#2832/3137 空中分解2
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邪狩教団 第2話 炎の召喚 第8章 リーベルG
★内容
8
どうも、この建物は気に食わない。広い1階を歩き回りながら、玲子は考えた。も
ちろん、邪狩教団の研究員の身体を乗っ取った従者の巣に対して、玲子が好意をもつ
べき理由はどこを探しても見当たるはずかない。しかし、玲子が神経を苛立たせてい
るのは、別の理由によるものだった。
別荘の間取りは、事前に玲子が暗記した設計図と比べて大幅に変更が加えられてい
た。あの地下のアリーナもそうだが、1階のロビー、リビング、キッチン、書斎など
を注意深く観察すると、外部からの侵入を阻止する仕掛が一つならず備えてあった。
例えば、書斎の窓は外側と内側に赤外線警報装置が蜘蛛の巣のように張り巡らされて
いたし、それを何らかの方法でくぐり抜けたとしても、4方向からの監視カメラが死
角のないように侵入者を捉えるようになっている。さらに玲子は、目立たぬようにカ
モフラージュされた対人レーザー照射装置を発見した。破壊力はないが、侵入者を失
明させるには充分である。おそらく、カメラからの映像をコンピュータが解析して、
巧妙な侵入者の顔面を正確に狙撃するのだろう。侵入者が赤外線暗視装置をつけてい
ても、一瞬で灼き切ってしまう。
リビングの奥の書棚に隠されたドアを開いた玲子は立ちすくんだ。そこには、広い
床を埋め尽くすように様々なコンピュータが設置されており、100以上のディスプ
レイが様々な情報を表示していた。液化窒素で冷却されたスーパーコンピュータや、
数百ギガのディスクユニット、バックアップテープユニット、外部リンクモデム、空
調設備などコンピュータに疎い玲子でさえも、この部屋だけで億単位の金がかけられ
ていることがわかった。
これが玲子の心の中枢を刺激している疑問だった。つまり、膨大な金と資源が惜し
げもなく投入されているのだ。ツオ・ルの一族が人間社会にどれほどの勢力を伸ばし
ているのか知らないが、これだけの設備を整えるには並大抵の資力では駄目だ。そし
て、そのような金の流れがこの別荘に集中しているならば、邪狩教団の情報網に探知
されずにいるのは不可能、とは言わないが相当に困難である。教団の有する潜在資金
は、一国の国家予算にも匹敵するのだ。唯一、考えられる可能性は、邪狩教団を上回
る資金源で、情報の流れそのものを変えてしまうか、消してしまうことである。
玲子は首を振った。それはどう考えても<従者>の力では困難に思えた。
まあ、そのような心配はタイラントにまかせておくとしよう。今ごろ、タイラント
が元のブランデーワインと、この別荘に関するあらゆる情報を手にしていることを、
玲子は確信していた。抜け目のないツオ・ルのことだから、別荘の外にもアスラを数
匹潜ませていることだろうが、邪狩教団の戦闘部隊はただの軍隊ではないのだ。
玲子は、コンピュータシステムを見回して、この高価なハードウェアを破壊してい
くべきだろうか、と考えた。だが、世界最高のハッカーであるカサンドラが、ここの
システムに侵入を開始しているかも知れない、と思い当たって、それは断念した。
それにしても、地下に降りる道はどこにあるのだろう。
玲子の冷静で正確な観察力を持ってしても、それは発見できなかった。階段かエレ
ベータか、何らかの手段でツオ・ルは下に降りているのだ。今の所、一階には豪華だ
がありふれた調度類に囲まれた部屋と、外に通じるドア、2階に通じる階段くらいし
か見つかっていない。玲子は、腕の中で静かに眠っている子供を次第に重荷に感じな
がら、玄関のロビーに戻ってきた。
「ひょっとして、外にあるのかしら?」玲子は呟いた。反射的に、暗記した別荘の
見取り図が、コンピュータ処理された3D映像のように脳裏を回転した。だが、すぐ
