#2835/3137 空中分解2
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第11章 リーベルG
★内容
11
空中を縦横無尽に飛び回りながら、血と肉片を大量生産していたカインの剣は、よ
うやく飽食したようにその動きを止めた。すでにアリーナの中に生きているアスラの
姿は絶えていた。200匹以上いたアスラは、カインの剣に斬り倒されるか、逃げ出
してしまっていた。
それを確認すると、剣は壁にもたれている少年の身体に近付いた。開いた左手に、
柄が滑り込んだ。その瞬間、魔術は解け、剣に宿っていたカインの霊体は、本来の身
体に帰った。
しばらく何も起こらなかった。だが、数分が経過すると、血が凝固していた胸の刺
し傷がゆっくりと脈動し、冷たい血が再び流れ始めた。指がぴくりと動き、剣を握り
しめる。固く閉ざされていた唇が開き、浅く、かすれたような呼吸が洩れた。青白く、
死人のようだった頬に、雲がたなびくように血の気が戻ってきた。
瞼が開き、光に戸惑ったようにすぐ閉じられた。少し、間をおいておそるおそる、
慎重に瞳が現れた。
少年はかすかにうめいた。12才の若い肉体は全身が炎のような熱を発していた。
のろのろと右手が上がり、左胸にあてられた。口の中で何かを唱える。傷にあてられ
た掌がぼうっと淡く暖かい光を発した。
微速度撮影された映像のように傷口の細胞が復活し、損傷した血管が塞がっていっ
た。だが、同時に激甚な苦痛を伴うと見えて、カインは歯を食いしばって絶叫をこら
えていた。別に誰も見ていないのだから、我慢する必要もなさそうなものだが、弱み
を見せるのは、相手が自分自身であっても徹底的に忌避するのだ。
ようやく傷がある程度塞がった。カインは力を抜いて、驚異的な治療をやめた。
2、3度深呼吸をしてから、ゆっくりと壁につけた背中をずり上げていく。長い時
間をかけて、立ち上がると壁にもたれたまま、服のボタンを外して、左胸の傷を調べ
た。剣は左胸の皮膚と筋肉組織を突き破り、肋骨の間を抜け、左肺に大穴をあけ、肩
胛骨のすぐ下から飛び出した。致命傷となってもおかしくはないが、そうはならなか
ったのだ。 ・・・・・・ ・・
「ふん。心臓が左にあったら死んでいたところだ」カインは呟いた。心臓は右胸で
しっかりと搏動を続けていた。
<巫女>の一族はみな、内臓諸器官の位置が左右逆転している。それが一族の持つ
聖なる古い力と何か関連があるのかどうかは、本人たちも知らない。だが通常、内臓
全転移症という症例には、臓器の奇形が伴うのが普通だが、<巫女>の一族は長寿と
健康を保っている。
カインはボタンをかけると、しばらく壁にもたれたまま、目を閉じて口の中で何か
を唱えていた。体力の回復のためのエネルギーを、常人には窺いしれぬ深淵から呼び
出すための魔術である。
やがて、開かれた瞼の奥では、深青の瞳が元通りの光が放っていた。カインは剣を
握り直すと、ツオ・ルが逃げて行った方に向かって歩き始めた。
玲子の叫び声を聞く前に、大佐は振り返っていた。CZ85が握られていた。
「貴様ら、よくもやってくれたな!」ツオ・ルはわめいた。その声は大量のアスラ
が浮かんでいるプールを越えて、玲子達のところまで届いた。
「荏室大佐!邪狩教団と<ホロン>が結託していたとは知らなかったぞ!よくも今
まで、わしをたばかってくれたな」
「黙れ!」大佐はCZ85の引き金を絞った。ツオ・ルの額に穴が開き、後頭部か
ら血と脳漿が噴出した。だが、<従者>は意に介さず、わめくのをやめもしなかった。
「これで、わしの研究も終わりだ。だが、貴様ら<ホロン>の目論見も終わりだ。
わしを利用したつもりだろうが、そうはいかん。本当はもう少し、アスラを強力にし
てからにしたかったが、今、ここで見せてやる!」
その時、周囲の銃声が止んだ。6人の兵士が駆け寄ってきた。ようやくアスラが尽
きたのである。7つの銃口がツオ・ルを狙った。玲子もメダリオンを握りしめた。だ
が、2つの扉の距離はおよそ70メートル以上あった。メダリオンを投じても、正確
に命中させることができる自信は、玲子にはなかった。
ツオ・ルは両手を激しく動かして、複雑な印を結んだ。玲子の記憶が高速で検索さ
