AWC 「邪狩教団」第8章            リーベルG


        
#2217/3137 空中分解2
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「邪狩教団」第8章            リーベルG
★内容
                   8

 そのままの状態が数秒持続していたら、玲子は若すぎる不本意な死を強制されていた
だろう。辞世の句を詠めたかどうかも疑わしかったに違いない。しかし、この夜の闘い
はまだ終結していなかった。
 突然、玲子の本能が鋭い警告を発した。玲子の意識は研ぎ澄まされた日本刀のように
冴えわたった。全身を覆った苦痛と疲労を瞬間的に忘れさせるほどだった。
 「これは、まさか<従者>!」玲子は反射的に上体を起こした。激痛が走ったが、お
かげで頭はすっきりした。                                            イーヴル・サイン
 玲子の鍛えぬいた感覚がメフィストフェレスでさえも顔をそむけるような邪悪な瘴気
を探知したのである。しかもきわめて近距離からである。玲子は目を閉じて瘴気の方向
を探った。それは玲子の背後から突き刺さっていた。
 一気に飛び起きて振り向ければ理想的だったのだが、実際はそろそろと激痛をこらえ
ながら身体を少しずつずらしていくことになった。背後の光景が目に入るまで、30秒
以上かかってしまった。
 先ほど倒したSEAL隊員が、何事もなかったかのように立ち上がって玲子を見降ろ
していた。少なくとも第3者がいればそう見えたに違いない。隊員のまぶたは閉じられ
ており、何も視認してはいなかったのである。
 玲子はプラーナで隊員の中枢神経を直撃した。間違いなく2、3時間は昏倒している
はずである。その点には自信がある。なのに立っているという事は普通の人間ではない
。ましてや瘴気はその隊員からまっすぐ発せられている。
 始めから<従者>がSEAL部隊に潜り込んでいたのかと考えたが、それならば闘っ
た段階で判明するはずである。現に数分前の闘いでは、それらしい瘴気などまるで感じ
なかった。すると…?
 「お前は何者なの?」玲子は半分かすれた声で質問した。返答など期待していたわけ
ではなかったので、相手が口を開いたときには少々驚いた。
 「まだわからんのか。愚かな娘」嘲笑まじりの声は流暢な日本語だった。
 その瞬間、玲子は瘴気の源を正確に突き止めた。それは隊員の背中から、正確には背
中の野戦バックパックから発していたのである。
 「いいえ、たった今わかったわ」懸命に平静な声を出そうとしたが、失敗した。
 「ほう。いってみよ」
 玲子は静かに答えた。
 「お前は例の外典ね。それとも《アル・アジフ》の第2巻と呼ぶべきなのかしら?」
 「第2巻などではない。余こそ真の《アル・アジフ》なのだ」
 ここに至ってようやく玲子は全ての謎が解けたと思った。教団の研究者は《アル・ア
ジフ》や《無名祭祀書》などの<旧支配者>について言及している書物は、それ自体が
呪いとなり、手元に置いておくだけで所有者を堕落や破滅へと導く力を持っている、と
常に警告している。ところが、狂気の詩人アヴドゥル・アルハザートはいかなる魔術を
使ってか、「生きた書物」を創り出してしまったのである。
 「アルハザードがお前を創り出したのね」玲子は体力回復の時間を稼ごうと質問をし
た。SEAL隊員の身体を支配した相手は大笑いした。
 「愚か者め。ただの人間などに余を創り出すなどという大それたことができるものか
