#2833/3137 空中分解2
★タイトル (FJM ) 93/ 2/11 0: 5 (162)
邪狩教団 第2話 炎の召喚 第9章 リーベルG
★内容
9
銃声がこだまととなって、地下のアリーナまで響いてきたとき、そこで繰り広げら
れている力と力の衝突は、勝敗が決しようとしていた。
カインはかろうじて聖剣を身体の前に構えてはいるものの、少し前まで全身から発
していたオーラのようなパワーは夕暮れの残光のように消えかけていた。少年は片膝
を床につき、肩で大きく息をしていた。深海を思わせる瞳の光だけは失っていないも
のの、額に玉のような大粒の汗が光り、体力が底をついていることは明らかだった。
「騒がしいな」カインとは反対に、余裕たっぷりにつぶやいた<従者>、ツオ・ル
は、カインを圧倒的な邪力で押さえつけたまま、近くのアスラに命じた。
「おい、5人ばかり連れて上を見てこい」
命じられたアスラは、仲間を引き連れてカインを包囲している輪から抜け出して行
った。それを見送ったツオ・ルは、上機嫌でカインを嘲弄した。
「お前の仲間がやってきたらしいな。だが、残念だったな。お前が仲間と再会する
ことは2度とありはしないのだからな」
カインは返事をしなかった。汗が一筋、青白い頬を伝って流れ落ちた。
ツオ・ルは人間の外見をかなり失いかけていた。手首から先がない右手の切り口か
らは、粘液にまみれた触手のようなものがシュルシュルと数本のびていたし、片目は
巨大に膨れ上がり破裂しそうだった。髪の毛は邪力が増大するに連れて少しずつ抜け
落ち、顔の表面にも火傷のような紫色の斑点がところどころに浮いていた。鼻からも、
血と粘液が流れている。<従者>の本体の力に、元邪狩教団の研究員ブランデーワイ
ンの肉体が耐えきれず、少しずつ崩壊しているのである。もちろん、ツオ・ル自身が、
人間の見せかけをもはや必要としていないせいもあった。
−そろそろ、限界か…。カインは心の中で呟いた。
実のところ、カインは最後の切り札を持っていた。しかし、それは文字どおり最後
のであって、生か死かの選択を迫られているときにしか使わないように言われている。
一歩間違えば、確実に命が失われる危険な術だった。
それを使うべきときが来たのだろうか?カインは、むしろ冷静に自分自身に問いか
けた。もちろん、初陣で使うとは思っていなかった。それどころか自分がその術を使
う時が来るとすら、考えてはいなかった。<巫女>の一族の中でも、この術を使って
生還した例はそれほど多くない。技術や霊力よりも、強運と幸運が必要な術であるの
だ。経験の少ないカインが使うのは、文字どおり生か死かを選択することに等しいか
もしれない。
−姉上…
カインは呟いた。美しい姉の顔を思い浮かべる。何故か、同時にハミングバードの
顔が浮かんできて、驚いた。先ほど見た躍動感にあふれた玲子の戦いの情景が、脳裏
を横切って消えた。カインは苦痛を一瞬忘れ、唇に笑みを浮かべた。
「何を笑っている!」いぶかしげにツオ・ルが叫んだ。「何がおかしい!」
カインは疲れた目を大きく開いて、醜いツオ・ルの顔を見た。心は決まった。
「おい、<従者>!」嘲りをこめて、カインは澄んだ声で叫んだ。「お前の首は必
ずぼくがとってやる。憶えておけよ!」
「戯言を…」怒りに満ちたツオ・ルの声が、驚愕で途切れた。包囲しているアスラ
達も一斉にどよめいた。
カインが構えを解いたのである。ゆっくりと剣を握った腕を下ろす。とまどったよ
うに、ツオ・ルの邪力が揺らいだ。
次の瞬間、カインは一瞬の躊躇いもなく自分の左胸を刺し貫いた。うめき声ひとつ
あげなかった。暖かい鮮血がほとばしり、服と床を染めた。
カインは最後に凄みのある笑いを浮かべてツオ・ルを嘲笑すると、ゆっくりと座り
込んだ。右膝を立て、左足を投げだし、両手はだらりと垂らし、プラチナブロンドの
頭はがくりと下がった。左胸に短剣を突き刺したまま、カインは動かなくなった。
一人の若い兵士が、腰を落として銃を構えた低い姿勢で、2階へ続く階段を上って
いる。このポイントマンの動きは素早いが、充分に慎重で、さらに後方数メートルで
銃を構えた兵士によってカバーされている。ある地点までの安全が確保されると、小
