AWC 天使の世代(3/7)


        
#2222/3137 空中分解2
★タイトル (NKG     )  92/10/ 2  21:27  (141)
天使の世代(3/7)
★内容


       6−SIDE・A【美鈴】


 朝はとってもユーウツ。眠い躯をむりやり起こして出かける支度をする。
 そして、ユーウツな気分のままあたしは駅のホームに立つ。
 ホームには通勤、通学のひとたちで溢れかえり、次々と来る電車に押し込まれてい
く。まるでオートメーション化された工場のように毎日毎日それが繰り返される。
 本当は逃げ出したい。
 だけど、今のあたしには逃げる場所さえもありはしないの。
 誰か助けて。
 あたしをここから連れ出して。
 そう思いながら一日が始まる。
 あたしは、朝という時間があまり好きではない。人によっては、その一日の始まる
雰囲気が好きだという。そういう人はたいてい自分に満足し、未来に希望を持ってい
るのだろう。
 あたしだって、本来なら華やかな未来を夢見る乙女のはず。だけど、この街がそう
させてくれないのだもの。
 だから、あたしにとって朝はとってもユーウツなの。
 今日も、いつものように電車に押し込められて、一日が始まる。
 希望なんて持ちたくてももてない。
 静かに目を閉じ、時を待つのも楽じゃない。
 電車の中であたしはじっと耐えている。
 果てしない時間を、そして泣き出しそうな心を。
 あたしは、そんな心を何とか癒そうといろいろ工夫をする。
 ただじっとしていただけでは、本当におかしくなってしまうだろう。
 あたしはいつも先頭車両に乗り、非常用の乗務員出入口の窓から進行方向の景色を
眺める。とはいっても、地下鉄なので外は闇の世界である。
 それでもあたしが覗いているのは、電車が駅につく瞬間に目の前がぱっと明るくな
る安堵感に期待しているからだ。堪え忍ぶ心を、一瞬の安堵感がごまかしてくれる。
 逃げられないのなら、ごまかすしかないもの。
 今日も、闇の中に安息の地を求めて進行方向を眺める。
 目的の駅までは7駅。
 あたしは、7回目の光で闇からとりあえずの解放を受ける。ただし、それは見せか
けの解放。再び学校という名の闇に取り込まれる。
 4回目の光が闇を引き裂く。
 条件反射のように、あたしの胸に偽りの安堵感が生まれる。
 だが、その光はいつもと違った。
 ひとがいる。
 光の中にまっさきにひとが見える。
 よく見るとあたしと同じくらいの年の女の子だ。
 生気のない瞳でこちらを見つめている。
「あ…」
 思わず声がこぼれる。目が合ったと思ったのだ。
 本当は、あたしを見ているわけではなく、ただ電車を見ているだけなのだろうけど。
 ごまかしも含めて、その子を冷静に見つめ「白線より前に出て危ないなぁ」と思っ
た瞬間、あの子は跳んだ。
 考える暇もなく、電車に急制動がかかる。
 耳障りな金属音。
 老朽化した線路と車輪に無理がかかる。
 あたしの身体は慣性の法則に従って、乗務員室との境の壁に押しつけられる。
 同時に何か、不快な感覚が車体からあたしの躯へと伝わる。
 鈍い悪寒を背筋に感じて、少し吐き気がしてきた。
 電車は、ホームの半分ほどまで来てやっと止まった。
 一瞬、頭の中はパニック状態に陥る。
 車内放送が流れる。
 ひどく落ちついた声で、人身事故との事を伝える。
 乗客たちもその車内放送を冷静に受けとめている。
 あたしもなぜかそれを冷静に聞いた。
 電車は数分ののち、乗車位置を直すために再び動きだす。
 途中、微かな鈍い音が耳に届く。
 電車は止まり、扉が開き、再び車内放送が流れる。
 後処理を行う為、二十分ほど遅れるということだ。
 その放送でそれまで、静かすぎるほどだった車内の人たちがざわめきだす。
 舌うちしながら露骨に嫌な顔をする人。
 何事もなかったように目をつぶり座席に座ったままの人。
 時間を気にして、そわそわと腕時計を見る人。
 駅員の慣れた対応は、飛び込み自殺の多い事を物語る。
 みんな何が起こったのかはわかっているはず。
 だけど、それに対して何も感じていないのだろうか?
 あたしはいたたまれなくなって電車を降りた。
 降りる途中、涙が電車とホームの隙間に吸い込まれていった。
 泣きたくなんかなかった、でも、泣かないと気分が悪くなって吐きだしそうだ。