その行為の無意味さに気付いて思考を中断した。玲子が持っている情報の半分は、も
はやカビが生えているのも同然である。やはり自分で調べなくてはなるまい。
玲子はドアに近付き、ふと足を止めた。耳を澄ます。
小さく、規則的な、ドラムを連打するような音が聞こえてくる。それは次第に大き
くなり、やがてはっきりとヘリの爆音となって、玲子の耳を打った。
「教団の援軍!」歓喜の表情を浮かべながら、玲子は窓に近寄った。すでに表は闇
に包まれている。
少し離れた、別荘の狭い庭の上空に、兵員輸送ヘリがホバリングしているのが目に
入った。強力な探照灯で、地上を照らしているが、着陸する気は最初からないらしい。
ハッチが開き、ジャングル迷彩服に身を固めた兵士が2人、飛び降りた。両手にしっ
かりとライフルらしきものを握っている。兵士達は半円を描くように四方を確認する
と、ヘリに合図を送った。すると、待ちかまえていたように、10人以上の兵士が次
々と飛び降りて、円陣を作った。
「教団の戦士達じゃないわ…」玲子は呟いた。
ヘリは最後の一人を吐き出すと、そのまま上昇し、闇の中に消えて行った。最後の
一人は指揮官であるらしく、何か叫んだ。たちまち、兵士達は展開した。玲子は人数
を数えた。指揮官を含めて21名が、慎重に周囲に気を配って、銃を構えている。お
よそ1個小隊といったところか。
一体、何者なのだろう?玲子は、ややこしい事態を、さらにややこしくしそうな謎
の部隊の出現に頭を痛めた。全員が、ノクトビジョン(赤外線暗視装置)ゴーグルで、
顔を覆っているので、はっきりわからないが日本人であるらしい。指揮官は190セ
ンチ以上ありそうな大柄な男で、口髭を生やしていた。時折、ヘッドセットのピック
アップに、短く何かを命令している。この男だけが、銃器を装備していなかった。
不意に、闇の一部分が分離したように、数個の影が四方から小隊に飛びかかった。
外に伏せられていたアスラたちである。夜をつんざく奇声をあげ、不届きな侵略者達
に襲いかかったのである。玲子とカインのおかげで、その動きは相当素早くなってい
た。おまけに、闇の中である。アスラ達の体温は低く、ノクトビジョンでは捉えるこ
とが困難であるに違いないことも、玲子は知っている。
しかし、謎の小隊は自分達が何と戦うのか、あるいは玲子以上に熟知していた。
同時に、数発の銃声が闇を切り裂いた。銃弾は魔法のように正確に、アスラ達の頭
部に吸い込まれ、次の瞬間、血と脳漿を飛び散らして爆発した。間を置かずに第2弾
が胸部で炸裂し、ほとんど上半身を吹き飛ばしてしまった。襲いかかった、数匹のア
スラは数秒で全滅した。
玲子は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。この連中は、上品な軍用のメタルジャ
ケットなど使用せず、ハンティング用のダムダム弾か、それに類する凶悪な弾丸を、
まるでエアーガンでも撃つように易々と使いこなしているのだ。通常の軍隊で支給さ
れる弾丸は、標的を高速で貫通して行くだけだが、ハンティング用のダムダム弾は、
比較的低速で、命中と同時に弾頭を炸裂させ、筋肉、骨、血管をズダズダに引き裂い
てしまう。強靭なアスラといえども、これではひとたまりもない。記憶を共有してい
ても何の役にも立たないだろう。
このような破壊力を持つ弾丸は、銃の機構にかかる負荷が巨大なものになるので、
連射は当然できない。だが、この兵士達は半数が発射している間に、半数が次弾を装
填するという、訓練されたチームプレイを見せて、その弱点をカバーしていた。明ら
かに、彼らは人間と戦うための軍隊ではない。
さらに数匹のアスラが、確かにスピードアップした跳躍力で襲いかかったが、あっ
さり撃ち倒された。そのたびにズダズダに裂けた肉片が、辺り一面に飛び散った。
やがて指揮官らしい男が立ち上がり、右手で何かの合図を出した。小隊は素早く、