隊の残りが移動する。その間、数人の兵士が隊の後方を警戒する。
玲子は指揮官−大佐−と共に移動しながら、この部隊が非常に優秀な戦闘集団であ
ることを、まざまざと見せつけられた。全員が感情というものを、少なくとも任務中
はどこかに置いてきているらしく、真剣そのものといった顔で行動していた。無駄口
ひとつ叩かない。実は全員サイボーグなのだ、と言われたとしても、それほど疑問に
思わなかったに違いない。
小隊は人数を減らしていた。3人が大佐に命じられて、どこかへ消えて行った。玲
子は中の一人が、アタッシュケースに似たデータ通信端末を持っているのを見て、さ
っき見たコンピュータルームに向かったのだと想像した。
ようやく階段の安全が確保された。すでに数名が階上で、警戒体勢をとって後続を
援護している。玲子は大佐と並んで階段を駆け上がった。
「地下に降りるエレベータと階段は、2階にその入り口がある」大佐は玲子に説明
した。「もちろん、我々が使うのは階段だ。エレベータは電源を破壊して、使用不可
にしてしまう」
「C−15確保」兵士の一人が短く報告した。敬礼はしない。大佐が頷くと戻って
いく。続いて、別の兵士が報告する。「C−38、C−40、リンク」
大佐と兵士達の会話は終始、こんな調子だった。玲子には何のことやらさっぱりわ
からないが、大佐はもちろん理解している。どうせ、訊いても無駄なことは分かって
いるので、玲子は無関心を装ったが、心の中は好奇心ではちきれそうだった。
邪狩教団の存在を知るものは、世界中にそれほど多くはないはずだった。中には自
分が団員であることを知らない者すらいるくらいなのだ。わずかに、限られた国家の
首脳、学者、法王が、教団と<従者>の存在を知っている。しかし、彼らは常に教団
によって監視されており、外部に事実を公表しよう、などと考えると、すみやかに記
憶の操作を受けることになる。
玲子も、邪狩教団の正確な規模や本拠地、勢力など正確なことは知らない。タイラ
ント長官は、必要のないことは団員に全く知らせない。万が一、どこかの諜報組織の
手に団員が落ちた場合、尋問されても知らないことは答えようがないからである。ま
た、他ならぬ<従者>側に、その正確な実体をつかませないという予防の意味もある。
ところが、この部隊は明らかに邪狩教団の正確な実像を掴んでおり、また<従者>
の存在も知っているらしい。ツオ・ルとも何か、関わり合いがあるらしいが、それだ
けでも容易ならざる存在である。何となれば、邪狩教団の膨大な情報網を持ってして
も、ブランデーワインとスワンが<従者に>乗っ取られたことも、アスラのことも知
り得なかったからである。この点に関しては、この部隊を動かした者は、邪狩教団を
出し抜いたことになる。そして、タイラント長官を出し抜くのは、想像以上に困難で
あるのだ。
玲子が平凡な見かけよりずっと精密な頭脳をフル回転させている間にも、小隊は2
階の広い廊下を進んでいた。2階には客室が並んでいる。ポイントマンが、その客室
のドアを一つ一つ細目に開いて、ミラーで室内を確認する。続いて数人の兵士が中に
突入し、室内を制圧する。一つの客室が完全に安全であることを大佐が確認してから、
動いているので全体の歩みはのろいし、常に兵士達は緊張を強いられる。だが、敵地
において、緊張感を維持できない兵士は、遅かれ早かれ死神に手首を引っ張られるこ
とになる。
やがて、一行は廊下の端にある客室にたどり着いた。セミダブルのベッドと、ドレ
ッサーが置いてあるだけの、どちらかといえば簡素な部屋である。4人の兵士が室内
に入り、残りは廊下に残って警戒にあたっている。事前に充分なブリーフィングを行
ったらしく、大佐が命じるまでもなく、兵士が2人進み出るとドレッサーを壁から動
かした。すると壁に、重そうな鋼鉄の扉が現れた。
「あれが地下へ通じる階段なの?」玲子は大佐に訊いた。
「そうだ」大佐は玲子をじろりと見た。「まだ、ついて来るのか?」
「もちろんでしょう。何か不都合でもあるの?」
「いや」目をそらす。「足手まといにならんでくれよ」