れて、あるパターンと合致することを発見した。まぎれもなく、炎の邪神クトゥグァ
召喚の印だった。この<従者>は、<旧支配者>を地上に召喚しようとしているので
ある。
だが、その宿り先は?<旧支配者>は肉体というものを持たないので、この時空連
続体に降臨する際には仮の肉体が必要である。定まった形はないとされている。ただ、
<旧支配者>の宇宙的な力を収めきれるには、ある程度の大きさを必要とし、さらに
受け入れの下地がなければならない。例えば、邪悪な者が邪悪な目的で創り出した肉
体であるとか。アスラのように… エムロ
玲子は足元を見た。同時に、ツオ・ルに荏室と呼ばれた大佐も同じ事を考えていた
らしくプールを見た。
無数の、融合したアスラ。
邪力が増大していた。ツオ・ルの身体のあちこちが、連続的に小さく破裂して、粘
液にまみれた触手が蠢いた。人間の身体が邪力を受け止めきれずに破壊している。逆
に体内の<旧支配者>の細胞は、悪性腫瘍のように激しく増殖して、邪悪な姿を表し
ている。
止めなくては。玲子は思ったが、距離が遠すぎる。ツオ・ルとの間には、プールが
横たわっており、そこに一歩でも足を踏み入れれば、あの哀れな兵士と同じ運命を辿
ることになるのだろう。
「あいつを撃つのよ!」玲子は大佐に怒鳴った。「早く!」
大佐は我にかえったように、命じた。
「撃て!」
6つの銃口が火を噴いた。
だが、それはわずかに手遅れだった。ツオ・ルの周囲には邪力による、見えない壁
が形成されていて、弾丸はその表面を滑るように、ツオ・ルから反れ、壁で炸裂した。
ツオ・ルが立っているドアの輪郭は、邪力によって形がゆがみ、長方形から歪んだ半
円形に変貌していた。さらにプールの液体もその邪力に敏感に反応し、ぞわぞわと波
打つように蠢いていた。
「射撃を続けろ」大佐は命じておいて、玲子に向き直った。「銃では駄目だ。この
アスラたちが<旧支配者>の肉体となるなら、これを焼いてしまえばどうだろう」
「そうね」玲子は同意した。「何で焼くの?」
「C4がかなりある。国会議事堂をきれいに吹っ飛ばせるほどだ」
そのとき、洞窟の壁に設置されていた照明が揺らいで、ふっと消えた。同時に兵士
たちが発砲をやめた。
「どうした」大佐は叫んだ。「撃ち続けろ!」
「銃が作動しません」兵士が青い顔をして報告した。
「何だと…」大佐は自分のCZ85のトリガーを絞った。ハンマーは下りたが、弾
丸は発射されなかった。これほど熟練した兵士が残弾数を間違えることは有り得ない。
するとカートリッジのパウダー(炸薬)が発火していないのだ。
何かが起こっている。玲子ははっきりと恐怖を感じた。想像を絶する何かが進行し
ているのだ。
「ツオ・ルの邪力が電子装置や機械装置に影響を及ぼしているんだわ」玲子は大佐
に言った。大佐は驚きの色を浮かべて、玲子を見た。
「時計を見てみなさいよ」玲子は言った。玲子自身の送信器内臓の腕時計は別荘の
外に投げてしまったのだ。
大佐は左手首のデジタル時計を見た。それは動いてはいたものの、でたらめな記号
をめまぐるしく表示しているだけだった。ICが狂っているのだ。
「ノクトビジョンが機能不良」
「通信システム作動しません」
兵士が次々にネガティブな報告をもたらした。
「人間の生理機能には影響がないようだな」大佐は唸った。
「今のところはね」玲子は冷たく答えた。「それより、何とかツオ・ルを止めない
と、地上に暗黒が広がることになるのよ」
ツオ・ルの高い声が全ての音と声を遮って響きわたった。
「時は至った。フォーマルハウトは地平に昇った。いざ、わが主よ。地上に君臨し、
暗黒の炎であらゆるものを灼きつくしたまえ!」
ツオ・ルは高々と触手に覆われた両手を上げた。そして、人間には発声不可能な声
でおそるべき呪文をゆっくりと詠唱しはじめた。
ふんぐるい むぐるうなふ
「洞窟を回って、あいつのすぐそばまで行くのよ」玲子は叫んだ。「殴りつけてで
もあいつを止めないと!」
くとぅぐぁ ふぉおまるはうと
「全員、進め。全速力!」大佐は命じた。
んぐあ ぐあ なふるたぐん
玲子と大佐、それに率いられた6人の兵士は洞窟を駆け出した。夜目のきく玲子が
先に立った。
いあ! くとぅぐぁ!