円陣を保ったまま、別荘の入り口に接近し始めた。
玲子は慌てて窓から離れると、隠れ場所を探した。キッチンへ通じるドアを開けて、
中に誰もいないことを確認すると、するりと滑り込みドアを細目に開けて、様子を窺
った。腕の中の子供は、死んだ様に眠りこけていた。地下で、ツオ・ルを食い止めて
いるカインが連想され、玲子は身を焼くような焦燥感に包まれた。
ドアや窓には、様々な警報装置が設置されている。あの小隊がそれをどうやって回
避するのか、と玲子は興味を持って見守っていたが、彼女の被観察者達は最も直接的
で、効果的な方法をとった。
短い爆発音が響き、同時に別荘全体が小さく震動した。玲子は爆発音の方向に目を
やった。玄関のドアから少し離れた壁が崩れ落ちていた。C4をセットして、壁を破
壊したらしい。黒煙もおさまらぬうちに兵士達が、油断なく互いを援護しながら突入
してきた。隠されていた警戒装置が作動し、カメラアイが兵士達を捉えたが、たちま
ち銃火が走り、沈黙してしまった。
最後に指揮官が悠々と壁の穴をくぐって、登場した。どこにも階級章らしきものは
ついていないが、この男が指揮官であることを玲子は全く疑わなかった。自衛隊のよ
うな「実戦を知らない兵隊」などでないことも、実戦向きにしなやかに仕上げられた
筋肉や、油断のない豹のような足どりをみれば察しがついた。
指揮官は素早くロビーを見回した。そして、ノクトビジョンを顔からむしりとって、
何かを探るように周囲の観察を続けた。
明らかに日本人らしい。指揮官の険しい瞳の色は黒だった。30代前半くらいだと
玲子は読んだ。危険な獣のような精悍な細めの顔つき。短く刈り上げた髪。薄い唇は
固く結ばれていた。全体的にあさ黒く日焼けしている。
タイラントに知らせなくては、と玲子は思ったが、実際それを実行するのは非常に
困難だった。玲子の送信器は先ほど、エマージェンシーを送るために窓から放り投げ
てしまったのだ。玲子は他に送信の手段を持っていなかった。玲子は頭を抱えた。
すっかり忘れていた腕の中の子供がくしゃみをしたのは、まさにその瞬間だった。
玲子の顔から血の気が引いた。くるりと身を翻して、奥に逃げ込もうとしたが、大
声がそれを制した。
「動くな!」
続いて、銃声が2発、室内に轟いた。恐ろしい破壊力を持つ弾丸が、正確にキッチ
ンのドアの蝶番を吹き飛ばした。薄いドアはあっけなく、粉々になってしまった。続
いて、飛んできた兵士たちが銃の狙いを、動きを止めた玲子にぴたりと定めた。
指揮官が近付いてきた。右手で何かの合図をする。兵士達は、銃口を下げた。
「君は邪狩教団の戦士だな」
指揮官は低い声で玲子に言った。それは質問ではなく、確認にすぎなかった。指揮
官の男は、知っているのだ。玲子は心の中の驚愕を表情に出したりしなかったが、子
供を抱える腕が少し震えるのを抑えることはできなかった。
「あなたは何者なの?」玲子はどうにか平静な声を発した。「ここに何の用?自分
たちが、家宅不法侵入罪を犯していることを知ってるの?」
指揮官は思いがけず、ニヤリと笑った。
「下らん芝居はやめたらどうだね?我々は君が、邪狩教団の戦士であることを知っ
ている。この別荘が<従者>に乗っ取られた教団の研究員のものであることを知って
いる。<従者>の名前はツオ・ルとキオ・ル。炎の邪神クトゥグァに仕える奴らだ」
「キオ・ルは滅びたわ」玲子は何気ない口調で言った。「私が倒したの」
「ほう」指揮官は楽しそうに笑った。「それは素晴らしい」
「あなたはどこの誰なの?」玲子は再び質問を繰り返した。「何の用があってここ
に来たの?」
「何の用だと思うかね?」
「ツオ・ルを倒しに来たの?」自分の願望をこめて、玲子は訊いた。それならば、
この油断のならない兵士たちを敵に回さずにすむ。しかし、男の笑い声はあっさり、
その希望を打ち砕いた。
「違う」指揮官の手の中に魔法のように、黒光りするハンドガンが出現した。チェ
