#1149/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 88/ 9/19 20:52 (100)
『Z−NETは秋の空』(7)旅烏
★内容
「いったい、あのサービスは何かね?まさかあんなゴリラに一目惚れって事はある
まい?」
浦野警部と杉浦巡査が、証拠品のインクリボンを持って帰って行った後で、冬野所長は
不機嫌である。
洗い場のほうから、コーヒーカップを洗っているらしい玉井和子の声がした...
「なぁに言ってんですか、サービスしなきゃ逮捕されますよ..インスタントコーヒー
一杯で許して貰えば安いもんでしょ?」
「ふーん、タマちゃんは僕が逮捕されるのがそんなに困るのか?」
冬野所長の声が少し明るくなった...次の言葉を聞くまでは...
「だって、今月のお給料日はあさってですよ?今月も赤字ギリギリなんですから、
もっと働いてもらわなくちゃ...留置場なんて行ってる暇は無いんです」
冬野所長は、タメ息とともになんとなく家庭のしっかり女房と甲斐性なし亭主を連想
して情けなくなった。
「女房なら少しくらい文句言われたって最低限、身の回りの世話はしてくれるけど、
タマちゃんは文句言って給料持って帰るだけで、なんもしてくれんし、させても
くれんしなぁ...」
洗い場から手を拭きながら出てきた玉井和子に少し聞こえたようである..
「えっ?何をするとか、させるとかブツブツ言ってるんですか?」
「おほん、いや、あの...何でも無いんだ..」
「また何か、イヤラシイ事を考えていたんですね..これだから中年ってイヤよ」
頭の後ろで髪を束ねた玉井和子は、ショルダーバッグを掴むと
「お先に失礼します・・・サヨナラっ!」と身を翻してドアから消えた...
一人残った冬野所長は今度の事件の整理を頭の中ではじめた...
なにしろ完全密室になっているし、バスタブに浸かっていた籐(トウ)のトランクの
謎と、中身の衣類だけが消えた謎、それにエアコンが切って有ったのも不思議だし、
死因の窒息というのも良く分からない?
被害者は、あちこちに恨みを買っていたようだから、動機のある人物はいくらでも
いると思われた。
「密室殺人なんて、有るわけ無いんだ...それにテーブルの上のコップは何か飲んだ
のかなぁ...」
被害者は酒を大量に飲んでいたようではあるが??
時刻は夜の9時を回り、冬野所長のくゆらすタバコの煙だけが、青白く立ちのぼって
いた。
「明日になれば杉浦から何か情報が有るだろう..材料が揃うまでは料理は無理だから
な...さて、もう寝るとするか..」
大あくびをして、ヨレた背広姿のままハゲたソファに横になり、いつしか深い眠りに
つく冬野所長であった。
「...すみません...起きて下さい...」
「うーん?...タマちゃん?..もうそんな時間か?」
耳元で声がして肩を揺すられた冬野所長は、鼻をつくいい香りに寝ぼけ眼をこすり
ながらタマちゃんとおぼしき人影の、肩にすがって立ち上がりかけた...
その時タマちゃんとばかり思っていた相手が、はっと身を硬くして後ろに下がろうと
したので、冬野所長と相手は抱き合ったまま床に倒れ込んだ...
「ワーーッ!危ない..」
ドタッ!
「あっ!貴女は!」
すっかり目が覚めた冬野所長は、相手が浅野雪子である事にやっと気づいた...
「ごめんなさい、こんなに夜遅く..あの..」
冬野所長と抱き合ったまま、床に倒れながら浅野雪子は頬を染めた。
「あ、こ、これは失礼!」
冬野所長は、大慌てで立ち上がると背広の汚れをパタパタとはたいた。
しわくちゃになった背広では、はたいたところで大して変化は無いのだが...
頭はボサボサで不精髭が伸び、どうにも見られた姿ではない。
「突然来て、ごめんなさい...少し気がついた事が有ったものだから...」
疲れとショックから、すっかりやつれた感じの浅野雪子だった。
「ま、汚いけどお掛けなさい、話はゆっくり聞きますから」
時間は深夜2時を回っている...冬野所長はお茶を入れると、浅野雪子に勧めた。
「私、あの夜気がついた事が有るんです...あの日主人とお酒を飲みに街に出た時、
誰かがずっと後をつけていたような気がするんです」
「どうして、そんな気がするのか聞かせてくれないかな」
「最初のお店から出て次のお店に行くとき、電柱の影から黒い影が見えかくれしながら
ついてきたような気がするんです...
その時はそんなに気にしなかったんですけど」
「なにか気にかかる事でも?」