 あたしは一瞬だけどあの子を知っていた。
 あの子の顔が頭にこびりつく。
 なんで?
 あたしは呆然としながら心の中でそう呟く。
「まったく何考えてるんだか…」
 すぐ横でサラリーマン風の若い男の人が愚痴をこぼす。露骨に嫌な気持ちを吐き出
すような感じだ。
「まあ、電車通勤やってりゃ一度や二度はあることさ」
 若い男の同僚らしい人がそう応えた。
「しかしよぉ、何も朝の通勤時間を狙ってやるこたぁねぇと思わないか?」
 あの子がどんな気持ちでいたかなんて考えようとはしない、自分の都合しか考えら
れない。もう一人の嫌なあたし。
「近ごろのガキはすぐ自殺するからなぁ。あいつら死ぬことなんてなんとも思ってな
いんだよ」
 死を選んだ人間が何も考えないわけがない。あの子だって強く生きたかったに違い
ない。あたしだって、いつまで耐えられるかわからない。
「…ったくよぉ。今日は大事な会議があるってのに」
 若い男はしきりに時計を気にする。
「……人が一人死んだんですよ。…どうしてそんなに落ちついていられるんですか?
どうして自分たちの事しか考えられないんですか?」
 思わず声に出してしまった。
 やるせない思いを自分の殻に閉じこめておくことはできなかった。
 若い男は最初は驚いていたようだが、あたしの様子を見て冷静に呟く。
「お嬢ちゃん。人が死ぬのがそんなに珍しいか?」
 一瞬、言葉につまる。
 人の死はニュースや新聞でよく見かける。それほどめずらしいものでもない。
 この瞬間、どこかの場所で見知らぬ誰かが亡くなっている。そんな事はわかってい
る。
 だけど、実際に目の前で人の死を見るの初めてだった。
「…珍しいとか…そういう問題じゃないと思います」
「そういう問題さ」
 若い男はそう言い切ると、続けて語る。
「いちいち、他人の死に干渉していてどうする?そんな事をして、おれたち生きてい
る人間に何のメリットがあるんだ?いくら同情しても、それは自己満足的な感傷にし
かならない。死んだ人間がおれたちに何を与えてくれる?『迷惑』以外のなにものも
与えてくれやしないだろ」
 一瞬だけの時間しか知らないけど、あの子は他人なんかじゃなかった。
「あたしは自分の感情に自己満足なんかしてません」
「いいや、あんたは自分の感情に酔っている。現実から目を逸らしている。まわりを
よく見てみな。少なくともこの自殺は、多くの人に迷惑をかけているってことがわか
るはずだ。まさか、それがわからないほどあんたはバカじゃないだろ?」
 そんな事はわかってる。あたしが言いたいのはそんな単純な問題じゃない。
「たしかに自殺の仕方によっては多くの人に迷惑をかけてしまうかもしれません。で
も、だからといって人の死を軽視していいんですか?『生きていく』ということがど
れだけ大変なのか、あなたはわかっているはずです」
「ほぉ、年下のあんたに生き方について説教されるとは思わなかったな。でもな、お
れだってのほほんと生きてきたわけじゃないんだ。『生きる』ことの苦痛はよく知っ
ている。だからこそ『自殺』なんてする大バカには、『迷惑』以外の何物でもないレッ
テルしか貼ってやらねぇんだよ」
 完全に意見の相違。いや、根本的な考え方自体が異なるのだろう。
 こんな人に自分の気持ちをわかってもらおうとしたあたしがバカだった。
 自殺したあの子とあたしは赤の他人とは言い切れない。一瞬だけど、あたしは生前
のあの子を知っていた。その事が心の奥底でずっと引っかかっている。
 この心のもやもやはすぐに晴れるものではない。
 できることなら忘れてしまいたい。
「…わかりました。もういいです」
 いささか身勝手だとは思ったが、これ以上この人と話を続けても意味はないと判断
し、その場を立ち去ろうとした。
「待てよ」
 若い男はあたしの腕をつかむ。
「あんたはわかっちゃいない。死がどれだけ醜いものかをわかろうとしてない」
 わかってないのはあなたの方だ。あたしがどんな気持ちで自分の想いを訴えようと
したかわかろうとしない。言葉が足らなかったのは反省している。でも、あなたとあ
たしじゃ、根本的な考え方が違うんだから。
「放してください」






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