AWC 「邪狩教団」第5章           リーベルG


        
#2214/3137 空中分解2
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「邪狩教団」第5章           リーベルG
★内容

                   5

 玲子は全力疾走した。普段なら1日の疲労がそろそろ身体を覆う頃だが、プラーナで
全身の細胞が活性化されているので、眠気の片鱗すら意識していない。
 もはや林の中に点在する機動隊員や、どこかに潜んでいるであろうSEAL隊員の目
に止まる事を気にしてはいない。数時間ぶりに隠密行動から抜け出せて、大声で叫びた
いほどの解放感があった。玲子は日本記録をもつスプリンターでも青ざめるほどのスピ
ードで、暗い林の中を豹のように駆け抜けた。
 イヤピースから囁かれる情報も、玲子を急がせる一因となっていた。
 『敵はゆっくりとだが、確実に村に向かっている。幸い今のところ近くに機動隊員は
いないが、このままだと30分ほどで、どれかのグループが遭遇する』
 玲子は返事をしない。了解のサインに送信機を、2回指で弾き、走り続ける。
 『すでにいくつかが敵の存在を察知しはじめたようだ。警察無線をそちらに転送する
…』             ジャカリチャーチ
 ガリガリガリ。イヤピースに、邪狩教団の使用する高速デジタル通信に比べると、ノ
イズの塊のように聞こえる音声が入ってきた。機動隊員が交信する周波数である。
 『…っすぐ村の方に向かっているようです。指示願います。どうぞ』
 『正体はわからんのか?テロリストではないのか?どうぞ』
 『動物のように見えますが、遠くてよくわかりません。どうぞ』
 『慎重に接近して報告せよ。どうぞ』
 『了解。交信終わります』
 古来、日本では<旧支配者>の<従者>の活動は、例えばアメリカなどに比べて活発
ではない。そのため権力者達は現在でも、その脅威を認識していない。機動隊員たちも
「有史以前の邪悪な神々」などといわれても、ピンとこないだろう。
 うかうかと接近すれば、S−村の悲劇が小規模に再現されるだけである。その前に玲
子が敵を地上から消滅させてしまうしかない。
 「おいっ!止まれ!」前方に機動隊員が現れ誰何した。3人で拳銃や、ショットガン
に手をかけている。しかし、先ほどのSEAL隊員と比較するとスキだらけである。
 玲子はそのまま突進した。脅威を感じたのか、機動隊員たちは銃の安全装置を外し、
銃口を玲子に向けようとした。
 SEAL隊員と違って、機動隊員には何も恨みはない。しかし、ここで邪魔されるわ
けにはいかない。玲子は跳んだ。
 突然、眼前から消滅した玲子を求め、3人の機動隊員は一度に全方向を見ようとして
軽く衝突しあう。Gパンに包まれた長い脚が一人の手首を襲ったときも、機動隊員達は
玲子の姿を発見していなかった。
 はじけとんだショットガンが、別の隊員の手首を正確に直撃し拳銃を弾き飛ばした。
残りの一人は着地した玲子にショットガンの銃口を向けたが、火線上に仲間がいるのを
認めてトリガーにかけた指をあわてて戻す。その瞬間、玲子が再び跳躍し、その隊員の
ショットガンを闇の中に蹴り飛ばした。
 玲子は弱くプラーナを集中させた指先を、機動隊員の首筋に突き立てた。感電したよ
うに身体をビクンと反らせ、隊員は地面に昏倒した。完全に意識を失っている。
 残りの2人も同様に眠らせた。
 すぐさま村に走り出す。息も切らしていない。
 玲子が自らプラーナと呼ぶ力は、基本的に生体エネルギーの増幅である。基本的に、
というのは玲子自身でも説明できない部分が存在するからである。幼い頃から玲子は本
