらずね。
ジュリエットは?」
 「あいつなら、向こうで後始末をしてるよ。得体の知れない化け物が何匹も襲いか
かってきたんだ」
 「アスラというのよ」
 「へえ。ま、とにかくここに着いた途端に、そいつが10匹以上現れたんだ。話が
通じそうな相手じゃないし、焼き尽くしてやったよ」
 玲子は頷いた。ロミオと、ジュリエットというコードネームを持つ女性の戦闘要員
は数万度の高熱を発する能力を持っている。玲子は何度か、彼らと一緒の任務を遂行
したことがあり、その威力のほどは熟知している。
 「こちらはカイン。<巫女>一族よ。カイン、こちらは教団の戦闘要員でロミオ。
もうひとり、ジュリエットという女性とコンビを組んでるの」
 カインはうなずいただけだった。ロミオは自分より顔の綺麗な男には、無条件で敵
意を抱くとい仕ト\通り、そっぽをむいた。天性の女たらしなのだ。玲子自身、何度も
口説かれたことがある。そのたびに撃退したが。
 「長官と連絡を取りたいの。送信機を貸してくれない?」玲子はロミオに言った。
ロミオは頷いて、自分の腕時計を外しながら言った。
 「君の送信機は、窓の外に落ちてたよ。ぼくらが到着したときには、あの化け物に
踏まれたかなんかで、壊れてたけどね」
 回線はすぐ、つながった。玲子はイヤピースを耳にはめた。
 「ハミングバードです」
 『<ホロン>の部隊はどうした』長官の第一声がそれだった。いつものことなので、
玲子は今更怒る気にもなれなかったが、それでも一言、言わずにはいられなかった。
 「私たちの安否を気遣う一言くらいあってもよさそうなものじゃありませんか?」
 『ああ、大変だったな』義理が9割といった感じで長官は言った。『それで、<ホ
ロン>の部隊はどうした』
 「一人を除いて、全滅しました」玲子はあることに思い至った。「まさか、はじめ
から知っていたんじゃないでしょうね!」
 『知ったのはついさっきだ。その一人はどうした?』
 「さあ。撤退したんだと思いますが」
 『<従者>は?』
 「滅びました」
 『よろしい』タイラントの声には、それと注意していなければわからないほどの満
足感が混じっていた。『カインにかわってくれ』
 玲子はイヤピースと送信機をカインに渡した。カインはそれを受け取ると、玲子に
背中を向けて長官と、何やら小声で会話を始めた。玲子が所在なげにそれを眺めてい
ると、誰かが近づいてきた。
 「あらハミングバード。久しぶりね」
 ジュリエットだった。美しい金髪と、蠱惑的な肢体を持つグラマラスな美女である。
ルージュをひいた唇。天性の媚を持った瞳。小生意気な妖精のような鼻。本人も自分
が美しいことを充分に心得ているが、かといってそれを誇示したり、また嫌みに謙遜
してみせたりはしないので、高慢な印象を与える事はない。うす汚れたセーターとジ
ーンズも、彼女のセックスアピールをいささかも損ねてはいない。
 「ハイ、ジュリエット。いつも素敵ね」玲子はお世辞でなくそういった。二人の年
齢はジュリエットの方が、一つか二つ上であるだけだが、玲子はいつも圧倒されてし
まう。ロミオとジュリエットが並んでいると、これほど美男美女という形容詞がぴっ
たりくるカップルも珍しい。もっとも、そんなことを口にすれば、二人とも顔をしか
めて否定するに違いない。この二人がコンビを組んでいるにもかかわらず、仲が悪い
のを、玲子は知っていた。
 「そっちは終わったのか?」ロミオが険悪な口調で言った。
 「とっくに終わったわよ。あんたみたいにぐずじゃないのよ」答えたジュリエット
の言葉も、とげだらけだった。
 「ぐずとはなんだ。のろま」
 「何よ。****の☆☆☆☆!」ジュリエットは、玲子が思わず顔を赤らめてしま
うな卑猥なフォーレター・ワードを吐いた。ロミオも負けずに言い返した。
 「何だと!この○△×♀!」
 「♂@£◇!」
 「∴&§♂!」
 玲子はあきれながらも、楽しく二人の罵りあいを聞いていた。地下で、非人間的な
ものに直面し過ぎたので、久しぶりに生き生きとした人間の営みに触れたのが、うれ
しかった。たとえ、それが聞くに耐えない罵詈雑言であったとしても。
 カインが通信を終えて、3人の方にやってきた。さすがにロミオとジュリエットは
口をつぐんだ。最も、険を含んだ視線をぶつけあってはいたが。カインは送信器とイ
ヤピースを、ロミオに返して言った。
 「あと、5分でヘリが到着する」
 ジュリエットが進み出て、カインに色気たっぷりの挨拶をした。
 「初めまして、<巫女>のカイン。ジュリエットです」
 カインは冷たい一瞥をくれただけで、それを黙殺した。ジュリエットは少し、顔色
を変えたが、肩をすくめて歩きだした。ロミオはそんなパートナーを冷笑すると、後
に続いた。ヘリが下りられる地点まで少しあった。
 玲子はカインと並んで歩き始めたが、小声で訊いた。
 「それで、荏室大佐はどうなっているの?」
 カインは唇に100キロの石の塊がぶらさがっているような、重い口調で答えた。
 「<ホロン>は、何とかして<従者>をコントロールしたがった。それには<巫女
>の血が絶対に必要だ。そこで、10年ほど前、ある戦いに紛れて、<巫女>の一族