。余の名はツォルグゥウ・ナィア。レンの大祭司にして大王。余の主にして崇める神の
御名を貴様に教えてやろう。心してこの御名を敬い畏れるがよい。
 偉大なるガタノトーア様に永遠の忠誠を!!」
 ツォルグゥウ・ナィアと名乗った<従者>が、その呪わしい名を発した途端に、草木
が風もないのにざわめいた。辺りの空気に腐臭が漂い、玲子は魂の根元からの嫌悪を感
じて身震いした。<旧支配者>の名前は正確に発音するだけでも災いを呼ぶのである。
もっとも人間には発音不可能な名前が多いが。今の名もそのひとつである。
 「余が崇拝する神々が大いなる戦いに敗れ、何処かに封印されてから数千の時が流れ
た」ツォルグゥウ・ナィアは話し始めた。「余と余に従いし者どもは、この地上をおこ
がましくも支配する貴様達人間どもを駆逐せしめ、余が主の再臨を達成する事に暗躍し
た。アルハザードは余に味方する者として、余に接近するも、余が心を許して主の秘密
を打ち明けると恥知らずにも逃げ出した。そして《アル・アジフ》を書き表しおった。
 当初、《アル・アジフ》は主の偉大さを讃え、その到来を願う計画の一端だった。そ
れを読んだ者は皆、主の御名を呼び、古えの神々のための神殿を建立し、争って生贄に
自分の赤子を捧げ、命果てるまで祈り続けるようになるのだ。そのために余は魔術の全
てを注ぎ込んだ。
 それをあの裏切り者めは、人間どもへの警告の書に作り変えてしまった。余から学び
盗み取った魔術を使い、呼んだ者に呪いがかかるようにしたのだ。従って、人間どもは
《アル・アジフ》を呪われた書として扱うようになってしまった。
 余は奴を追い、捕らえると魔術をかけた。余が書そのものとなり、そこに本来の目的
のとおりの文を書くように。しかし、完成直前、奴は余の魔術をいかにしてか打ち破り
逃げ出しおったのだ」
 「アルハザードを殺したのはお前ね」玲子は指摘した。呼吸が少し落ち着いてきた。
 「そのとおりだ」ツォルグゥウ・ナィアは支配している隊員の身体をゆっくりと歩か
せた。倒れている隊員の腕を掴むと引きずり始めた。
 「それでお前は何が目的なの」玲子は秘かに身体全体の筋肉を調べながら訊いた。<
従者>と対峙している緊張感と本能的な恐怖が、アドレナリンを活発に分泌させ、体力
も少しずつだが戻っている。
 「ヒットラーとやらに期待したが駄目だった。ソビエト連邦も崩壊しおった。次はこ
の国で試すことにする」<従者>は倒れている2人の隊員を集めるとコンバットジャケ
ットを脱がせ始めた。
 「何を試そうというの?」
 「地上に暗黒を到来させるのだ。この国ならば下地はできている」隊員達を全裸にす
ると、ツォルグゥウ・ナィアは自分も服を脱ぎだした。脱ぐというよりは破くといった
方が正確だった。
 「ストリップなんか見たくないわよ。何をする気なの?」
 「この島国全体をガタノトーア様の神殿にするのだ。お前達は皆、神に使える信者と
なり、地上に暗黒をもたらす民となるのだ」
 「大口を叩くのもいい加減にしたらどうなのよ」玲子は辛辣な口調で答えた。「ソ連
の研究所に幽閉されていたくせに」
 「馬鹿め」今や全裸となった隊員の口を使ってツォルグゥウ・ナィアは哄笑した。「
貴様ら人間どもの作ったもので余を幽閉できると本気で信じておるのか。身の程知らず
な虫けらめ。
 ヒットラーもレーニンも影に過ぎぬ。地上に戦乱と恐怖を呼び、神の国到来のために
働いていたに過ぎぬ。数百万人のユダヤ人を虐殺したのは誰だ?核の恐怖の時代を作っ
たのは誰だ?チェルノブイリを爆発させて世界中に死の灰を降らせたのは誰だ?
