AWC 「邪狩教団」第6章            リーベルG


        
#2215/3137 空中分解2
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「邪狩教団」第6章            リーベルG
★内容

                   6

 「倒しました。完全に消滅しました」玲子は報告した。タイラントは敵の正体とその
戦いを黙って聴いた。どちらもタイラントが玲子のコードネームでなく、本名を呼んで
精神に括を入れたことを口にしなかった。暗黙の了解事項として、本名は口にしないこ
とになっているのである。
 『まだ終わりではないぞ』タイラントは告げた。
 「というと?」玲子は疲れきっていた。緊張の糸がゆるんだせいもあるだろう。
 『ヘリの兵士達を怪物にした元凶だ』
 確かにそのとおりである。玲子は自分の思考が前面にのみ向いていたことを認めた。
どうも頭がうまく働いていない。大きく深呼吸をすると、体内のプラーナを一巡りさせ
て血管や細胞にたまった疲労を振り払った。玲子の頭脳は徹夜明けの受験生から、定時
のチャイムをきいたばかりのOLくらいには回復した。もっとも、これは一時的な状態
にすぎないことはわかっていた。
 『例の作戦の全容がほぼ掴めた。ヘリが研究所から持ち出したのは一冊の本だ』
 「本?」玲子は聞き返した。
 『研究所はそれ自体が運営費用を持っていたらしい。書記長もKGBもGRUもほと
んどその実体を知らなかったようだ。
 何故当時世界最大の社会主義国家でそれが可能だったかというと、研究所の設立者で
あるワシーリン・ザムチェフスキーの個人資産がその資金源だったからだ』
 「有名人ですか?」少なくとも玲子に聞き憶えのある名前ではない。
 『ある限られた方面ではな。彼は東側で最高の超自然現象の研究者だった』
 「それでそのワシーリンなんとかさんがどうしたんです?」
 『彼は1974年に病死したが、その数年前から資産も尽きかけていた。そこで彼は
クレムリンに研究所を売り渡すことにした。正確には研究の成果を国家に提供すること
によって、研究費を得ようとしたのだ』
 「その研究の成果とやらは何だったんです?ハストゥールを召喚する方法か何かです
か?」
 『正確なところは不明だ。しかし恐らく君がその目で見たことだ』タイラントは静か
にいった。
 玲子はしばし沈黙した。
 「つまり、人間を混ぜ合わせる方法ですか?」玲子の声には冷笑と怒りが混在してい
た。
 『つまり、無敵の兵士を生み出す方法だ。少なくともワシーリン・ザムチェフスキー
はそれが可能だと考えていたらしい』
 玲子は怒りを感じるよりも呆れ果てた。人間の愚かさはどこまでもキリがないもので
あるらしい。特に国家とか軍がからむと、それはさらに果てしないものになるらしい。
 「それが盗まれた本とどんな関係があるんですか?」
 『その本にその方法が記されていたらしいのだ』
 「まさか…《アル・アジフ》!?」玲子は誰かにその書名が聞かれるのを恐れるよう
に声をひそめた。
 『いや』タイラントは否定した。しかし玲子の安心感は1秒ももたなかった。『正確
にはその外典らしい』
 《アル・アジフ》。8世紀頃、「狂えるアラビア人」と呼ばれたアヴドゥル・アルハ
ザードが書き記したといわれる世界最大の稀覯本である。<旧支配者>の戦慄すべき謎
が述べられているとも、召喚の方法が書かれているともいわれている。950年にコン
スタンチノープルの正体不明の哲学者が秘かにアラビア語の原典をギリシャ語に翻訳す
る際《ネクロノミコン》の表題をつけ、こちらの方が有名になっている。
 まだ科学が世界を支配するに到っていない時代に、この本は出版と同時に発禁・焚書
になった。また、この書を読んだ者は例外なく無惨な最後をとげている。著者のアルハ
ザード自身、白昼、多数の目撃者の前で不可視の怪物に生きながらむさぼり食われたと
いう。
 したがって、20世紀現在、この呪われた書の完全版は邪狩教団の知る限り現存しな
い。教団の研究室に各章の一部分が存在している他は、世界数カ所の個人または国家の
