AWC 《凍死》前編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天津飯


        
#1678/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (NQC     )  89/ 7/11   1:12  (128)
《凍死》前編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・天津飯
★内容
梅雨が終わると 次には いやでも夏が来る
子供達にとっては待望の夏休みが始まる
海やプールには子供達の歓声が響くようになり
庭の木で蝉が鳴きようになり 夜は夜でみみずが鳴くようになる
向日葵が咲き 真っ赤なカンナの花まで咲いたりすると
これでもかと暑い日がいやでも続く
そんなクソ暑い日には きまって あの忌まわしい出来事を思い出す
あれは 私の大学時代の恩師が自室のベッドの上で凍死体で発見された事件だった
もうあれから何年ぐらい経つだろう
あの日も今日と同じような うだるような暑い日だった
会社から帰ると私は真っ先に冷蔵庫を開けて  なにはなくても
缶ビールを取り出し 一息に飲み干した  これはこれで夏の楽しみだ
やっと 人心地ついたところに電話が鳴った
「もしもし天津さんでしょうか?」
受話器から聞こえてきたのは聞きなれない女の声だった
「私 荒俣の家内の日向子です・・・」
「ああ!・・・」
その名前を聞いたとたんに私の胸に なつかしいものが広がった
荒俣というのは私の大学時代の恩師で貧乏学生だった私はとことん お世話になった
日向子夫人にも ひとかたならない お世話に・・・
しかし 夫人のかけてきた電話は悪い知らせだった
「勝手なお願いなんですけど 天津さん すぐウチに来ていただけないでしょうか?」
「主人が病気なんです・・・」
「えっ だいぶお悪いんですか?」
「医者はひと月持たないだろうと言ってます」
「そっ、そんなにお悪いのですか・・・分かりました すぐ お伺いします」
教授は大学を数年前に既に退官して田舎に引っ込み 悠々自適の生活をしていたが
いつしか不治の病に侵されていたらしい
余命いくばくもないと悟った教授は かっての教え子達に
もう一度会いたいと思い夫人に連絡をとるよう言ったというのだった
「旅費は後で お払いしますので・・・お願いします」
「そうですか旅費さえ出していただいたら冥王星だって飛んで行きますよ 奥さん」
それだけ言うと電話を切って急いで旅支度を始めた
会社の方には親父が危篤だということにして 暫く休暇をもらうことにした
私の勤める会社は外資系の商社で休暇には割合寛容なので助かった
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「天津さんですね?」
空港のロビーで私は 若い女性に声をかけられた
「娘の荒俣茉莉です お迎えにきました」
私は教授の家に着くまで ずっと彼女の顔を見つめていたような気がする
荒俣教授に子供がいるというのは初めて聞いた
年は まだ十代だろうか 細い華奢な体をしており
顔には まったく化粧気が無い 髪は後ろで無造作にポニーテールに束ねている
「さあ 行きましょう 筒井さんに 陳さんも もう到着されてるわ」
「陳さんって中国から留学していた陳一色のことかい?」私は驚いて尋ねた
「そうよ  今はアメリカに住んでいるの無理を言って わさわざ来ていただいたの」
「教授の お加減はどうなんですか? だいぶ悪いように奥様にお伺いしましたが」
茉莉の運転する車の中で私は尋ねた
「肺癌の末期だわ でも もうすぐ楽になるわ 貴方達が来たから・・・」
そういうと茉莉は楽しそうに笑ってアクセルをグンと踏み込んだ
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教授の家は広大な庭園を持つ2階建ての瀟洒な洋館だった
1階の南側には窓を高く取ったアトリエがあった 日向子夫人は有名な女流画家だった


   日時計               庭園

                                                   ユーカリの木
 ア」」」」」ム」」」」」ム」」」」」」ム」」」」」ム」」」」」オ
 ・         、         、            、        
 ・私の部屋 、筒井の部屋、      、教授の部屋、空き部屋 ・
 ・         、         、   ホール   、         
 ツ「「「「「ヨ「「「「「コ        カ「「「「「ヨ「「「「「ハ
 ツ「「「「「ホ「「「「「イ      ョ「「「「「ホ「「「「「ハ
 ・         、         、↓階段      、         
 ・陳の部屋 、 書斎  セイ     、夫人の部屋、茉莉の部屋・
 ・         、         、、          、         
 ケ」」」」」ル」」」」」ルル」」」」」ル」」」」」ル」」」」」ス

