AWC MARUS 《3》     ■ 榊 ■


        
#473/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HHF     )  87/11/ 9  16:35  (107)
MARUS 《3》     ■ 榊 ■
★内容
俺は愛美の家のすぐ近くまで来た。
その角をまがれば家が見えるはずだ。
俺は走り抜けるように角を曲がり、足を止めた。
愛美がいたのだ。彼女は生きていたのだ。
「愛美「「「!」

あまりの嬉しさに我を忘れ、叫んでしまったが、すぐに彼女の様子がおかしいことに気付いた。
家の前で彼女は足をおさえ、変な形で倒れていたのだ。
俺は彼女に向かって走って行った。
彼女は俺の声に気付き、俺を見た。
「ショウ君! こないで!」
彼女の悲痛なほどの叫び声の意味は解らなかったが、とにかく俺は足を止めた。
途端に意識がはっきりしていき、愛美以外の物が見えてくる。
その視界の上方に何か異質の物があった。
ぱっと視線を上げる。
愛美の後ろ、10mぐらいの所に、男が立っていた。
男は愛美に銃を向けていた。
俺は奴が敵だということをすぐに判断し、銃をかまえた。
が、撃つことが出来なかった。
照準に合わした目が大きく開かれる。
引金にかけた指には力が入らなかった。
何故なら、彼は人間ではなかった。
体形も、姿も、形も一緒であった。
だが、彼は人間ではない。
彼の目は、赤かった。

目が違うだけなのに、俺には男が人間のようには見えなかった。
足が振るえた。
「将君、逃げて! 早く!」
その時、男の銃は握っていた銃の引金を引いた。
轟音と共に銃身から火花が散り、愛美の体を貫く。
「愛美「「「「!」
声だけが出た。
体は動かなかったが、声だけは出た。
撃てばいいだけの動作がどうしてもできず、ただうろたえる。
もどかしいほど体が動かない。
男の痩せた、端正な顔が見えた。
わずかにはやした不精髭が、野生的な顔立ちを一層強くしていた。
にやりと笑っていたのだと思う。
俺の事を笑うように。
だが、俺はそこまで識別できるだけの冷静さを持ち合わせてはいなかった。
「愛美ぃ「「「「「!」
叫んだその声に反応するように、愛美の延ばしていた手がぴくりと動いた。
開いていた手をぎゅっと握りしめ、片手を支えにして体を上げようとする。
振るえる手で体を支える。
そして、やっと上半身だけ上げると、必死でつくった笑顔を俺に向けてくれた。
口からは血が流れ、汗を吹いた顔には、髪の毛が乱れ、くっついていた。
「ショ……ウ……君……」
「愛美!」
彼女の笑顔でやっと体が動くようになり、俺は彼女に向かって手を延ばし、そのまま走り出す。
彼女も片手を延ばした。
ほんの数10mの距離。
しかし、それは永遠の距離のようにも思えた。
もどかしい。
一歩一歩が恐ろしくもどかしい。
「まなみぃー!」
あとちょっとの所で、俺が手を延ばす。彼女が手を延ばす。
手が握られるその瞬間。
ふたたびの轟音が駆け抜ける。
一瞬、びくっと振るえ、そのまま俺の手を握れずに落ちて行った愛美の手を憶えている。後一歩の所で、落ちて行く愛美の手を憶えている。
そして、轟音が響きわたる。
連発で響きわたる。
撃たれる度に彼女の体は何度もびくっと振るえる。
彼女の服と血と肉が飛び散り、俺の顔や服に付いた。
溢れ出ていた涙と、愛美の血が顔をしたたる。
銃声が止むと同時に、必死に上げていた上半身もスローで倒れていった。
軽い音と共に地に伏し、愛美の体は二度と動かなくなった。
倒れて行ったときの彼女の顔は笑っていた。
そして、最後に何か口を動かし、
満足そうな顔で、目を閉じた。
俺には彼女が最後に何を言った、解る。
それが、彼女の最後の、精一杯の優しさだった。

“・生・き・て・”

「うわ「「「「「「「「「「!」
俺は撃った。
男に向かって撃った。
男の弾が先に2発ほどあたったが、そんな事は気にしやしない。
俺は撃った。
カチッ、カチッ、と空撃ちしていても、俺は引金を引いた。
男は、血を吹き出しながら、ゆっくり倒れる。
大きな音を立て、男は地に伏した。
俺はそれを見ると、銃を投げ捨て、愛美に駆け寄った。
彼女の体は原型をとどめていなかった。
しかし、顔は元のままの優しさを秘め、何の苦痛も感じさせない笑顔がそこにはあった。彼女の心配をかけまいとする優しさ。
そして、俺に対する愛。
俺は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、愛美の体を必死に抱き寄せた。
離れたくない、離れたくない。
彼女が壊れるほど強く抱きしめる。
しかし、彼女の体は何の反応も示さない。
さっきとは違う、いったい何が起きたのか解る悲しみに涙が溢れた。
鳴咽が漏れた。
叫び声があがった。
体が振るえた。
そして、俺の心の中にあった愛せる人物が全ていなくなり、何かの穴がぽっかり開いてしまった。
その穴の中に悲しみと、そして何かに対する憎悪が溜っていった。
愛美の体を持ち上げ、天をにらみつける。
そして俺は、闇夜の空に、大きく、叫ぶ。

                                        《つづく》





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