AWC 天使の世代(4/7)


        
#2223/3137 空中分解2
★タイトル (NKG     )  92/10/ 2  21:32  (199)
天使の世代(4/7)
★内容

「いいから、ちょっと来い!」
 ほとんど強引にあたしを引っ張っていく。
 あたしが一番嫌いなもの。それは周りが見えない自信家と周りを見ようとしない傲
慢な人。
 男の同僚が「やり過ぎじゃねぇか?」と苦笑しながらあたしを見送る。
 あたしはホームの端まで連れて行かれた。先頭車両が見える。
 車体には血がこびり着いていた。その下の線路の上では、幾人かの職員と警察官が
事故処理をしている。
「見てみな」
 男は右下を指で指す。
 ぼろぼろになり、血にまみれた鞄。
 一瞬、頭がふらっとする。
 比較的損度の少ない切断された腕。
 胃の中の物が逆流しそう。
 職員が飛び散った内臓を拾ってバケツに入れている。
 思わず目を覆う。
「死ぬ事がどんなに醜いかわかったか?おれはな、自殺を美化する奴が大嫌いなんだ
よ」
 そんなことは言われないでもわかっている。あたしだって、自殺を羨ましいなんて
思ったことはない。あたしが気にしてるのはそんな事じゃないのよ。そんな事じゃ…
 でも、今はだめ。言葉にならない。
 男がぶっきらぼうにあたしの肩に手をおく。
 優しくしてるつもりなんだろうか?
 あたしはもう一度勇気を持って惨状を見る。
 職員たちのほとんどは嫌な顔を見せることもなく、事務的に後処理を行っている。
――痛い。
 ふと、あたしの心に何かの視線がぶつかった。
 なにげにその方角を見る。
 あたしを見つめる顔。
 その瞬間、あたしの思考回路は遮断された。
 瞳は、目の前に映る事実を脳に伝えるだけ。それ以上の事は考えられなかった。
 視界に入ったのは、ひとつの顔。
 車輪に絡みついた長い黒髪の持ち主。
 酷く損傷した顔。
 ただ呆然と立ち尽くしてその顔を見つめ返す。
 どこかで見た顔なはずだと、感覚がそう呟く。
 視界がぼやけてくる。
 露骨な嫌悪感があたしを襲う。
――怖い。
 あたしの中のもう一人のあたしがそう呟いたように聞こえた。
 冷たい空気が呼吸を息苦しくさせる。
 気持ち悪い。
 膝ががくがくして吐き気がする。無意識に口に手を持ってきていた。
 誰かがあたしの背中をさすっている。
 誰かが何かを言っている。
−「あんた何考えてるのよ!」
−「おれは…ただ、世間知らずのこいつをこらしめてやろうと……」
−「いらいらしてるのはわかるけど、だからって人に当たることはないじゃない。まし
 てや相手は年下の女の子」
−「わ、悪かったよ」
−「謝らなくてもいいから、さっさとどっかに消えて!でないと痴漢で訴えるわよ!」
 めまいがする。
 ふらっとしたあたしの躯を、誰かが支えてくれる。
 温かい感触。
「大丈夫?」
 張りのあるソプラノヴォイス。なんだか気分が落ちついてくる。
 ようやく思考回路が正常に動きだす。
 視界には見知った一人の女の子。
「!!」
 一瞬、目を疑った。
 いや、疑うというより、この事実が嘘でない事を祈ったといったほうがいいかもし
れない。
 制服姿の、少し大人びた顔立ちは忘れるはずがない。
 あたしが一番、逢いたかった人。
 ついつい返事も忘れて見とれてしまう。
「お手洗い行く?」
 優しい声は、あたしを温かく包んでくれる。
「大丈夫です」
 やっと言葉がでた。だけど、同時に涙がぼろぼろとこぼれる。
 今まで無理してしまい込んでいた感情が、一気に流れ出す。
 とっても逢いたかったのだと。
「あら?もしかして、うちの学園祭来てくれた子?」
 あの人の笑顔がとっても心地良い。
「覚えていてくれたんですか?」
 あたしはうれしさのあまり我を忘れそうになる。
「そりゃね。私の絵を気に入ってくれたんだもん。忘れるはずがないって」
 あの人は照れたように答える。
「なんか感激しちゃうなぁ、あたしもう一度あなたに逢いたかったんです」
 あたしったら完全に舞い上がってたみたい。今まで何が起こってたかなんて、完全
に忘れてしまったようだ。
「それはそれは、とっても光栄なことだわね」
 あの人はあたしの反応を見てくすりと笑う。
 あたしったら何を言ってるんだろう?
 実際あたまの中はからっぽ、そういや何があったのかしらって感じ。
 何か大事な事を忘れているような……
 ふと、自殺したあの子の顔が浮かんでくる。それと同時に血の気がさっとひく。
 あたしの中に刻まれた記憶。もう一生消えないかもしれない。そう考えると再びめ
まいがしてくる。でも、あの人の前でもう醜態は見せたくない。
「あ、いけない遅刻しちゃう!それじゃあね」
 あの人は時計をちらりと見ると急いで駆け出そうとする。
『あたしをおいていかないで!』
 もしも、あたしが正気を保てなかったなら、あの人に向かってこう叫んでいたかも
しれない。
 鼓動は高まり、あたしの想いは膨れ上がる。
 そんな想いがあの人に通じたのだろうか。途中でくるりと向きを変えて、再びあた
しの所に戻ってくる。
「そうそう、冬頃にまた展示会みたいなのやるから見に来てね。それと…」
 あの人はその宣伝を言い終わると、次の言葉を続ける前に吐息を一つこぼす。
 壊れそうなぐらい薄いガラスの吐息。
 そして、最上の優しい瞳。
 ポンっとあたしの肩にあの人の手が触れる。とても心地よいぬくもり。
「あなたは、負けないでね」
 そう呟くと、あの人は再び忙しげに駆け出していった。
 唇からこぼれたその言葉は、あたしの中の何かを奮い立たせる。熱い想いがこみ上
げて、別な意味で涙がこぼれてきそうになる。
 生き生きとした後ろ姿を見送りながら、熱い想いを抱きしめた。