能的に自分の生体エネルギーのコントロールができたらしい。おかげで病気らしい病気
ひとつしたこどがない。
 初めて意識的にコントロールを行ったのは14才のときである。学校の帰りに暗い道
を歩いていたら、変質者に襲われかかったのである。変質者のいやらしい手がセーラー
服のスカートの中に滑り込んできたとき、玲子の身体は恐怖で硬直していた。しかし、
心の中で何かがはじけた。
 気がついたとき、変質者は道に倒れていた。全身が電撃を浴びたように焦げており、
頭髪はちりちりに変色していた。服はあちらこちらでズタズタに引き裂かれている。完
全に意識を失って昏倒していた。玲子自身は全く無傷だった。その時、玲子は自分が持
つ能力に気付いたのである。
 それから玲子は本屋や図書館で、超能力、気功、ヨガなどの本をむさぼるように読み
あさった。そして数年かけて訓練した結果、自分の身体に存在するエネルギーをコント
ロールするコツをつかみ始めたのである。思春期の少女としては賢明なことに、最も親
しい友達にさえ自分の力のことを打ち明けなかったため、孤独な訓練が続いた。
 はじめのうちは、自分の体温を上げ下げしてみたり、生理の時の痛みをやわらげたり
するだけだった。そのうちになくした物を探したり、壁の向こうにいる人間の顔を正確
に思い浮かべたりという程度のことを憶えた。
 しかし、他人に対して自分の力を行使しようとは全く思わなかった。2度目に攻撃と
して自分の力を使ったのは、高校2年の夏、両親が殺された時であり、自らの脳の眠っ
ている領域を活性化したり、他人のエネルギーに干渉することを学んだのは、さらに1
年後のことだった…。
 8キロあまりの距離を玲子は復路の半分の時間で駆け抜けた。ようやく足を止めた時
さすがに少々呼吸が荒くなっていた。この任務が終了したら、2日くらいぐっすり眠ら
なければならないだろう。しかしこの時そのようなことは玲子の頭になかった。
 敵を発見したのである。
 玲子の手にメダリオンが出現した。両面に五芳星形−<旧支配者>の封印のサイン−
が浮き彫りとなっている。<旧支配者>そのものに対してはともかく、<従者>には充
分効果を期待できる。
 敵は玲子の気配に気付いたのか、ゆっくり振り向いた。その時を待っていたように月
を覆っていた雲が切れ、敵が月光のもとにさらけだされた。玲子は息を呑んだ。
 玲子の正面にたっているのは人間だった。より正確には人間達だった。
 明らかにヘリの乗員たちであるに違いない。3人か4人の肉体が悪魔の手で混ぜ合わ
されたかのように融合して、3メートルを越す醜悪な塊を形作っている。全体的には人
間の形をしているが、頭部にあたる部位には腐敗しかけた消化器官がターバンのように
とぐろを巻いており、右肩から伸びているのは折れ曲がった脊髄だった。恐怖とも怒り
ともとれる表情を浮かべたまま凝固した人間の顔が浮かんでいるのは、数本の腕や脚を
寄り合わせた右足の膝の上である。
 なによりもおぞましいのは、無造作に混ぜ合わせたに違いない人体器官の前衛芸術が
まぎれもなく生命を持っていることだった。身体の表面からぶらさがっている臓器はひ
くひくと蠢いていたし、でたらめにつながっている血管は脈動し、乳首のように胸から
生えている眼球は視神経を動かして強烈な視線を玲子に浴びせかけた。
 玲子はこみあげる嘔吐感を懸命にこらえた。これは人間の尊厳に対する悪意に満ちた
愚弄であり嘲笑であった。このような生に較べれば死は1万倍も慈悲深い。
 怪物はゆっくりと左腕を持ち上げた。白い骨が数本くっつき、折れた先端は鋭い刃物
の様になっている。二の腕には力こぶのように別の白人男性の顔があった。その唇が動
き、か細い声を発した。英語である。
