AWC 邪狩教団 第2話 炎の召喚 第12章    リーベルG


        
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第12章    リーベルG
★内容
                  12

 その瞬間、あらゆる時と事象が凍りついた。
 玲子、カイン、大佐、兵士達、アスラ。そこにいた全ての者が動きを止め、南西の
対岸にある巨大な扉を凝視した。次に何か起こるとしたら、そこしかありえなかった。
 不意に巨大な扉の輪郭がぼやけた。目の錯覚ではない。巨大な一枚板の石の扉は、
スライドするのではなく、ゆっくりと消えかけていた。
 不意に肩に手をかけられて、玲子は文字どおり飛び上がった。カインの碧眼が玲子
を見つめていた。
 「まだ、邪神は出現していない」カインは静かに言った。「あの扉が完全に消滅す
るまで、まだ少し余裕がある」
 「どうしようというの」玲子は訊いた。
 「ぼくが扉を閉じる」カインは扉に近寄った。「だが、手伝いがいる」
 カインは剣を目の前に持ち上げると、何かを唱えた。続いて、鞘をベルトから外す
と同じように、持ち上げて呪文を唱えた。
 「持っていてくれ」カインは玲子に鞘を渡した。そして、目の前のプールを見た。
 「駄目よ」玲子は慌てて制止した。「身体が熔けてしまうわ」
 カインはわかっている、というように頷くと、剣を目の前にかざした。そして、呪
文を唱えると、プールに突き立てた。
 「邪悪なる汚れをまとう者たちよ。聖なる剣の前から退き、道を開けよ!」
 プールの液体とその下のアスラの肉体は、ざわざわと蠢き、ついでモーゼの奇跡の
ように、両側に割れた。南西の巨大な扉まで1本の細い道まっすぐ伸びている。。
 「ハミングバード」カインは玲子を呼んだ。「鞘をここに突き立てていてくれ」
 玲子は言われたとおり、カインが剣を突き立てている場所の隣に鞘を立てた。カイ
ンが剣を抜いても、両側の敵意ある液体と肉の複合物は押し寄せてこなかった。
 「何があっても、この鞘から手を離さないで」カインは頼んだ。「あそこで、扉を
閉じる魔術を使った後では、この道は維持できないかもしれない。そのために、鞘を
残しておくんだが、これは立てておかなければならないんだ。でも、ここには固定で
きるようなものがないし、このプールに満たされている邪悪な奴らに隙をみせるわけ
にはいかない。生身の暖かい血の通った人間がこの鞘を握っている必要があるんだ」
 「わかったわ。離さないわ。気をつけて」玲子は何とか微笑みらしきものを浮かべ
た。
 カインはきびすをかえすと、剣を正面にかざして扉に向かって、可能な限り早足で
歩いて行った。玲子の握っている鞘から離れるにつれて、道の幅は狭くなっていて、
扉の下では片足がおけるだけにすぎない。
 巨大な扉はプールから1メートルほど上に位置していた。すでに、扉の輪郭は消滅
し、全体が薄く消えかかっていた。
 すでにツオ・ルは崩れ落ち、邪力は消え失せていた。だが、今、別の邪力が扉の方
から感じられていた。ツオ・ルなど比較にならないほど宇宙的な穢れに満ちた力が。
それを感じただけで、玲子の両足は震え始めた。
 カインは扉の下にたどり着いた。
 剣を持ち上げると、宙に五芳星を描いた。そして、剣を目の前にかざすと口の中で
呪文を唱え始めた。その格好は地下のアリーナでアスラの大群を食い止めた時と、同
じだった。だが、今度止めなければならないのは、それより遥かに巨大な相手なのだ。
 扉はほとんど消えかけていた。カインの額に汗が浮かんだ。魔術はほとんど効果を
表していない。本来なら、<巫女>の一族の高僧が数人がかりで行う魔術だった。カ
インは初陣で、しかも負傷し、疲労している。
 そのとき、死んだと思っていたツオ・ルがゆっくりと身体を起こした。ほとんど元
の姿を保っていない。カインの剣に斬られた部分は、ぶくぶくと泡立ち、解け始めて
いる。邪力も遥かに弱まっている。だが、最後の執念で身を起こすと、右手をカイン
に向けた。
 「死ね!」
 邪力が塊となって宙をとび、カインの背を直撃した。前方に全神経を集中していた
カインはよろけた。積み上げた精神集中と、魔術の累積効果が一瞬で消え失せた。ツ
オ・ルは一声、笑い声を発すると崩れ落ちた。ほとんど瞬時に、その身体はわずかな
腐肉と腐汁を残して消滅した。
 次の瞬間、扉が完全に消滅した。