ツオ・ルの声は洞窟全体に響いていた。玲子は走りながら、記憶のページをめくっ
て、クトゥグァの項を開いた。この召喚の呪文を3度唱えると、クトゥグァは地上に
降臨する。おそらく、あの巨大な扉が、クトゥグァの幽閉されている次元と、この次
元との通路になっているのだろう。ツオ・ルが呪文を終えたとき、あの巨大な扉が開
き、<旧支配者>が出現し、プールに用意されたアスラたちの融合した肉体に宿るの
だろう。
ふんぐるい むぐるうなふ
そうなったら、誰にも、たとえ邪狩教団が全力を尽くしても、それを封じる手段は
ない。教団の使命は、<旧支配者>の復活を妨げることであって、それと戦うことで
はないからである。<旧支配者>そのものと戦うことなど、<巫女>一族であっても
不可能である。クトゥグァは地上を蹂躙し、太古の魔術と暗黒の力で、想像を絶する
災厄をもたらすだろう。そのうち、どこかの国家が耐えかねて核兵器を使用するまで
それは続く。
くとぅぐぁ ふぉおまるはうと
熱核兵器は確かに、肉体を消滅させることはできるかもしれないが、<旧支配者>
の本体はさっさとそれを見捨てて、元の次元に戻って、再び長い眠りにつくだけのこ
とだ。そのあと、世界は悪くすると熱核戦争に突入するかも知れない。多分、邪狩教
団も消滅し、<従者>たちは核の冬を喜んで迎え、いずれ<旧支配者>がもっと簡単
に再臨する。かくて人類の歴史は終焉の鐘を鳴らすことになるのだ。
んぐあ ぐあ なふるたぐん
空気には腐臭が漂い、帯電しているように髪の毛がびりびりと震えた。温度が上昇
している。邪力が増大し、洞窟の壁全体が微かに震動しているようだ。
いあ! くとぅぐぁ!
2回目の詠唱が終わった。一行は角を曲がった。ツオ・ルは50メートル先だ。玲
子はメダリオンを持ち直した。そのとき、闇の中から、アスラが2匹出現した。ツオ
・ルの強大な邪力に隠れて、感知できなかったのだ。牙をむき出して、そいつらは襲
いかかってきた。
ふんぐるい むぐるうなふ
玲子は1匹目の突進を回避した。コンバットナイフを抜いた兵士達が、そいつに立
ち向かった。2匹目は鈎爪の生えた手を振り回し、玲子を翻弄した。確かに強くなっ
ている。玲子はフェイントを繰り返し、何とか相手にメダリオンを叩きつける隙を求
めて、激しく動いた。
くとぅぐぁ ふぉおまるはうと
玲子は1匹目の突進を回避した。コンバットナイフを抜いた兵士達が、そいつに立
ち向かった。2匹目は鈎爪の生えた手を振り回し、玲子を翻弄した。確かに強くなっ
ている。玲子はフェイントを繰り返し、何とか相手をやり過ごして、ツオ・ルにメダ
リオンを叩きつける隙を求めて、激しく動いた。だが、その焦りがわずかに動きを鈍
らせた。常ならば問題にならないほどのミスだったが、鍛えられたアスラ相手には致
命的だった。太い脚が跳ね上がり、玲子の右手をかすめた。手首が切り裂かれ、メダ
リオンが指から離れて落ちた。
んぐあ ぐあ なふるたぐん
詠唱が終わってしまう!後1節、ツオ・ルが呪文を発すれば終わりだ。玲子はアス
ラの攻撃を回避しながら、心の中で悲鳴を上げた。どこからか大佐が敏捷な豹のよう
に、間に割り込み、ナイフを一閃させた。アスラの太い猪首から、血が噴き出した。
玲子はメダリオンを拾い上げて、ツオ・ルに向き直った。
そのとき、カインが現れた。
少年は一瞬で全ての状況を把握した。助走もつけずに跳躍すると、無防備に立って
いるツオ・ルの脳天に剣を叩きつけた。
剣はツオ・ルの頭を真二つに割、背中まで切り裂いた。瞬間的に邪力が増大し、近
くにいたカインのみならず、玲子や大佐、兵士とアスラが地面に叩きつけられた。
間に合った!玲子は素早く身を起こしながら、心の中で叫んだ。だが、それは間違
いだった。上半身を両断されながら、ツオ・ルは立っていた。そして、その切り裂か
れた身体から最後の1節が高らかに響いた。
いあ! くとぅぐぁ!