コ製のCZ85。銃口はしっかりと玲子を狙っている。
「何をするのよ」玲子は、全身の筋肉をさりげなく緊張させて、戦闘に備えながら
訊いた。
「その子供を床に置け」指揮官は笑いの切れ端を唇に残したまま、玲子に命令した。
「床に置いて下がれ」
「いやよ」玲子は拒否した。その言葉が消えないうちに、半円形に玲子を包囲して
いた兵士達が銃口を玲子に向けた。玲子は銃そのものよりも、機械仕掛のロボットの
ような、一糸乱れぬ動きに何故かぞっとするものを感じた。
「子供を床に置け」静かな声で、指揮官は繰り返した。殺気が全身から発している。
玲子があくまで抵抗するとあれば、実力で排除されるだろう。玲子は反撃か、逃亡の
隙を窺ったが、そんなものはどこにも見い出すことができなかった。
「10秒だけ余裕をやる」相変わらず唇に歪んだ笑いを浮かべながら、指揮官は告
げた。「子供を置いて下がらなければ、お前を殺して奪い取る」
「待って!」玲子は叫んだ。
次の瞬間、玲子は強烈な瘴気を感じて、思わず息をつまらせた。それが自分の腕の
中から発しているのを知って、驚愕する間もなく、子供は玲子の腕の中から飛び出し
ていた。
「!」
銃声が轟いた。
幼児の身体は、空中で銃弾に捉えられ、引き裂かれた。しかし、あっさり肉片と化
したかと思われた幼い肉体は、奇怪な変貌を遂げていた。背中が破れ、コウモリのよ
うな翼が伸びた。虫も殺さぬ可愛らしい顔は、耳まで裂け牙を剥きだした口と、ギラ
ギラと赤く光る巨大な眼球に変わった。
翼を持つ怪物は、天井の高い1階のロビーを旋回し、銃弾を回避した。そのまま、
階段の方へ飛び去ろうとしたが、指揮官の命令で発射された弾丸が、翼を撃ち抜いた。
可聴域すれすれの高い声を発して、怪物は空中でよろめいた。すかさず、銃火がそれ
を追う。怪物のおぞましい肉体は、再びちぎれ飛んだ。怒りと苦痛で、血と体液をま
きちらしながら、怪物は最後の力を振り絞って、指揮官に向かって跳躍した。兵士達
は少しも慌てず、三たび銃声を轟かせた。今度こそ、呪われた肉体は生命力を失って、
ボロくずのように床に落ちて、豪華な絨毯を汚す汚物となった。
玲子は、さすがに口を開けたまま、血と銃声に彩られた数秒間を立ち尽くすだけだ
ったが、銃声の反響が止むと戦士としての本能が、反射的に戦闘体勢をとらせた。そ
れを見て、指揮官は口を開いた。
「慌てるな。君に危害を加えるつもりはない」
玲子は相手を見返しただけだった。そのような言葉を無条件で信じるほど、お人好
しでも、世間知らずでもない。しかし殺気が嘘のように消えているのには気がついた。
「我々はツオ・ルに用があるだけだ。君には用がない」
「<従者>なんかに、何の用があるの?」玲子は訊いた。「それに、どうして子供
のことがわかったの?」
指揮官は床の肉片にちらりと目をやった。
「わかったのではない。最初から知っていたのだ」再び、指揮官はニヤリと笑った。
「邪狩教団の戦士ともあろうものが、気付かなかったとはな」
玲子は少し赤面した。同時に、改めて恐怖が戻ってくる。あの子供は明らかに、<
旧支配者>の細胞を体内に注入されていたらしい。だが、アスラ化しなかったのは、
ツオ・ルがそう意図したからだろう。邪狩教団の内部に送り込むためだったのかも知
れない。敏感な玲子から、瘴気を完全に隠しとおしていたのだから、その目論見はひ
ょっとしたら、成功しただろう。この指揮官が現れなければ。
「ツオ・ルなら地下にいるわよ」玲子はそっけなく言った。「仲間が食い止めてい
るの。ツオ・ルに用があるなら、彼を助けてからじゃないと駄目よ」
指揮官は軽く笑った。だが、目は厳しく光っていた。
「よかろう。では、地下に行こう。君も一緒に来るかね?どうせ、降りる方法も知
らんのだろう?お嬢さん」
「ハミングバードよ」ぶっきらぼうに答える。「あなたは?」
「そうだな。とりあえず、大佐と呼んでくれ」