2階の間取りは このようになっていた  おもいきりシンプルだ
中央に東西に走る廊下があり廊下の一方の端は窓になっており
その窓からは朝日が差し込んだ
反対側の廊下の端には夫人が油絵で描いた等身大の教授の肖像画が掛かっていた

私は2階の隅の部屋に案内された 既に大学同期の筒井と陳は到着していた
私と筒井と陳は教授に随分可愛がられ いつも教授の家に入り浸っていた3人組だった
教授が いまはの際に 呼び寄せたのは この3人だった
思えば私達3人がいつも教授の家でワイワイ言ってた頃が
教授の一番幸せな時期だったのかもしれない
教授の幅広い活躍を物語るように私達3人の職業も変わっていた
私だけが外資系の商社マンという平凡なサラリーマンで
陳はNASAの研究員で専門はロケット燃料筒井は大学の助教授で専門は博物学だった
私が到着して3人が揃ったところで私達は教授の部屋に通された
死期が近いことを悟った教授は医者が止めるのも聞かず病院から家に帰っていた
病院で無理やり生かされるより自分の家で家族に看取られて
人間らしく死にたい 教授はそう考えていた
教授のベッドの横には私の背丈ほどもある巨大な酸素ボンベが置かれていた
細いチューブが教授の鼻の穴に通され
腕には点滴の針がとめられていた
ベッドの横には尿を貯めるビニールの袋が
下げられていて教授が既に歩行が困難であることを示していた
「おお 君達よく来てくれた・・・」
数年ぶりに見る教授は頬が痩け 見る影もなくやつれていた
「ワシは この1ヶ月以内に必ず死ぬ」
確かに死ぬだろうと私は思った 教授の顔には既に死相が表れていた
「そこで頼みがある・・・」
「ワシを殺してくれ・・・」絞り出すように教授が言った
「えっ!」筒井がききかえした
「もう ワシは この苦しみに耐えられん 一刻も早く楽になりたい
 おまえ達3人のうち誰でもいいから俺を楽に死なせてくれ
 しかし もちろん犯罪にならないようにだ なんとか
 うまくワシを楽に殺してくれた奴に私の財産の3分の1と娘の茉莉をやろうどうだ
 事情は家内と茉莉に もう話してある二人とも反対はしない」
「わかりました」3人は同時に返事した
財産3分の1だけでも充分おいしい話なのに そのうえ美人の茉莉がつくとなっては
3人とも自分の親だって殺しかねない勢いだった
3人はそれぞれ 早速教授殺しの方法を考え始めた
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私は次の日 自分の部屋で ぼんやりと窓の外を見て過ごした
ちょうど壁の振子時計が12時を打った
窓の下に日時計が見えた 建物の影が前方の庭に向かって影を落としていたが
日時計は建物の影より遠くにあったので
日時計も時を刻んでいた 日時計の針もちょうど12時を指していた
「お昼にしません?」いつのまにか夫人が後ろに立っていた
夫人は活発な茉莉と違って風のように静かな人だった
「いい考え浮かびました?」
夫人は私に近ずくと私の首に両手を回して 私の目を覗き込むようにして言った
昔 私と夫人は秘かに愛し合っていた
「主人を殺す良い方法です・・・見つかりましたか?」
もう一度夫人が尋ねた その目は私を責めているように思えた
「そうね貴方に人殺しなんか出来るはずないわ」そう言って 含み笑いをした
私達が愛し合ってた頃 夫人に教授を殺してくれと本気で頼まれたのを思いだした
夫人の白い端正な顔は まったく無表情だった
「おっ、奥さん・・・私達が先生を殺しても平気なんですか?」
「だって主人は あんなに苦しんでいますわ」夫人は不思議そうな顔をして言った
「早く楽にしてあげてください」そう言うと夫人は部屋を出て行った
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後編につづく




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