 全ての目が扉の奥に集中した。
 はじめは何も見えなかった。扉の奥には深宇宙のような闇が広がっているだけだっ
た。ただし、星の輝きは見えない。ただ、底知れぬ暗黒だけがどこまでも永劫に続い
ていた。
 やがて、何かが見えた。闇の中にきらめく一点の炎。それは次第に大きくなってい
き、こちらに向かってくる。
 そして、突然それは扉の入り口に出現した。
 恒星の中心部よりも熱く、しかし生命を育む暖かさや、星の世界への憧れを呼び起
こす美しさとは、全く無縁の存在だった。まぎれもなく邪悪な炎だった。いや、あま
りに異質すぎて、人間の限られた認識能力ではそれの本質を完全に理解することは、
1万年かけて進化したとしても不可能だったに違いない。いかなる科学も宗教も芸術
もそれの一端すら表現し得ることは永遠にかなわず、ただ、畏れ、ひれ伏し、許しを
乞うことだけが許された全てだった。神や悪魔という分類ですら、それを収めるには
全く矮小すぎた。宇宙が人間に悪意を持って生み出した存在、いや宇宙の意思そのも
のが、万物の霊長などと思い上がった人類に与えた容赦のない一撃。
 それが出現した瞬間に、6人の兵士は自らの精神の制御を失った。処理しきれない
膨大な宇宙的な情報を流し込まれて、オーバーフロー状態になってしまったのである。
脳細胞は負荷に耐えかねて破裂し、耳や、鼻、口、目から血を流して、兵士達は即死
した。
 玲子もクトゥグァの本体が出現した瞬間に、凍りついた。だが、兵士達と同じ運命
をたどることはなかった。情報に触れた途端に、訓練された制御機能が作動し、精神
のジャンクションを切り替えて、受け取った情報をそのまま流してしまったのである。
複雑にからみあった理性と、感情が完全に切り離され、玲子はロボットのように生き
ているだけの存在になっていた。だが、おかげで発狂することもなければ、ショック
死することもなかった。カインに託された鞘もしっかり握ったままである。
 荏室大佐も扉の入り口で同じように凝固していた。明らかに、精神を切り離す術を
こころえているらしく、目はうつろで焦点があっていなかったが、それが故意に<旧
支配者>の存在を無視するためであることは明らかだった。
 そして、カインはなおも立っていた。彼だけが、明確な意識を保ったまま、かつク
トゥグァの存在の影響を受けていないただ一人の人間だった。カインはツオ・ルの執
念の一撃で、背中から血を流していた。だが、ほとんど気にも止めず、剣を構え、邪
神の実体化を防ごうと全力を傾注していた。
 巨大な扉の入り口では、燃えさかる炎が蠢いていた。クトゥグァの本体である。カ
インはそれを見ていたが(ただし、あまり正面からでなく)、自分が見ているものが
実際とかけ離れた虚像であることは承知していた。カインの精神は無意識のうちに、
情報のインプットを絞りこんでいたが、それでもなお<旧支配者>の存在は、異質す
ぎた。人間の脳は、それをかろうじて、「炎の塊」と解釈しているに過ぎない。
 プールの中のアスラ達の呪われた身体が、<旧支配者>の君臨を知って歓喜に波打
った。中央付近が盛り上がり、小山となった。アスラの身体で構成された巨大な肉塊
は、何かの像を形作ろうとしていた。みるみるうちにそれは、寄り合わさり、深く融
合し、おぞましい形に変わっていった。巨大な触手と、感覚器官のない顔。カインは
一瞬だけ振り向き、すぐに目を外らした。それは数10メートルを越えて、なお盛り
上がり続けていた。
 カインは力を抜いた。この上は、力を蓄えて、形をなしつつある肉の塊に、一気に
ぶつけるしかない。今はまだ、<旧支配者>は実体化していないため、こちらの次元
に影響を与える魔術を、直接使うことはできない。だが、本体があの肉体に宿れば、
こちらの次元に属する存在となり、その強大な古の魔力を行使することが可能になる。
そうなってからでは、全てが終わりである。
 ツオ・ルが施した魔術が、次元を超えた<旧支配者>の影響力で強化され、肉の塊
はますます高く、大きくなっていった。じきにプールに浮かぶ全てのアスラの身体が
集合して、ひとつの怪物に変わる。そのとき、クトゥグァがそれに宿り、恐るべき邪
神が地上に君臨するのである。
 カインは持てる力を剣に集めた。後のことは全く考えていない。自分の生命力の全
てを注ぎ込んだ。自分の貧弱な力で、魔術で結合された巨大なアスラの集合体を、果
