#2226/3137 空中分解2
★タイトル (NKG ) 92/10/ 2 21:42 (110)
天使の世代(7/7)
★内容
12−SIDE・A【美鈴】
「美鈴ちゃん。そんなに自分を追いつめないほうがいいよ」
綴さんの優しげなその言葉が、なぜか心に突き刺さる。
頭ではそれを理解できても、心がそれを納得してくれない。
今朝の子の顔が再び記憶によみがえる。
自分で自分を追いつめるのが、どんなにむなしいことかよくわかっている。
「わかってます…わかってます…」
あたしは呪文のように繰り返す。
追いつめられるのと、自分で追いつめるのは違う。
わかってるはずなんだけど…
感情をごまかすのが下手なあたしは、せっかく作った笑顔をくずしてしまう。
泣いちゃいけない。
綴さんはあたし態度に困ったような笑みを浮かべる。でも、そんな笑みにも優しさ
がこもっている。人柄なのだろうか。
その柔らかな笑みが甘えを許してくれそうな気がして、あたしはもたれかかるよう
に綴さんに抱きついた。
「こらこら美鈴ちゃん」
あたしの背中を、綴さんはぽんぽんと叩く。
「綴さんってあったかい」
媚薬のような綴さんの甘い香りに顔をうずめて、あたしはこのまま時間が止まって
くれないかと願った。
すべてを忘れさせてくれないにしても、偽りのない安堵感があたしは欲しかった。
「美鈴ちゃん?」
綴さんの優しい声。
本当は迷惑だってわかってる。でもね、もう少しこのままでいさせて。
「ねぇ、綴さん」
「ん?」
「ちょっとくらいの雨宿りは「逃げ」じゃないですよね」
寂しさを紛らわすために、人の温もりを求める。
雨がやまなければ、いやでも歩いて行かなければならないけど。
ほんのちょっぴりの安らぎの時間さえあれば、再びつらい道のりを歩いていけるは
ず。
「そうね」
綴さんは落ちついた声でそう答える。
しばらくの間、時間が停止したかのような静寂があたしたちを包んだ。
ずっとこのままでいるわけにはいかないことは、十分過ぎるほどわかっている。
でも、綴さんの温もりはとっても心地よくて、ついつい離れるのが億劫になってし
まう。
「さあ、雨宿りはおしまいよ」
綴さんはあたしの背中にまわしていた手を肩に持っていき、抱き合った躯をなめら
かに引き離す。それは、けして力まかせの強引な方法ではなく、あくまでもごく自然
にだった。
あたしは抱き合った余韻に浸りながら、綴さんのつややかな唇を見つめる。
薄くリップを塗ったふくよかな唇はとても魅力的。
「こらっ、今おバカさんな事考えてたでしょ?」
あたしの心を見すかしたかのように、綴さんの軽いツッコミが入る。
「なんでわかったんですぅ?」
「物欲しそうな顔してるからよ。うふふ」
あたしってそんなに物欲しそうな顔してたかな?でも、半分は当たってるかも。
「だめよ。私に対する想いを恋と勘違いしちゃ。いいこと、唇はね、本当に愛する人
の為にとっておくのよ」
でも、あたし、綴さんに恋をしているのかもしれない。女同士じゃだめなんて、そ
んなことないでしょ?
だけど、こんなこと口に出して言ったら、変に思われるに違いない。
でも、この想いは胸にしまっておくには膨らみすぎている。
「あたし、綴さんのこと好きです」
なんとか「好き」おしとどめる。それでもまともな言葉ではないや。
「あたしも美鈴ちゃんのこと好きよ」
綴さんは、のほほんとそう言い返す。ほとんど真に受けてもらえてないようだ。
その綴さんの視線が一瞬それた。
その瞬間、髪の毛ごしに額に熱い感触が。
「額のキスは友情のキスってね」
一瞬の隙をついて、あたしの額に綴さんの唇が触れる。
「あ、ずるーい」
「唇は大切にとっておきなさい。ねっ?」
綴さんは、人差し指であたしの鼻に触れると、くるりと横を向いて八割方沈んだ夕
陽を仰ぎ背伸びをする。
なんだか拍子抜けしてしまった。
そりゃ、期待するのも変なんだけどね。
「そろそろ夕暮れの時間もおしまいね」
綴さんはそう言って、ウインクをする。
「また逢いましょ」
瑠璃色になりかけた空は、夕陽の輝きをだんだんと浸食していく。
「ほんとにまた逢えます?」
少しだけ不安になりながら、綴さんに質問する。
「約束する?」
「うん」
綴さんはあたしの小指に自分の小指をからめる。
「じゃ、や・く・そ・く」
夕刻の時間はとても曖昧な境目。
いつまでが昼で、いつからが夜かの区別がつきにくい。
普通、光と闇は同時に同位に存在できない。それは昼夜とわず夕刻も同じ。
だけど、夕刻の不思議な空間は、光と闇がさも入り混ざって存在しているかのよう
な錯覚をあたしたちに見せつける。
まるで、心の構造と同じ。
時がかけたひとつの魔法。
陰と陽とが複雑に絡み合い、同位に存在するさまは心と同じ。
あたしが夕刻という時間にこだわるのは、そんな曖昧な感覚が心の構造と似通って
いるため、その不思議な空間をまるで共有しているかのように思ってしまうからかも
しれない。
そして、綴さんの描いた絵を好きになったのも、そんな理由からなのかもしれない。
今日、あたし自身に対する答は出なかったけど…でも、綴さんに逢えて良かったと
思う。
まだ、強くはなれないけど、きっといつか強くなれる気がする。
眠り姫はまだまだ眠り続ける。
いつか自分で起きられる日まで……
(了)