#1150/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 88/ 9/19 20:58 ( 97)
『Z−NETは秋の空』(8)旅烏
★内容
「ええ、主人がすっかり酔っぱらってしまったものですから、肩を貸してホテルに戻り
エレベーターに乗り込む時に私たちの後から入ってきた男が、どうもその男のような
気がするのです」
「どんな男だった?」
思わず冬野所長は身を乗り出した...
「それがね...」
「うん、うん」
「よく覚えていないの」
「....」
がっかりした顔を露骨に見せた冬野所長に、浅野雪子はすまなそうに謝った。
「ごめんなさい..あの人が酔っぱらってしまって、部屋に連れて帰るので精いっぱい
だったのよ」
「まぁ、しかたないさ...でも少しくらい覚えていない?」
「小太りの眼鏡を掛けた男のような気がしたんだけど、確かじゃないわ...その時は
何故だかイヤだなぁと思っただけだったし」
冬野所長は不精髭を撫でながら、「明日になったらフロントで聞いてみよう..何か
覚えているかも知れないからな」とつぶやいた。
「主人は、いつもお酒を飲むとすぐ寝てしまうのよ...ちょっとやそっとじゃ起きな
いんだけど、あの夜は寝つきが悪くて睡眠薬なんて飲むから首を絞められても寝てる
ような事になって..」
うつろな表情の浅野雪子は、愛する夫を失った悲哀の妻そのものであった。
「じゃあ、あのテーブルの上のコップはご主人が睡眠薬を飲んだ物かな?」
「そうよ?それがどうかした?」
「どうかした?じゃないぜ、警察じゃあれは毒でも飲まされたのか?って捜査してる」
雪子は本当に驚いたようだ...
「そんな事になっているの?私、明日警察に行って話してきます」
浅野雪子が帰って行った後は、ろくに熟睡出来なかったのでソファでうつらうつらして
いると、いつの間にかホワイトのブラインドを通して朝日が事務所の床に縞模様を作っ
ていた。
もっとも、ブラインドが白かったのはもう数年前の事で、いまでは黄色味がかった灰色
に変色している。
玉井和子が、いつも新しいのに交換を要求するのだが予算不足を理由に、無視し続けて
今に至っているのだ。
「お早ようございます!」
元気のよい声がして、ガタつくドアから玉井和子が現われた...
白のミニスカートにシックなグレーのニットセーターと、清楚ないでたちは不精髭が伸
び放題で、頭はクシャクシャ、背広はヨレヨレの冬野所長とは好一対というか、不釣合
いというか、まことに好対照である..
「わぁ!所長!なんですか?そのひどい格好は!!早く顔を洗って下さい!」
玉井和子は大げさに眉をひそめて、しかめつらをこしらえた。
冬野所長は、大あくびをしながら...「あんまり口うるさく言うと嫁の貰い手が無く
なるぞ」
「寝ぼけてても言うことだけは憎らしいんだから..はいタオルですよ」
ポンとタオルを投げてよこして...「ついでに熱いコーヒーを頭からぶっかけて
上げましょうか?」
「ひでぇ言われようだな...タマちゃんがキスしてくれたら一発で目が覚めるんだけ
どなぁ...ふぁぁぁ」
「バカな事言ってないで仕事して下さい、給料日は明日なんですからね」
洗面所からタオルを首に掛けて出てきた冬野所長が、いともあっさりと言った。
「タマちゃん、今月は諦めてサラリーを仲良くハンブンこにしようじゃないか?僕は
それでも平気だからさ」
「ダメですっ!今月は私の従姉妹が一週間遊びに来るので、お金が要るんです!」
「ふーーん、タマちゃんの従姉妹は美人か?」
「そうですねぇ..一般的には美人のはしくれじゃないですか?
いま会社でパソコンの講習中でマルチプランを勉強してるんだとか言ってました」
傍らのZ−NET用9801をちらっと見て、玉井和子は言った。
どうやら、ここで練習させる気のようだ...
ヨレヨレの背広をひっかけると、ドアのほうに歩きながら「じゃあ杉でモーニング
セット食べて来るからサラリーの件は後で、ゆっくり相談しようじゃないか?」
「私の方は相談なんかないです」