#1679/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (NQC ) 89/ 7/11 1:16 (133)
《凍死》後編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天津飯
★内容
昼の食事を済ませ自分の部屋に戻った私は
窓の下の日時計の針が右から左へと ゆっくりと移動して時を刻む間
窓際で教授を安楽に殺す方法を考え続けた
窓の外でガサガサという音が聞こえた 窓から首を出して音のする方を見ると
右の方の部屋で誰かが窓から手を伸ばしてユーカリの葉を摘んでいるのが見えた
その腕が誰のものであるかは分からなかった
私は体を乗り出して もっと良く見ようとした そのとき 陳が入ってきた
「天津 よい考え浮かんだあるか? 私もう決めたあるよ 今夜やるある」
「そうか それはよかった」私は陳の迫力に押されて諾いた
それから二人で暫く話した後 筒井の部屋に様子を窺いに行くことにした
筒井は部屋の中で電気コンロに鍋をかけて何かをグツグツと煮ていた
「なにか うまい物作ってるあるか?」陳が尋ねた
「いや なんでもない・・・」
「うっ」蓋を取るとムッとするような青臭い臭いがした私は慌てて蓋を戻した
「それより 驚いたな ここの庭には世界中の珍しい植物が植えられている」
筒井が興奮した口調で言った
「おい天津 教授を殺す方法みつかったか?」筒井がきいた
「いや なにもまだ思いつかん」
「早くしろよ俺は今夜やるつもりだ」やけに自信たっぷりに筒井が言った
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その後 筒井と陳は買物に行くと言って二人で車に乗って出て行った
私は部屋に戻って殺しの方法を考え続けたが 冴えた方法は見つからなかった
ノックの音がして茉莉が部屋に入って来た
「どう 殺し屋さん 殺しはうまくいきそう?
その顔じゃ どうやら いい考えはなさそうね」私の顔を見て茉莉は言った
大人を小馬鹿にしたような口のききかたをする娘だと私は思った
しかし小馬鹿にされながら それが何故か心地良く感じられた
「書斎に行ってみない いいアイデアが見つかるかもしれないわ」
私は茉莉と一緒に書斎に行ってみることにした
書斎の中に入るとカビの臭いがプンと鼻を突いた
部屋の中は教授の幅広い研究活動を物語る あらゆる分野の書物で
窓を除く全部の壁が天井までビッシリと埋めつくされていた
茉莉がエアコンのスイッチを入れたがエアコンは動かなかった
「あっ ブレーカーを切ってあるんだわ」
そう言うと部屋を出て扉の上にあるブレーカーを上げた
この家には全部の部屋に冷暖房兼用のエアコンが備えられ
部屋ごとに廊下にブレーカーがついていた
茉莉は再び部屋に入ると扉を閉めてから
ガチャリと音をさせて鍵を掛けて私の方に向きなおった
「いい物見せてあげようか?」いたずらっぽい目をして茉莉が言った
書棚の中でも とりわけ高価そうな革の背表紙に金文字で題名の書かれた
分厚い洋書の列に手を掛けると手前に引いた
その棚は隠し棚だった私は目を丸くして隠し棚の中を覗きこんだ
棚の中は さながら薬品置き場だった
訳の分からない薬品やアンプルや注射器が置かれていた
「このアンプルは全部モルヒネよ 末期の癌患者に投与されるの
これだけモルヒネがあったら 本当は全然苦しまないでいられるのよ
でも お母さんは ここに隠して
モルヒネは もう無いと言って お父さんに打ってやらないの」
「まっ、まさか」
「本当よ 母は父が苦しんでいるのを見て喜んでいるの」ケロリとした顔で言った
「何故?」私は驚いてきいた
「父が 若い愛人を作ったからよ」
「へぇー! 先生に若い愛人がいたんですか?」
「いまでも居るわ 貴方の目の前に 娘ということになってるけど本当は愛人なの」
「こんなに沢山モルヒネが有るのを知っていて
末期の肺癌の苦痛に耐えるのって立派な拷問だと思わない?」
この娘の言ってることは本当だろうかと考えていた
確かに あの物静かな夫人は貞淑な人妻の仮面の下に暗い情熱を隠している
「何故 貴方が打ってやらないのです?」私が尋ねた
「私も憎んでるわ」彼女の目がキッとなって私をにらんだ