たして打ち破れるかどうか、自信はなかった。だが、他にできることはないのだ。
 像が完成に近づいたようだ。カインは顔色ひとつ変えなかったが、心の中では、絶
望が渦巻いていた。とても、見込みはなさそうだ。自分の力を精一杯放っても、触手
を1本吹き飛ばせるかどうか。
 扉の方から、待ちかねたように光の触手が伸びて、肉の像に吸い込まれていった。
カインは最後の一撃を与えるべく、剣を構えた。<旧支配者>の本体が、像に宿る直
前まで力を蓄えつつ待って、可能な限り最大限の力を叩きつけるつもりだった。妖し
く輝く光は、どんどん像に吸い込まれていき、今や全体が淡い輝きを放っていた。
 −姉上!力を…
 カインは心の中で絶叫すると、力を解放しようとした。
 その時、巨大な肉の塊の一部が、結合力を失ってぼろりと崩れ落ちた。カインは力
を解き放つのをやめて、それをみつめた。あれほど、強固に融合していたアスラ達の
解けかけた身体が、ひとつひとつ外れ、ぼたぼたとプールに落ちていった。
 カインはあっけにとられて、それを見つめた。知らぬ間に、剣を持つ手が垂れてい
る。
 急速に、巨大な肉の像は崩壊していった。声なき呪いの絶叫を放ちながら、アスラ
達は離れ、プールに落ちては、液体の中でのろのろと蠢いた。大部分は四肢のどれか
が欠け、皮膚も剥がれ落ち、内臓がはみ出していた。
 不意にカインはその理由に思い当たった。
 「早すぎたのか…」
 ツオ・ルはアスラをクトゥグァの宿る肉体を作るために生み出した。だが、それは
まだ、未完成品だったのだ。本当は、もっとじっくりアスラを育てて、より強靭な、
より邪悪な生物として完成させてから、<旧支配者>を召喚するつもりだったのだろ
う。わざわざ、タイラント長官のもとに、愚にもつかぬレポートなどを送って、教団
員をおびき寄せたのも、そのためである。つまり、アスラの訓練のために、戦士が必
要だった、といったツオ・ルの言葉は真実だった。だが、強力な地下の軍団を作り、
地上を蹂躙すると言ったのは違っていた。もっと後の段階で、それも実行したかも知
れないが、真の狙いは<旧支配者>の強力なエネルギーが宿ることができる、強い生
物に育てることにあったのだ。
 予定より早く<旧支配者>を受け入れることになった仮の肉体は、それに耐えきれ
なかった。結合していた魔術を操っていたツオ・ルが消滅してしまったことも、その
一因だったかもしれないが、クトゥグァの一部が入り込んだだけで、はじけ飛んでし
まったのである。
 炎があきらめたように、扉の方に戻って行った。カインは扉に向き直ると、肉の像
にぶつけるつもりだった力を、封じ込めの魔術に使った。素早く、呪文を唱え、剣で
五芳星形を描く。
 「古の精霊よ、扉を閉ざせ。邪悪な魔術よ、退け。穢れた存在を、深淵の中に封印
せよ!大いなる印よ、今こそその力を顕せ!サブル エル ロシフォルラート!サブ
ル エル ロシフォルラート!力と光よ、真理を照らせ!」
 たちまち、扉が実体を持ち始めた。物質がどこからともなく出現し、はじめはうっ
すらと影のように、続いて堅固な石の扉に変わっていった。それに従って、<旧支配
者>の宇宙的な力も次第に遠のき、ついには感知できないほどになった。
 とうとうそれは完成した。まるで千年の昔からそこにあったように、揺るぎない厚
い一枚の石の扉は、その向こうに広がる異なる次元への通路を塞いでいた。その通路
を開いたのはツオ・ルの魔術であり、それを維持していたのは、<旧支配者>の力だ
った。そのどちらもが、この世界から消えた今、通路は閉じられてしまったはずであ
る。カインはそのことを確信していたが、それを確認するためにもう一度扉を開ける
つもりはなかった。それは別に魔術を使うまでもない。超音波か何かを使って、扉の
向こうがただの壁か、何の変哲もない通路になっているのを調べればいいのだ。教団
の誰かがやってくれるだろう。
 カインが振り向くと、あの巨大な肉の像はすでに影もかたちもなく、おぞましいが
ほとんど無害なアスラたちの、半ば崩れかけた身体が、プールに浮いているだけだっ
た。カインは、<旧支配者>の力のおかげでほとんど閉じかけていた、液体を切り開
いた道を改めて広くすると、無表情な顔で鞘を握っている玲子の方に歩き始めた。




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