       7−SIDE・B【綴】

「綴!」
 後ろから琴音のキンキン声が聞こえてくる。
「私は、あんたと漫才やるほど今日は暇じゃないのよ」
 放課後、校門への道のりを一人さびしく下校する私は哀愁を漂わせながら、おもいっ
きり暗い口調で言ってやった。
「綴。なに人生に疲れてるの?」
 脳天気な琴音の言葉はすでに漫才の域に達していた。
「あんたといると確かに楽しいよ」
 こちらも負けずとばかり、あきれた声でそう言い返す。
「やっぱさぁ、あたしたち色物の才能あるよね」
 こらこら、マジな顔で言うんじゃないって。
「それはそうとさぁ。綴、今日はどうしちゃったの?めずらしく授業終わったらさっ
さと帰ろうとしちゃってさ。あの美恵だって、まだ教室でダベってるのに」
「今日はちょっと用事があってね」
「ふーん。じゃあ、しょうがないね」
 琴音はそれ以上追求しない。べつに、聞かれたら答えてあげてもよかったのだけど、
この子なりに気を使ってくれたのだろう。
「ごめんね」
 私は、いちおう悪気を感じて素直に謝る。
「じゃあね」
 琴音の明るい声がこだまする。
 わたしたちは校門の前で別れた。

       *                   *

 真っ白なデイジーの花束を抱えて私は橋の上にいた。
 デイジーは、またの名を「ときしらず」という。
 永遠の時間を暗示させるような花。
 私は、埋め立て地を結ぶ一つの大きな橋の上で風に吹かれていた。
 とてもさびしい場所。
 それもそのはず。だって、橋のうえには私しかいないのだから。
 ここは、もう二年くらい前に封鎖された場所。
 手抜き工事がたたってか、少し前の震災で中途半端に崩壊した橋。
 おまけに、封鎖といっても、簡単に飛び越えられる柵があるだけ。
 工事にしても、警備にしても、人が足りないのだろう。
 橋の状態からして、それほど危険な場所ではないと思う。ただ、道路の状態がかな
り悪い為に、車での通行は不可能なのだ。
 表面にでっぱったアスファルトの破片は、歩行者にも多少ながら影響を与える。
 おまけに、橋の上なので雨をしのぐ施設もない。浮浪者どころか暴走族の溜まり
場になるほど、居心地の良い場所でもない。
 好き好んでこの場所に来たがる人はいないだろう。
 復旧のめどさえたたない見放された橋には、たださびしげにその存在をさらして
いるだけだ。
 私は、風にのせるように、花束を水面に投げ入れる。
 大型船舶の航行を考慮にいれてか、橋の大きさはかなりなもの。橋の上から水面
まではおよそ100メートルはあるだろう。
 この高さでは水面はほぼコンクリートと同じ。飛び降りても、水のクッションは
期待できない。
 一年前、夕はここから飛び降りた。
 私と同じ感覚を共有したたった一人の妹。
 いや、結局、共有はできなかったのだろう。私とあの子は根本的には違っていた
のかもしれない。
 もし本当に、あの子と同じ感覚を共有してたのなら、あの子は死のうなんて考え
ることはなかったのだから。
 そんな愚痴は、今となっては無意味に近い。
 あの子は負けたのだ。
 甘えることのできなかった自分に。
 あの子の優しさは他人への甘さだった。
 その事が、だいぶあの子に無理をさせていたのかもしれない。
 私たち四人の姉妹の中で一番近かったと思った二人が、本当はかなりかけ離れた
感覚の持ち主だったなんて、あの子が死ぬまでは気づかなかった。
 実際、最後の最後まで、私は夕の死を信じられなかった。
 あの子の亡骸を見て、私は知ったのよ。ああ、私はこの子とは違う世界の人間だっ
たって。その時わかったんだと思う。自分と同じ人間なんてこの世にはいないんだっ
て。
 この世でたった一人の自分。感覚を共有することはできないけど、自分の感性を
他人に伝えることはできる。
 私の生き方が変わったのは、その時からだったかもしれない。
 それまでは夕と同じように、感覚を共有できるものにしか心を開かない性格だっ
た。実際、六つ以上離れた姉たちともあまり口をきかなかったのだ。一年前までは。
 答を見つけかけてからの私はひたすら変わった。変わるしかなかった。
 それまで頼りにしていたもう一人の私−夕が、本当の私でないと気づいてしまっ
た時から。
 優しい風はあの子のように、甘ったるく私にまとわりつき流れていく。
 私が今日ここに来たのは夕を供養する為ではない。実際、あの子だって、それほ
ど信心深い子でもなかったし、あの子が望んで死を選んでしまった以上、現世にな
ど未練はないはずだ。
 そう思いたい。
 たった一人の妹だもん、情けなんてかけたくない。
 私が来たのは私自身の為。
 きちんとした答を見つける為。
 けして負けないと誓う為。
 風に向かう。
 空は茜色に変わり始めた。
 もうすぐ夕暮れ。
 私の大好きな時間。

 そして、あの子も大好きだった…時間。





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