「私は大学生の時だまされて無理やり愛人にされたのよ」
そう言うと茉莉は隠し棚の奥から ひとつの丸い包みを取り出した
包みの中から小振りなレタスほどの褐色をした丸い玉が出て来た
「これ なんだか分かる?」
「さあ・・・」
「教えて欲しい?」私は諾いた
「秘密よ・・・」
そう言うと茉莉はソット私の耳元に口を近ずけた
茉莉の胸のふくらみが私の肩に柔らかく押し付けられた
少女のような細い体には不釣合いな豊かな胸のふくらみが感じられた
「あ・へ・ん」
それだけ言うと茉莉の唇は私の耳元を離れ 私の唇にそっと重ねられた
「うっ、むむっ、ちゅー、ちゅー、すび、ずば」
私はその甘美な柔らかい果物を夢中で吸った
手のひらが彼女のブラウスの下の膨らみを掴んだとき
茉莉は のけぞるようにして私の腕から逃れた
茉莉は小悪魔のように妖しい微笑をその口元に浮かべていた
「私の躰が欲しいのね」
欲しくさせたのは そっちのくせに・・・と言いたかったが黙っていた
「私の躰が欲しくて貴方も殺すんでしょ?」
「ちっ、ちがう・・・いっ、いや そのとおりだ」
「どっちなのよ?」
「先生は苦しんでいるんだ 楽にしてあげたい・・・」
「殺すことに変わりはないわ 貴方は人を殺せるの?」
「いいわ これを吸いなさい そうしたら私を抱かせてあげるわ」
そう言うと彼女は隠し戸棚の奥から一本の古びた煙管を取り出すと
それに阿片を詰めた 私は その煙管を受け取ると おそるおそる吸った
「をっ、うっ、むっ・・・」
今まで味わったことのない感覚に頭がクラクラしてきた
しびれるような陶酔感が訪れ視界がボンヤリと霞んだ
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気が付くと茉莉は居なかった 私は部屋に帰ってベッドの中に潜り込んだ
阿片のせいか頭がクラクラする 夕食を断わってベッドで横になっていた
私はその夜 深夜になって目が覚めた 外は満月だった トイレに行った帰り
書斎の前を通りかかったときフトあの阿片をもう一度吸ってみたい誘惑にかられて
フラフラと書斎に入って行った 隠し戸棚を開けて阿片と煙管を取り出した
モルヒネも試してみたい気もしたが
果してそこにあるアンプルが本当にモルヒネかどうか私には分からなかった
どうも茉莉には思春期特有の虚言癖があるような気がした
私は阿片を吸ってから部屋を出て暗いホールのソファーに倒れこんだ
暫く眠っていたようだ
「儡・縛・凅・・・きぇーっ・わちゃー」
誰かの上げる奇声で目が覚めた
暗いホールの中央で陳が廊下の突き当りに向かって何か叫んでいるのが
ぼんやりと月明りに浮かんでいた 両手を握り合わせて変な印を結んでいる
そして印の結びを変えるたびに 低い押し殺した声だが気合い鋭く
訳のわからん呪文を唱えていた やがて陳の姿はホールから消えた
しばらくして 今度は筒井が現れた
筒井は まっすぐに教授の部屋に入って行ったと思うと すぐ出てきた
手に注射器が握られていて その手がブルブルと震えているのを私は見た
筒井は急ぎ足で自分の部屋に帰っていった
暗いホールのソファーに倒れこんでいた私に二人とも気ずかなかったようだ
阿片で私の頭はフラフラしていたが ようやく立ち上がると
自分の部屋のベッドに戻ろうとした私は
書斎のブレーカーを入れたままであることに気ずいた
フロアの中央に立って廊下の突き当りを見た 突き当りに教授の肖像画が見えた
私は その肖像画に向かって左側の手前の部屋の扉を開けて
中に入り阿片の臭いを消すため窓を開けてから部屋を出て
外のブレーカーを落とした それから部屋に帰って寝てしまった
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次の朝 教授はベッドの上で凍死しているのを夫人に発見された
教授の死体は解剖され体内から微量のシアンが検出されたが
致死量には至らず直接の死因は凍死だった
さて 教授を殺したのは誰でしょう?
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ID:NQC72761 〜ΩΩ 天津飯 ΩΩ
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