#1151/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 88/ 9/19 21: 4 (103)
『Z−NETは秋の空』(9)旅烏
★内容
ツンとした玉井和子の顔を横目に見ながら、階段を降り掛けた冬野所長はドアから顔を
覗かせて目尻を下げ、ニヤついた笑顔をすると...
「そうそう、タマちゃんなら確実に金になるバイトを教えてやるよ...岡崎駅の裏に
立っててさ、スケベそうな男が来たら遊んでいかない?と声を掛けるんだ...
安くするから..と言えばもっと効果的だなぁ..」
「所長っ!言って良い事と悪い事が有りますよ!」
メラミンの灰皿が宙を飛んでドアにぶつかると、乾いた音をたてて木の床にころがった
冬野所長はとっくに階段を降りている...
明るいガラス製のドアを開けて、喫茶「杉」の店内に入った冬野所長はキョロキョロ
と回りを見回した...
店内に杉浦巡査の姿が無いのを確かめると、隅の方のボックスを選んで座り、モーニン
グセットのトーストをパクつく。
トーストの二枚目を殆ど食べ終った頃、ガラスのドアが開いて紺の制服姿で杉浦巡査が
現われた。
「先輩、やっぱりここでしたか...いま事務所の方に行ったらタマちゃんがやけに
プリプリしてて、先輩の居所を教えてくれないんですよ...
喧嘩でもしたんですか?」
「あの日じゃないのか...」
コーヒーをすすりながら冬野所長は軽く言った。
「ところで、例の事件ですが...飯野代議士が先日から行方不明なんです、事件の
あった日から」
「重要参考人と言う奴だな、それとももう容疑者に出世したのかな?」
杉浦巡査は帽子を脱ぐと、頭を掻きながら「い、いやまだそこまでは行ってません..
目下県警の全力を挙げて行方を調査中です」
「それで?そのほかに何か分かった事は?」
「ええ、飯野代議士もそうですが、例のプリンタリボンに有った落ち目の歌手も、ここ
に来ていることが分かりました」
「北野芳英が、ここに?」
「そんな名前でしたねぇ...」
そのほかにも色々聞いたのだか、警察でも殺害方法や籐(トウ)のトランクの謎は解け
て居なかった。
しかし県警が容疑者を、この二人に絞っている事は杉浦巡査の言葉の端々からも
推測できる...
ホテルの宿泊カードを調べたところ、存在の確認がとれなかった客が二人居て、そのう
ちの一人は北野芳英らしい事をホテルのフロント係が証言していた。
そして、暗にもう一人は飯野代議士らしい事も...
「死因は判明したんだろ?やっぱり絞殺か?」
杉浦巡査が、ぐっと前に身を乗り出すと声をひそめてささやいた。
「それが、絞殺じゃないらしいんです...鑑識が窒息は窒息だと言ってましたが、
首の回りに皮下出血も全然無くて、何かで鼻と口を押さえられでもしたのか?
と捜査本部も殺害方法を断定出来ずにいます」
「雪子夫人が県警に今朝行っただろ?」
「ええ、今朝早く来てテーブルの上のコップの事を話して行きましたよ....
解剖の結果、胃の中から睡眠薬が検出出来ましたから分かってはいたんですが」
「睡眠薬の量はどうだった?死因になるほど多いという様な事は?」
「全くありません、通常の使用量だと言う事です」
「風呂に浸かっていたトランクの謎は?」
質問がそこに及ぶと、杉浦巡査は腕組みをして難しい顔を作った。
「それは、さっぱりわからんらしいです...密室になっている上に犯人の進入経路も
不可解だし、死亡推定時刻が明け方の4時頃とあっては目撃者も居るわけないし、
一体、なんだってトランクなんか風呂に漬けたのか捜査本部も首を捻ってます」
「物事にはすべて理由というものが有るのさ...たとえ目に見えてなくてもな」
さめたコーヒーの残りを音を立ててすすると、冬野所長は立ち上がった。
「しかし捜査の内容がそれじゃあ、北野芳英や飯田代議士を見つけても逮捕できんわ
なあ...」
と、テーブルからレシートを掴む。
「先輩、どこに行かれるんで?」
椅子をガタつかせて杉浦巡査も立ち上がった。
「現場百回という言葉を警察学校で習わなかったか?」
その時、仕切りの向こうにいた若い娘らしい人影が立ち上がってこちらに話しかけた。
「ZEEKさん、これから殺人現場に行くんでしょ?私も付いて行くわ」
オカッパ頭に眼鏡とくれば、杉浦巡査の妹の美紀以外、何者でもない...
「わ!お前、盗み聞きしてたのか!」
「失礼ねーー、こっちでコーヒー飲んでたのよ、よその喫茶店に行かないだけマジメ
でしょ?自分の店なら無料だし・・・」