腹を立ててもよかったのだが、玲子はそうしなかった。カインのところに戻るまで
は、表面的だけでも友好関係を崩したくはなかったのだ。
当然のことだが、扉にはカギがかかっていた。跳弾の危険があるため、銃で破壊す
るわけにはいかない。危急の際であれば、あえてその危険を冒してもいいが、今は駄
目だ。大佐はそう考えたらしく、一人の兵士が扉を調べていた。
ふと玲子は眉を寄せた。敏感な第六感を何かが刺激したのだ。玲子は扉に注意を向
けた。正確には、その向こうに、である。微かな、本当に微かな瘴気が漂ってくる。
玲子はプラーナを発してみた。殴りつけられたような衝撃が返ってきた。
間違いない!玲子の手にメダリオンが現れた。アスラが接近しているのだ。
玲子は警告しようと口を開いた。だが、それより早く大佐が叫んだ。
「離れろ!」
扉に取り付いていた兵士は、手にした数本の道具を捨てて、ものも言わずに飛び退
いた。同時に重い扉が、もの凄い勢いで内側に叩きつけられ、アスラが数匹、咆哮を
あげながら室内に飛び込んで来た。
玲子はすでに部屋から飛び出ていた。廊下で警戒にあたっていた兵士が銃を構えた
が、気にも止めずに身構える。
室内で続けざまに落雷のような音が轟いた。ガラスが砕ける音が聞こえ、照明が消
えた。アスラの咆哮、兵士の靴音がたて続けに廊下を震動させる。
大佐が廊下に飛び出してきた。廊下にいた兵士に命じる。
「斉射しろ」
玲子が驚いたことに、兵士達は微塵も動揺を見せずに、その命令を実行した。兵士
達は素早く集まり、開いたままのドアに銃口を向けると、一斉に発砲した。続いて、
角度を変えて、第2射。狭い室内を破壊力をこめた稲妻が飛び、アスラたちと残され
た兵士たちを平等に切り裂き、血と肉を粉砕した。
大佐は良心の呵責など薬にしたくもない、といった顔でC4に2秒にセットされた、
起爆延期ヒューズを埋め込んでいた。玲子がその意図を察して制止しようとしたとき、
大佐はリングを引き抜くとアンダースローでそれを室内に放り込んだ。
罵る間も惜しんで、玲子は床に身を投げた。銃を構えていた兵士たちも、とっくに
伏せている。
数瞬後、激しい爆発音が全員の聴覚を支配した。熱い爆風が廊下に噴き出し、絨毯
を焦がし、吹き抜けになっている天井の採光窓のガラスを粉々に吹き飛ばした。それ
でも爆発力はかなり正確に計算されていたらしく、被害はほとんど室内に限定されて
いた。
怒りよりも恐怖を感じながら、玲子は跳ね起き、おそるおそる室内をのぞき込んだ。
すでに、数人の兵士が銃を構えて飛び込んでいる。
室内は分裂病患者の内的世界を現実化したような有り様だった。ベッドとドレッサ
ーは、完全に粗大ゴミ以下の存在と化しており、元の面影すら残していない。内装材
は一部を残して燃え尽きて、漆喰と構造材が剥き出しになっていた。部屋中に人間か
アスラの焦げた肉片が散らばっている。一人の兵士の首がドアの近くの壁に叩きつけ
られたまま、半分以上熔け落ちながらも、かろうじて原型をとどめていた。玲子はこ
み上げてくる嘔吐感と必死に戦った。
「2班、先頭。3班、後方警戒」
大佐が命令する声が耳に届き、玲子は顔をあげた。発作的に何か激しい言葉を浴び
せてやろうと思ったが、機先を制して大佐が言った。
「大丈夫か?これから突入するが、残るか?」隠してはいたが、声に嘲りが含まれ
ていた。玲子は、拳をきつく握りしめた。
たった今、自分の手で4人もの部下の命を奪ったことなど、気にもとめていない。
玲子はそれを本能的に知った。虚勢や見せかけではなく、そもそもそのような感情を
持っていないのだ。生まれつきそうなのでなければ、よほど生存競争の激しい環境に
身を置いたことがあるのだろう。玲子は背中に氷の塊をつっこまれたような気分に襲
われた。
「行くわ」玲子は短く答えた。今回は楽な任務だ、などといったタイラント長官を
心から恨みたい心境だった。今、玲子が望むのは、カインとともにこの呪われた別荘
をさっさと立ち去ることだけだった。
大佐は獰猛な肉食獣のように歯をむき出して笑うと、合図を出した。4人の兵士が
壁の入り口から階段に突入していった。すぐに援護のチームが続く。玲子は大佐とと
もに、その後を追った。