 余だ!余だ!お前達は全て余の手の平で踊っていただけなのだ」
 「今まで人間の愚かさだと思っていたのは、全部お前のせいだったのね」玲子は半分
呆れながらいった。「教えてくれてありがとう。ますますお前が憎ったらしくなってき
たわ。今すぐ地獄なりどこへなりと帰りなさい。そうすれば見逃してやるから」
 「ほざくがいい。見ておれ」ツォルグゥウ・ナィアは手を動かした。どこからか古ぼ
けた本が出現した。真《アル・アジフ》、つまりツォルグゥウ・ナィアの本体に違いな
かった。肉体にこだわらないタイプの<従者>である。
 口が開き、低い声で詠唱が洩れた。音楽性のかけらもない、釘でガラスをひっかくよ
うな不快感を催す声だった。それは数秒で終わり、ツォルグゥウ・ナィアは叫んだ。
 「うるるるいぐあいあいあうぐなふんぐないがたのとーあ!!!」叫ぶなりツォルグ
ゥウ・ナィアは片手で地面に倒れている隊員を掴んで持ち上げた。そして自分の身体に
叩きつけた。2つの身体は接触面から熔け合い、混じり合っていく。骨の折れる音が響
き、濁った血が噴出した。
 吸い込まれている隊員が不意に意識を取り戻した。自分の身体が半分以上、仲間と融
合しているのを知ると、恐怖の悲鳴をあげた。
 「ひぃあぁぁぁ!あひぃぃぃ!」鍛えぬかれたSEAL隊員は幸運にも発狂した。そ
のまま意味不明の叫び声を上げながら全身で喰われていく。2人分の肉体は皮膚を剥が
れ、臓器に折れた骨が突き刺さり、筋肉がばらばらにほぐれながら融合していった。
 3人目も同様に合体させられた。こちらは遥かに強靭なあるいは鈍感な神経を持って
いたと見えて、発狂することもできず濁った早口の英語でわめき続けていた。
 「ヘリの奴らは余が直接支配することができなかった」3人分の肉体を混ぜ合わせた
ツォルグゥウ・ナィアは本を持っていない手で、腹部をぐちゃぐちゃとかきまわしなが
らしゃべった。「そのためにあの村に迷い込んで無駄に殺してしまった。本来は生け贄
にすべき虫けらどもをな。さすれば、地上に暗黒を呼び寄せる第1歩となったであろう
に」
 ツォルグゥウ・ナィアは言葉を切ると、喋るのに使っていた隊員の頭を肉の塊の中に
押し込んでしまった。代わりに腹部から内臓をひとかたまり掴み出すと、無造作に肩の
上に載せた。一部が押しつぶされ、血と体液が滴った。そして腹部に手に持っていた本
を押し込むと、上から内臓や骨をかぶせた。
 胸部が中央から裂け、折れた胸骨をかき分けるように血まみれの顔が出現した。それ
はごぼごぼと血を吐き出しながら、玲子を嘲笑した。
 「次はお前だ、娘」長い腕を伸ばして玲子を指さす。その先端には8本の指が生えて
いて、玲子を指している一本には青い瞳の眼球が埋め込まれていた。眼球はじろじろと
玲子の全身を嘗めるように見回した。
 「そう簡単にはやらん。まずお前を犯して」股の部分に巨大な肉棒が伸びた。50セ
ンチはある生殖器である。玲子は恐怖や羞恥よりも滑稽さを感じた。
 「それからゆっくりと時間をかけて取り込んでやる。ただの人間ではなさそうだから
な。さぞかしうまいことだろう」ツォルグゥウ・ナィアは一歩足を踏み出した。
 「私が何者だか知りたくはないの?」
 「取り込めばわかることだ。お前の力も余のものになるのだ」ツォルグゥウ・ナィア
は玲子にのしかかった。鈎爪の生えた太い腕が玲子の破れたジャケットにのびた。
 次の瞬間、重傷でほとんど身動きとれないように見えた玲子の身体が電光のように動
いた。一拍で巨大な肉隗から逃れると、伸ばした右手を引き寄せた。サブマシンガンの
スリングが握られており、身体をひねって立ち上がった時には銃本体が手の中におさま
っていた。
 立ち上がるときにも、想像を絶する激痛が全身を襲ったはずだが、玲子は表面的には
それをうかがわせなかった。人間ではない強姦未遂者がうなりながら振り向いたとき、
玲子はフルオートで掃射していた。
 H&K・MP5はサブマシンガンの傑作である。フルオートでも驚くほど集弾率がい
い。さらに反動が極度に少なく、射撃に関してはほとんど素人の玲子でも簡単に命中さ
せることができた。おまけにこの場合の的は普通の人間の2倍はある。
 マガジンに残っていた20発余りの9ミリ弾は残らずツォルグゥウ・ナィアの下腹部
に叩きつけられた。怒りか痛みか<従者>は月まで届きそうな大声で吠えた。卑猥な肉
棒は細かな肉片となって飛び散った。
 下品にわめきちらしながら振り回した太い腕を、身を沈めてかわすと、玲子は<従者
