#2220/3137 空中分解2
★タイトル (NKG ) 92/10/ 2 21:19 (160)
天使の世代(1/7)
★内容
0−SIDE・A【美鈴】
眠り姫の目を覚ますには、とっておきの口づけが必要。
あたしにかけられた魔法を解くのは誰?
ここから助けだしてくれるのは誰?
* *
その日は昼からどんよりとした天気だった。
窓際の席のあたしは、休み時間の間、ぼぉーっと外を眺めていた。窓の外には何が
見えるでもなく、ただ高等部の校舎がどんと構えているだけで、景色を楽しんでいる
わけではない。三年も中等部の校舎にいれば見慣れるどころかあきる風景だ。
いちおうあたしは中学生である。童顔というより幼顔の為、クラスメイトからは小
学生だなんてからかわれてしまうが、あたし、楢崎美鈴は正真証明の中学生だ。
「ミリィ、傘持ってきた?」
ぽんと肩を叩かれて、クラスメイトの朝倉杏子の声が聞こえてくる。『ミリィ』と
はあたしのニックネームだ。本名の『美鈴/ミリン』では、調味用のお酒と間違えて
しまうと、杏子がつけてくれたものだった。あたしとしては、『ミリン』の方が気に
入っているのだけれども、まあせっかくつけてくれたのだからと、呼ばれてあげてい
るのだった。
「あたしは、いつも折り畳みよ」
ちょっと機嫌が悪かったものだから、ついそっけなく答えてしまった。
杏子とは中一からのなじみなので、いまさら作った笑顔を見せてもしょうがない。
「あんた最近冷たいんじゃない?」
杏子は、冗談まじりでそう言いながら、あたしの背中によっかかってくる。ぐずつ
いた天気で、ただでさえ気分が滅入っている時にうっとおしいマネはやめて欲しいと
思う。
だけど、もう、それを振り払う気力さえ残ってなかった。
1−SIDE・B【綴】
参ったな。
傘はきちんと持ってきたのに、学校に忘れてきてしまうとはなんたる不覚。
私の予想じゃ、降り出すのは夜になってからだと思ったのだが…ああ、読みが甘かっ
たわ。佐々間家の中じゃ、夕と同じくらいに勘が良いと思ったのだが。
私は心の中で少しだけ反省しながら、近くのバーガーショップへと駆け込む。
素直に駅までバスで帰れば良かったのだが、琴音に付き合って本屋なぞに立ち寄る
からこんなことになってしまったんだ。
そういやあの子、傘持ってたっけな?
「いらっしゃいませ。秋のヘルシーセットはいかがですか?」
わざとらしいような、はきはきとしたメゾソプラノ。ここには、クラスメイトの美
恵がバイトしている。
「コーラ」
私は、ぶっきらぼうにそう注文する。
「ご一緒にポテトはいかがですか?」
妙に慣れた口調。私はコーラ以外は飲む気がしないんだ。
「コーラ一つ、美恵のおごりね」
私がにやっと顔を緩めると、彼女は仕方がなさそうに声のトーンを少し落とす。
「そりゃ、綴ならコーラぐらいおごれないことはないけど……」
「じゃ、おごって」
ゲンキンな奴!といった顔で私のことを見る。
「岬ちゃーん。コークのM、満杯!でお願いね」
美恵は奥にいる従業員に声をかけると、私のほうを振り返りまじまじと見つめる。
「綴ちゃん。今日は何のようでちゅか?」
私は幼稚園児か?