研究施設に限られた断片が数部、ヴァチカンの地下に数章分が確認されている。
 玲子はもちろん読んだことはない。読みたくない本があるとすれば、この本である。
教団の研究員によればこの本そのものに魔力があり、中には唱えなくても頭の中で文字
を追うだけで、<従者>を呼び寄せる危険性がある呪文なども書かれているという。
 近年、熱核兵器以上の危険性を潜在させているこの本を求めて、愚かな権力者達が世
界中を探索させるという例がしばしばあり、邪狩教団によってことごとく阻止されてい
る。
 『アルハザードの死後に残されたメモや手紙から、彼が第2巻を執筆中だったことは
ほぼ間違いない。だが、数章分を書き上げた時点でアルハザードは謎の死をとげ、その
数章は友人の手で外典として100部あまり出版されたらしい』
 その内容たるや、本編が色あせるほどものすごいものであった。アルハザードが真実
書きたかったのは第2巻の方であって、現在の《アル・アジフ》は序章にすぎなかった
のではないかという考察もある。
 100部あまりの外典は秘密に出版され、手に入れた学者や魔術師はほとんどその事
実を公表しなかったので、18世紀頃まではその9割近くが無傷で残っていたという。
しかし、その頃になってようやく邪狩教団がその存在に気付き、20世紀に到るまでに
完全に地上から消滅させた、と思われてきた。
 「ところが1部が何故かロシアに残っていたというわけですか」
 『これは推測でしかないのだが、ザムチェフスキーの父親はナチスと関わりがあった
といわれている。事実第3帝国壊滅の直前までベルリンに滞在していた。おそらくヒッ
トラーの手元にその外典があったのだ。ヒットラーの死の寸前、ザムチェフスキーの父
親はロシアに秘かに帰国し、間もなく死んだ。ザムチェフスキーが研究所を設立したの
はその直後だ。目的は父親がヒットラーから譲られたか、盗んだかした外典の研究だっ
たのだろう』
 「研究はどこまですすんでいたのでしょう」
 『それは不明だ』
 玲子は考え込んだ。外典に人間を自由に変化させる方法が書かれていたとして、輸送
中のヘリの兵士達があの怪物になってしまったのは何故だろう。兵士達にアラビア語が
読めたとは思えない。従って兵士達がうっかり自分自身に災厄を招き寄せてしまったと
いう考えは成り立たない。すると兵士達の他にアラビア語の読める誰かがいたのだろう
か?玲子はタイラントにそういってみた。
 今度はタイラントも冷笑したりしなかった。
 『それは大いにありうる。研究所の研究者を同時に誘拐してきたというのはな』
 「その男か女が復讐のために兵士達を怪物にし、村を襲わせたのでしょうか?」
 『そいつを捕まえてみればはっきりするだろう』
 「どこにいるんでしょう」
 『衛星で見る限りではそれらしいのは発見できない』
 「SEAL隊員はどこにいますか」玲子は心ならずも敵に廻してしまった特殊部隊の
ことを不意に思い出した。
 『数分前まではヘリにいた。中を調べていたらしい。ヘリはすぐに爆破された』
 「SEALの任務は本とその男の回収だったんですね。でも見つからなかった。そこ
で墜落の証拠を消した。今はどこに?」
 『まっすぐ君の方へ向かっている。距離にして4キロだ』
 玲子はうんざりした。別にSEALはことさら玲子を追っているわけではなく、村に
向かって最短距離を進んでいるだけなのだが。玲子に戦闘不能にされた仲間を回収に行
くのか、それとも外典が村にあると考える根拠があるのか。
 「とりあえず、外典を持ってる奴を探すことにします。もう、SEAL隊員なんかと
顔を合わせたくありませんから」
 『賢明だ。こちらも捜索を続けてみる』
 「了解」玲子は通信を切った。切ってしまってから小さく舌打ちする。タイラントに
言ってやりたいことがあったのである。
 「まあいいか」つぶやきながら歩き始める。SEAL隊員達の進路にいたくはない。
それに落ち着いて精神集中できる場所も必要だった。
 再び村に近付く。村を包囲している機動隊員が落ち着きをなくしているのがわかる。
そろそろ鋭い何人かが、自分達が相手にしているのが単純な凶悪犯やテロリストではな
いことに気付きはじめたのだろう。