>の背後に回った。サブマシンガンの銃身を両手で握ると、渾身の力をこめて突き通し
た。まだ熱い銃口が肉を焦がす匂いとともに、サブマシンガンは<従者>の、内臓か露
出した腹部に突き刺さった。
 「ぐううううるるるおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」<従者>は両腕を振り回した。玲子は
避けようとして足をもつれさせてしまい、骨と筋肉の奇怪な集合体である<従者>の腕
を傷ついた肩に直撃させてしまった。
 今度こそこらえきれない激痛が玲子を襲い、気力が萎えてしまった。足がふらつきそ
の場に片膝をついてしまった。
 ツォルグゥウ・ナィアの腹から下はずたずたに裂けていた。間に合わせの皮膚は破れ
はみ出した内臓から血と体汁をぼとぼとと地面に落としている姿は、B級スプラッタ映
画の怪物を彷彿とさせた。
 怒りに満ちた意味不明のわめき声をあげながら、ツォルグゥウ・ナィアは自分の腹に
刺さっているサブマシンガンを躊躇なく引き抜いた。そして血と臓物が噴出するのを意
に介さず、サブマシンガンを力任せに玲子に投げつけた。玲子は地面に身体を倒してそ
れを避ける。
 「こ、この身の程知らずの、愚者め!」ツォルグゥウ・ナィアは玲子を罵った。「余
の力で罰を与えてくれるわ!」
 ツォルグゥウ・ナィアは両腕を高々と上げると、短く呪文を唱えた。玲子は本能的に
身を縮めた。
 にわかに空が光った。と、玲子から10メートルも離れていない場所に、落雷が直撃
した。同時に轟音が響き、玲子の身体は衝撃をまともにくらってはね飛ばされた。
 「雷を操るとは!」玲子はぞっとした。かなりの邪力の持ち主である。空には雷雲な
ど浮いてはいないのに、強引に稲妻を作りだしたのである。
 再び轟音とともに稲妻が走った。狙いは正確ではなく、玲子からかなり離れた場所に
落雷したが、女性の本能的な恐怖がわき起こり、玲子はそれを腹立たしく思った。
 メダリオンを取り出した。呼吸が荒くなっているのを懸命に静める。慎重にタイミン
グを測った。
 3たび空が光った。同時に玲子は力を振り絞ってメダリオンを投げた。
 雷電はその巨大なエネルギーを全て宙を飛ぶメダリオンに叩きつけた。加速されたメ
ダリオンは電光を尾のようにひきずりながら、ツォルグゥウ・ナィアに命中した。
 メダリオンに封じ込められた古き力と、荒々しい稲妻のエネルギーが<従者>の仮の
肉体を貫いた。
 人間の可聴域をはるかに越えた呪い声をあげ、ツォルグゥウ・ナィアは暴れ狂った。
そのおぞましい肉体は黒焦げになっている。玲子は焼夷炸薬カプセルを取り出した。信
管をプラーナで起動させ、間髪を入れず投げつける。カプセルはほとんど直線で飛び、
<従者>の20センチ手前で炸裂した。拡散した火球が呪われた肉の塊を包み、想像を
絶する熱に灼かれ、<従者>の肉体は瞬時に蒸発していった。
 最後の力を振り絞ったのか、体内にしまわれていた本が飛び出して、草の上に転がっ
た。邪神ガタノトーアの<従者>ツォルグゥウ・ナィアの本体である。
 玲子がよろめきながら近付くと、本は開いた。同時に低くかすれた声で喋り始めた。
 「これで済んだわけではないぞ。余が消滅したとても、この地球にはガタノトーア様
に仕えるものは無数に存在するのだ」もはやその発音は正確ではなかった。「遠からず
余の神のみならず、全ての古の神々がお目覚めあそばれる。その時こそお前たち人間ど
もは奴隷以下の虫けらへとなりさがるのだ。楽しみにしているがいい」
 「お前の知った事ではないわ」玲子は最後のメダリオンを取り出した。「塵にかえり
なさい」
 メダリオンを叩きつけると、世界で最も邪悪な本から邪悪な神々の下僕が脱け出した
気配を、玲子の鋭敏な感覚が捉えた。しかし、それはもはや無力な残滓でしかなかった
。何世紀も邪悪な書物として、数々の国家を滅ぼしてきた邪力は完全に失われている。
それもまもなく、音もなく消滅した。後に残ったのは、半ば風化した文字の書かれてい
ない紙の束でしかなく、やがて吹きだしたそよ風に抵抗の気配もなく崩れていった。
 玲子はそれを見届けると座り込んだ。そのまま柔らかな草の上に仰向けに横たわる。
全身の力が抜けていくのを感じた。全身の傷が自己主張を始めたが、玲子の意識はその
まま遠のいていった。





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