#2225/3137 空中分解2
★タイトル (NKG ) 92/10/ 2 21:39 (121)
天使の世代(6/7)
★内容
11−SIDE・B【綴】
夕暮れの曖昧な空間は人々の心に影響を与える。
「ねぇ、綴さん。ブランコに乗ってみません?」
あの子が発した言葉に、私は直感的にそう思った。
「あ…あたしってば、今、とってもおバカさんなこと言いましたね」
あの子は、ぽろりと口からこぼれてしまった言葉に恥ずかしがって頬を朱く染める。
「そんなことないよ。たまには童心にかえるのも悪くないと思うよ。それにさっき、
私だって座ってたんだもん」
私は再びブランコの所に戻る。
揺れる視線、躯に加わる妙な感覚。子供心に私はそんな不思議な感覚が好きだった。
「今日はきれいな夕焼けですね」
軽くブランコをこぎながらあの子はそう呟く。
「そうね。バーミリオンって自己主張の強い色だけど、なんか優しさがあるのよね」
「あの絵の夕焼けもこんな感じでしたよね。あたし夕暮れ時ってとっても好きなんで
すよ。はっきりした理由とかあるわけじゃないんだけど、感覚的に「好き」って思っ
ちゃってるみたいなんです」
「あはは、わかるわかるその気持ち。私も夕暮れ時が好きだけどね。その気持ちって、
やっぱ直感的なものなわけなの。時々、友達に『なんで夕暮れなんかにこだわるの?』
って聞かれるんだけど、いつもうまく答えられないのよね」
ほんと、いつからだろう?夕刻なんていう曖昧な時間にこだわりだしたのは。
「あの絵について聞いていいですか?」
あの子はためらいがちにそう質問する。
「何が?」
「どんな気持ちで描かれたかを…その…」
私の表情を窺いながら、あの子はそう呟く。
そんなあの子の仕草がかわいくなって、私はくすりと笑う。
「美鈴ちゃん。夕焼けはなんで赤いのか知っている?」
「知らないです」
あの子は目をきょとんとさせて首を振る。
「夕焼けってたしかにきれいよね。でも、それは私たち自身の感覚としての『きれい』
なのよね」
「どういうことです?」
「夕焼けの朱は、地上から舞い上がったチリや水蒸気のせいなわけ。だから、極端に
言えば、曇ってさえなければ汚れた空ほど夕焼けの朱は映えるの。皮肉っていえば、
皮肉でしょ。私たちが『きれい』と思ってた夕焼けの朱が、実は汚れたものだったな
んて」
「そんな…」
あの子は私の話に少しばかりのショックを受けたようだ。
「まあ、汚れてなくても大雨なんかの後とかは湿度が高いから、それなりにきれいな
波長の朱の光が映えるけどね」
私は少し補足するように説明する。
「私が言いたいのはね、美鈴ちゃん。そんな夕暮れの空ってのは似通っているようで
いて、実はかなり違う美しさをそれぞれ持っているんじゃないかってことなの。あの
絵にはね、そんな想いが込められているわけなのよ。この街のような汚れた所にも、
美しさはあるんだって。人間の心のように、純粋のままでいられないものにも、それ
なりに美しさはあるんだって」
私は心の中の静かな想いを語る。あの絵は、もう一人の私への見切りをつけるため
に描いたもの。
夕暮れが好きだった夕と私は、そのバーミリオンの光の中に別々のものを求めてい
たのだろう。それをはっきりさせる為に、私はあの絵を描いたのだ。
「綴さん」
潤んだ瞳で見つめ、あの子がぽつりと私の名を呼ぶ。
「なに?」
「あたし、どうしてもこの街は好きにはなれないんです。でも、好きになれたらいい
なぁっていつも思っているんです。そんな矛盾した気持ちがもどかしくて、せつなく
て、なんだかいつも心の中が窮屈になるんです。あたしにはわからないんです。好き
にはなれない気持ちが本当なのか、好きになりたい気持ちが本当なのか……でも…で
も、どっちも本当の自分の気持ちでない気もする」
訴えかけるようなその言葉に私は言葉を失った。
あの子の言葉は確かに適切に使われてないかしれない。だけど、その想いはひしひ
しと伝わってくる。
そう。
私もこの街が嫌いだった人間の一人。
「私も綴さんのように強くなれたらいいな」
あの子のなにげない一言が耳の奥で響く。
私はそんなに強くない。
私が生きているのは、強さじゃない。
誰かに何かを期待しているからよ。
「私はそんなに強くないよ」
思わず目を逸らす。
私に何かを期待しないで。
「さっきの夕焼けの色の話を聞いていて思ったんです。綴さんは、あたしみたいに嫌
なことから目を逸らそうとしないんだって」
「それはかいかぶり過ぎよ」
「少なくとも、あの絵っていうのは、視覚的に『きれい』なだけの絵ではないんじゃ
ないですか?汚さから目を逸らさずに、それを知ったうえで描いたものじゃないんで
すか?」
「美鈴ちゃんったら、ツッコミが激しいわよ」
私は、ほっと吐息を吐いた。
「あ、ごめんなさい。あたし、なんだか、わかったような口きいてしまいましたね」
あの子は、私を怒らせてしまったかと思ったのか、うつむいてしまった。
「たしかに、あの絵の夕暮れには汚さとか醜さも込められているわ。だって、私の
分身だもん」
私は言ってしまってからはっとした。ほとんど愚痴に近いようなことを、あの子に
漏らしてしまったからだ。
まるで、幼い駄駄っ子のよう。
もしかしたら、あの絵は自分自身に対する愚痴のようなものだったのかもしれない。
「あたしは好きです。あの絵」
あの子はブランコから降りて私の横に立つ。
「ありがと」
それしか答えられなかった。
本当に強い人間ならもっと気のきいた事を言ってあげられるはず。
「あたしが感じた美しさって、偽りじゃないですよね?夕焼けの美しさだって、それ
自体は汚れたものかもしれないけど…でも、そんなのに関係なく『きれい』って思え
る美しさがあるからですよね」
あの子は力強くそう主張する。
なんか立場が逆転してしまったみたい。
あの子を慰めるつもりが逆に慰められてしまったようだ。
「もしかしたら美鈴ちゃんって、自分が思っているよりずっと強いかもしれないよ」
「ううん、あたしは弱虫なだけですよ。すぐにつらい所から逃げてしまうんです。ほ
んと、自分でも情けなくなってくるときがあります」
そういってあの子は小石を軽く蹴る。
「そうかな?」
私はあの子の一つ一つの仕草を見守りながらそう呟く。
「あたし怖いんですよ。逃げ場を失ってしまった時の自分の行動が。……それまでに、
なんとか強くなりたいとは思うんですけどね」
あの子はけなげに作った笑顔をこちらに向ける。
そんなに無理する必要ないよ。
意地を張って一人だけで生きようなんて思わないほうがいいよ。
それじゃ、もう一人の私−夕と同じじゃない。
「美鈴ちゃん。そんなに自分を追いつめないほうがいいよ」
それは自分自身にも言った言葉。夕に言ってやりたかった言葉。
「わかってます…わかってます…」
あの子の偽りの笑顔がだんだんとくずれてくる。
私はなんと言い返したらよいかわからず、ただ困った笑みを浮かべるだけだった。