「急に降り出してきたから雨宿りよ」
「あれ?傘持って来なかったっけ?」
「学校に置いてきちゃってさ」
美恵は「ドジ」という顔で私を哀れげに見つめる。あんたに哀れんでもらいたかな
いよ。
「お待たせしました。コーラのMサイズです」
コーラが目の前に来たとたん、口調が一転して営業用スマイルが表れる。
「さ…さすがプロ」
私は苦笑しながらストローとコップを受け取ったとたん、何かいやな予感にみまわ
れた。
コップの感触が変なのだ。
道路側の雨の良く見える席に座ってコップにストローを刺そうとする。が、ストロ
ーが刺さらない。
「げ!」
蓋を開けてみると、氷がぱんぱんに入っていて液体の部分が少ししかない。
美恵、あんたはそういう奴だったんだよね。と、私は頭を抱え込む。
氷を灰皿に少し出しながらなんとかストローを刺すと、中身をケチケチとすすりな
がらしばらく、ぼけーっと外を眺める。
外には、憂欝な雨がしとしとと降り注ぐ。
「いやな雨……」
なにげにそうこぼす。
この雨がただの雨なら、私の気分もそれほど憂欝にはならないだろう。もともと、
雨が嫌いではないのだから。
ショップに備え付けのペーハー計がかなりの酸度を示している。
酸性雨。
いまや雨は天の恵みではなかった。
2−SIDE・A【美鈴】
雨の放課後。
ユーウツすぎるほどの天気はあたしの心と同じ。
思わずため息がこぼれてしまう。
「ミリィ」
後ろから杏子が声をかけてくる。
「アンコ…」
あたしは条件反射的に杏子の愛称を呼ぶ。
「わたしをおいて一人で帰るなんてずるいぞ」
杏子は息をきらせながらあたしに文句を言う。どうやら走ってきたらしい。
「あ、ごめん。ぼぉーっとしてたから…」
あたしの言葉に偽りはない。ただでさえユーウツな雨に加えて、あたしはあの人の
事ばかり考え込んでしまっている。他のことにかまう余裕なんか今のあたしにはない
のだ。
逢いたいのに逢えないのは、とてももどかしく悲しいもの。何かの悪意があたしの
心を痛みつけているみたい。
「まーた、あの人の事考えてたの?」
杏子の問いに、あたしは何も答えず空を見上げる。そういえばさっき、酸性雨注意
報が発令されたんだっけ。そんな事を思いだして、今度はおもむろに鞄から傘を取り
出す。
そして、傘を丁寧に開きながらあたしは心の中で呟いた。
この雨は悪意に満ちている。
3−SIDE・B【綴】
「やまないね。雨」
後ろから急に声がしたもので、私は一瞬どきっとした。
「ほら、傘貸してあげる」
美恵は、窓の外の雨をのぞき込みながら私にオレンジ色の傘を差し出す。
「美恵、いいの?」
私は美恵の顔を窺う。
「いいって、どうせ店の傘だし」
「なんだ、美恵のじゃないのか。せっかく、久しぶりの友情を実感できると思ったの
に」
私は冗談まじりでそういって笑いだした。
「なに言ってんのよ。わたしがあんたの為に身を呈して助けるなんて事、すると思っ
た?」
美恵も、うふふと笑い出す。
ぱっとその場が明るくなり、私の中の憂欝さも少しはまぎれたようだ。
「嫌な雨だけどさ、わたしはけっこう気に入ってるのよ」
ふいをついて美恵がそう呟く。
「え?」
私は美恵が何を言ったのかが一瞬理解できなかった。いや、言った言葉がなんであ
るかは聞き取れたのだが、そこに込められた意味を理解するのに時間がかかってしまっ
たということだ。
「傘返すのはいつでもいいよ」
美恵はごまかすようにそう言うと、店の奥へと行ってしまった。
私は立ち上がると、もう一度窓の外の雨を見る。
汚らしさを知りつくしてしまったかのような酸性雨。
おもえば、この街で一番素直なものなのかもしれない。
私は感慨深さを抱きながら、出口へと向かった。
降りしきる雨。
あなたをのけ者にするつもりはないの。
ただ、私にはあなたを受けとめられるほど強くない。
だから今は、しのげる程度にあなたを感じていたい。
そして、この街もあなたも私も、すべてが優しくなれることを願いたい。
私は、傘を開く。
”世界のバーガーショップ ファースト・バーガー”
青い大きな文字で傘にはそう書かれてあった。
「美恵!!!!!!!!」