 玲子は数百メートル歩いて、名前を知らない背の高い草が群生している場所を見つけ
た。あぐらをかいて、目を閉じた。疲労がほとんど物理的な重さとなって全身にのしか
かってくる。それをあえて無視してプラーナの網を周囲に展開し始めた。
 玲子のプラーナはメンタルな要素に左右されることが多い。気分が落ち込んでいたり
ぼーっとしているとプラーナのコントロールはうまくいかないことがある。むしろ喜び
や怒りなどで心が満たされていた方が、思いのままにプラーナは動く。ヨガや超能力の
本などには「心を無にする」ことの大切さが述べられていたりして、玲子を混乱させた
ものである。もともと玲子は感情が豊かな娘で、無心の状態に自分を導くこと自体困難
だったのだが。
 今、玲子が行っているのは自分のプラーナを空気の流れにのせて流し、レーダーの様
に展開し、特殊な瘴気を探る技である。技と言うほど大げさなものではない。伸ばした
プラーナに<従者>の瘴気が一瞬でも触れれば、その場所が玲子にはわかる。何故わか
るか、と訊かれても答えられない。とにかくわかるとしか言えないのである。
 自分を中心に半径数メートルの渦をプラーナでつくる。反応がなければ半径を広げる
。それの繰り返しである。距離的な限界はおよそ8キロ前後。
 ただこの方法をとると、玲子の体力の消耗は複利計算で激しくなっていく。自分の生
体エネルギーを放出するのだから無理もない。従って通常、敵の発見などは教団の優れ
たテクノロジーに素直にお世話になることにしている。
 微かな、しかしまぎれもない瘴気がプラーナの一端に触れた。玲子はその周辺にプラ
ーナを集中させた。
 古い書物のイメージが玲子の脳裏に浮かび上がった。B5のノート程の大きさ。例の
外典に間違いない。中の文字を読むこともできそうだがもちろん読まない。頑丈なスチ
ール性のケースに入っているらしい。さらに周囲をさぐる。
 深呼吸して新鮮な酸素を脳に送った。ケースは袋のようなものの中に入っている。い
やナップザックか。それは一人の男の背中に背負われている。男はジャングル戦用コン
バットジャケットに身を固め、手にはサイレンサー付きのサブマシンガンMP5をしっ
かり握っていて…。
 「えっ?」玲子は思わず声を上げた。まるでSEAL隊員のような格好である。それ
に今探知した方角と距離はおよそ…。
 「ハミングバードです。SEAL隊員はどこにいますか」玲子は通信機に訊いた。返
ってきた位置は玲子が外典を探知した位置とほぼ一致している。
 「そんなばかな」玲子は通信機につぶやいてしまった。
 『ハミングバード、どうした』タイラントが質問してきた。
 「外典はSEAL隊員が持っています」玲子は報告した。
 通信は沈黙した。「そんなばかな、間違いないのか」などと問い返さないのはタイラ
ントらしい。しばらくして返ってきたのは、ほとんど事務的ともいえる言葉だった。
 『では外典をSEAL隊員から奪うんだ』
 「隊員ごと燃やしてしまった方が楽ですね」玲子は軽口を返した。
 『どうしても仕方がなければそうするんだ』タイラントの口調は真剣だった。『外典
を持ち帰る必要はない。安全ならば持ち帰ってもいいが、少しでも危険を感じたなら燃
やすのだ。SEAL隊員の抵抗が手に余るなら殺しても構わない』
 過激な命令だった。玲子は言葉を失って通信機をまじまじと見つめた。
 『絶対に何があってもアメリカ合衆国政府に外典を渡してはならん。繰り返す、絶対
にだ』
 「殺すんですか?」玲子は驚いて訊き返した。
 『必要ならばな。殺さずに外典が奪えればもちろんその方がよい』
 「やってみます。しかし第3の男はどこにいるんでしょうか」研究所から誘拐された
人間のことである。
 『そんな人間はいなかったのかも知れない』
 「どういうことですか?何か気付いているのなら教えて下さい」
 『後だ』タイラントはにべもなく拒否した。『SEAL隊員の現在位置は北東に3キ
ロだ。雲が多くなっているので、衛星からの監視は困難になりつつある。急げ』
 通信は切れた。





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