の女性を拉致したんだ。むろん、薬物で眠らせてだ」
 カインは怒りをこらえるように拳を握りしめて、続けた。
 「その女性は、<ホロン>が選んだ男に犯され、やがて妊娠した。男の子が生まれ
たが、母親となった<巫女>の女性は死んだ。逃亡を防ぐために、薬物を連続的に投
与されていて、衰弱していたんだ。
 子供は健康だったが、<ホロン>が期待したほどの<巫女>本来の力を発揮するこ
とはなかった。外部の血を混ぜたのだから当然だ。そこで、<ホロン>はその男の子
を、<巫女>に送り込んだ。どうして、そんなことができたのかは、ぼくにはわから
ない。邪狩教団と<ホロン>との間に、ある種の不可侵条約のようなものが結ばれた
とも聞いたが、詳しいことはわからない。とにかく、何年かの間、その男の子は、ぼ
くと一緒に修行をした。ぼくたちは、まあ親しいといってもいいくらいの仲になった
んだ」
 カインは沈黙した。玲子はしばらく待ったが、カインは物思いに沈んでしまったよ
うに口を閉ざしていた。とうとう、玲子は静かにうながした。
 「それから?」
 カインは夢から醒めたように、玲子の顔を見ると、平静な声で言った。
 「それがあいつだよ」
 再び、沈黙が訪れた。だが、今度のそれは、熱くはちきれそうな何かを秘めた、爆
発寸前の状態が、かろうじて均衡を保っているのにすぎなかった。それをはじけさせ
たのは、玲子だった。
 「あいつって、荏室大佐のこと?」
 カインは頷いた。
 「だって、あの男はどう見ても30を越えてたわよ!」玲子の声は知らず知らずの
うちに高くなっていた。前を行くロミオとジュリエットが、罵声をぶつけあうのを中
断して振り返った。玲子は、何でもない、というように手を振ってから、小声で訊い
た。
 「あの男は実は10才だったというの?」
 「原因はわからないが、その男の子の成長は異常に早かった」カインは荏室という
固有名詞を使うのをかたくなに避けていた。「むしろ老化が、というべきかな。母親
に投与された薬物のせいかもしれないし、<巫女>と普通の人間との混血が原因かも
知れない。とにかく、男の子は一族と共に暮らした5年間で、通常の20才を越える
くらいの肉体的な成長を遂げたんだ」
 「それなら、あっという間に老人になるんじゃないの?」
 カインはかぶりをふった。
 「次第に成長のスピードは緩やかになっていった。ぼくがあいつと別れたときは、
ほとんど目立たないほどだった」
 「別れた?」
 「<ホロン>があいつを呼び戻したんだ。<旧支配者>関係の任務を与えるために。
その後、一度だけ訪ねてきたとき、あいつは少佐だった」
 玲子は言うべき言葉を見いだすことができなかった。カインは平静さを装っている
が、固く握りしめた拳がそれを裏切っている。
 「これだけだ」カインはきっぱり告げると、これ以上は何も話すつもりはない、と
でもいうように、さっさと先に立って歩き始めた。
 玲子は心にかかっていた質問を、ついに発することができなかった。カイン、荏室
大佐は何故、あなたのお姉さまソーマの名前を口にしたの?
 だが、カインの拒否は奇妙な安堵をもたらしたことも確かだった。それは、玲子が
するべきではない質問だった。玲子は自分がその答を、本当に知りたいのかどうかす
ら分かっていなかった。
 カインは玲子の前を傲然と歩いていた。その背中は世界の全てを拒否しているよう
に、寂しげで、はかなげに見えた。玲子は足を早めて少年と並ぶと、そっと手を握り
しめた。少年はそれを拒まなかった。暖かい手が、優しく握り返してくるのがわかっ
た。二人はそのまま、無言で歩を進めた。
 やがて、前方に爆音が轟き、闇を切り裂いて2機のヘリが出現した。ロミオが、ラ
イトで円を描いてパイロットに合図する。しばらく、ホバリングしたあと、ヘリは草
の上に、お互いに少し離れて着陸した。1機のハッチが開き、誰かが降り立った。女
神のようなソーマの優しい微笑みが月明かりに照らされて、カインを待っていた。
 カインは玲子の手を離して、振り向きもしないでそちらに歩きだした。年に似合わ
ず冷酷な少年にふさわしい仕草だったが、指と指が離れる最後の瞬間、玲子はカイン
の心の声を確かに聞いた。
 −ありがとう、ハミングバード。
 なぜカインがそんなことを言ったのか、玲子にはわからなかった。だが、その不器
用で暖かく素直な、少年らしい感謝の言葉は、玲子の心を優しく柔らかく満たしてく
れた。とりあえずはそれで充分だった。玲子はいずれまた、この少年に会えることを
確信していた。
 カインがソーマの腕の中に飛び込んで行くのを見ながら、玲子はもう1台のヘリに
向かって歩きだした。高空には月と星。地上にはそよ風と草の香り。冷たい空気には、
微かに夜明けの匂いがただよっていた。

          邪狩教団 第2話 炎の召喚
                                了
                            1993.2.10




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