 「殺せ…殺してくれ…頼む…ああ、神よ…お願いだあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 哀れみと恐怖と嫌悪感を生じさせる声だった。聞き取れたのは最初の数語だけである
。続きは人間の声帯が発音可能だとも思えないおぞましいうなり声に変わった。兵士の
顔に浮かんでいるのは、底知れぬ絶望と自分に対する嫌悪感、そしてそれらに永遠に耐
えなければならないのかという疑問、死ぬことも狂うことも許されぬ恐怖。
 玲子はこらえきれず片膝をついた。握りしめたメダリオンが手のひらに食い込む。兵
士のうなり声は次第に高まり、ほとんど叫び声に近い。その声に別の叫びが唱和した。
怪物の右膝の顔が呪いの叫びをあげたのである。さらに背中のどこかからも叫びが加わ
った。                                                             ジャカリチャーチ
 怪物が全身から発する魂の叫びは次第に高まり、玲子の精神を直撃した。邪狩教団の
戦士ではなく、一人の少女としての玲子の敏感な心は怪物の絶望と恐怖が感染したよう
に震え、泣き、打ちのめされた。プラーナも無力だった。プラーナをコントロールする
心そのものが無力化しているのだ。
 玲子が身体の支えを失い、地面に倒れこもうとした瞬間、第4の声が玲子の鼓膜を震
わせた。それはすっかり忘れていたイヤピースから明瞭な日本語で響いた。
 『玲子!立つんだ!』
 その声は圧倒的に玲子の心を活性化した。決して大きくも高くもないが、死人でも起
き出すほどの効果をもたらした。バネが弾ける勢いで玲子は立ち上がった。鼓動一つ分
の時間で玲子は精神のコントロールを完全に取り戻した。全身の細胞にプラーナが浸透
する。
 玲子はメダリオンを握り直した。プラーナを充満させる。
 怪物は玲子に向かって奇怪な足を一歩踏みだした。
 玲子は手首のスナップを効かせてメダリオンを投じた。同時に放たれた3枚のメダリ
オンは別々の短い軌跡を描いて怪物に突き刺さった。
 怪物は苦痛の叫びを発した。ただし、それは人間の可聴域をはるかに越えていた。遥
か超古代に<旧支配者>たちを封じ込めた五芳星形が、人間だった怪物を苦しめている
のだ。メダリオンが食い込んだ傷口の周囲からは肉が崩れはじめていた。肉体を結合さ
せていた邪悪な結界が部分的に中和されているためである。
 玲子はジャケットのポケットから小さなカプセルを取りだした。一見、風邪薬のカプ
セルに見えるが、高性能の焼夷炸薬である。効果は数秒間だが、数千度の高温を発する
ことができる。発火は玲子のプラーナにのみ反応する信管でなされる。邪狩教団で開発
された玲子だけのオーダーメイドである。
 指にカプセルを挟んで、一瞬狙いを定め、そして投げた。カプセルは正確にメダリオ
ンが切り開いた傷の1つに命中した。すかさず玲子は髪を一本抜くと、プラーナを充満
し針のように硬化させ、怪物めがけて跳躍した。怪物は腕を振り回したが、その動きは
鈍重だった。玲子は楽々とそれを避けて、傷口に食い込んだカプセルの信管に髪を突き
立てた。
 怪物の全身が光に包まれた。玲子はすでに距離をおいている。
 カプセルから発した高温の炎は一瞬で怪物の全身を包んだ。苦痛の叫びを発する間も
なく怪物の呪われた身体は崩れ落ちた。肉も骨も瞬時に蒸発し、ひと握りの灰が後に残
っただけである。炎が消える時、玲子は解放された兵士達の感謝の波動をかすかに感じ
た。行くべき場所にたどり着くことができた死せる魂の歓喜を感じた。
 風が灰を吹き飛ばした。地面が丸く焦げている以外は邪悪な存在の痕跡は見いだせな
かった。





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