AWC MARUS 《2》     ■ 榊 ■


        
#472/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HHF     )  87/11/ 9  16:31  (146)
MARUS 《2》     ■ 榊 ■
★内容
一直線に、遥か向こうまで続く商店街。
その横の舗装されたブロックの歩道。
そこに人はいなかった。
そこに車は通っていなかった。
驚くほどの静寂のみが、そこにたたずむ。
まだ開けかけのシャッター。
足下に転がって来た、見覚えのある小さなボール。
そして、道に広がっている、破れた洋服の数々。
スカート、学生服、背広。
点々と限りなく遠くまで続く服・服・服・服。
時折、ランドセルや、黒い学生鞄も見えた。
どこまでも遠く、その光景が続く。
「ちょっ、ちょっと……何なんだ………」
よく解らなかった。
一体どうしたのかよく解らなかったが、俺はなんとなく、少しだけ理解した。
しかし、その考えを否定したかった。

<全ての人がいなくなったなんて>

孤独感か、恐怖心のせいか、俺は走り始めた。
いてもたっても、いられなかっのだ。
誰一人いない商店街を。
静まり返った、一直線にどこまでも続く歩道を走り出す。

<誰か、誰か………>

親とよく来た焼肉屋。
子供の頃、店の前でよくだだをこねたおもちゃ屋。
さっき挨拶をしたばかりの魚屋。
そこには、誰もいない。
美樹、おじさん、がきども………
可愛かった、喫茶店のウェィトレスさえいやしない。

<どこに、どこに行ったんだ!>

歩道に広がる服の数々を踏みにじり、少しでも早く走る。
母さんがいつも行く八百屋を見つけると、俺は角を右に曲がった。
このまま、まっすぐ行けば俺の家がある。
俺は走った。
家が見え始めると、俺はいっそう加速した。
まるで、追っかけて来る恐怖から逃げるように。

2階建てのコンクリートの家が立ち並ぶ中、自分の家が、他と何も変わらない自分の家が見えてきた。
俺の家は何ら変わりはなかった。
少し崩れているが、気にするほどでもない。
ドアの前で、俺は立ち止まった。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
息が荒い。だが、その時の俺は、そんなことなど気にはしなかった。
殆ど、止まっているような速度まで歩を遅くすると、玄関の鉄格子を開け、家のドアに歩いて行った。
ドアの前で立ち止まり、立札を確かめる。
確かに自分の家であることを確認した俺はノブに手をかけた。
心臓の音が頭に響くように良く聞こえるが、走ったせいか、ドアを開ける恐怖のせいか、俺には解らなかった。
振るえる手でドアを開ける。
中に入るが全体的に暗く、よく見えない。
その暗さに少し目を痛めるが、すぐに慣れていき、次第に中の様子が見えてきた。
何も変わっていない、中の様子に、僅かな安堵感を憶える。
僅かにためらい、俺は靴のまま上がった。
右手の方から連続する何かの音が聞こえた。
「水の音だ………」
俺は音のする台所の方に足を向けた。
俺は台所を覗いた。
机の上にはまだ、朝食の用意が置いてあった。
カップからは湯気が出ている。
俺の食べたパンの残り糟まで残っている。
たったいままで人がいたようである。
しかし、そこには、いるはずの父さんも、母さんもいなかった。
椅子の上に新聞と父さんの浴衣が、
そして、床の上に母さんの服が転がっているだけだった。
まるで、影だけを残したように服が落ちていた。
「父さん、母さん………」
俺はその服を取ろうとし、よろける足で歩を進めようとした。
しかし、その足に何かに当り、足が止まる。
足下を見る。
そこには、妹の、美砂の赤いランドセルが転がっていた。
その下には、赤いスカートとブレザーが。
俺はそれを取るために腰を折った。
しゃがみこんだ時、心の中の何かの糸が切れたような感覚がした。
それと当時に、一筋の涙が頬を伝う。
何も解らない、誰もいない、どうしたらいいのか解らない。
止めようのない、溢れ出る涙がぽとりと赤いランドセルに落ちる。
体全体に広がる孤独感に、悲しさに、叫び声ともつかない声が漏れた。
「はぅ………はっ………ぁぅ」
まるで、自分をいとおしむ様に自分で自分を抱く。
崩れ落ちるように膝が折れる。
涙が溢れ、体が振るえる。
どうしょうもない不安、押さえることのできない意識。
知らず知らず、俺はランドセルを拳で叩いていた。
「何なんだよ〜〜〜 ………一体………解らねえよー……………………美砂ぁー」
どうしようもない悲しさに、俺はしばらく、ただ身を任せた。
一体世界で何が起こっていたのか、俺には解らなかった。
けれども、その時の俺はただ悲しかった。


第二章 敵

PM 5:00
陽が傾き始める。
俺はさんざん泣いたあと、これからの事を考えた。
解っている事は、人間がいなくなった。それと、あのおかしな<崩れ>である。
色々な場合を想定してみたが、どれも合わない。
核戦争ならば、もっと被害が大きい。
中性子にしたって、俺だけ生き残っているなんて事はない。
どこか違う世界にでも来てしまったのかと思ったが、何もかも元のままであるため納得できない。
ともかく、一つだけ確信していた。
俺が生き残っているのだから他にも誰かいるはずだ。
明日から人探しをしよう。
そして、東京が、いや世界がどうなっているか知りたい。
歩こう。どこまででも歩いてやろう。
俺は何はともあれ荷物の点検を始めた。
ノストラダムスと言う、えらーい予言者のおかげで、俺の家、と言うよりは世界中のほとんどの家に、保存の食料が置いてある。
俺の家は4人の1年分だから、俺一人なら4年分ある。
水もたくさん残してある。
一応すべての用意を、一つの部屋に集めた。
その中に、一つの銃があった。
軍事機器関係の仕事に携わっていた父さんの造った作品である。
父さんは、それを“ブレス”と呼んでいた。
長めで細身の銃身は、短い槍のような雰囲気を与える。
どれほどの威力があるかは解らないが、真っ黒な金属が妙に恐怖感をさそった。
西日のあたる部屋の壁にもたれ、俺はその銃に弾をいれ始めた。
人など殺したくないが、念のためだ。
赤い光の差し込む少し暗い部屋にいる俺の頭の中に、色々な人々の顔が思い浮かぶ。
「「「父さん、母さん、美砂、それに………
そこで俺ははっと気付いた。
「「「愛美は………
俺は簡単な用意をすまして、家を出た。
愛美の家はそう遠くない。走れば5分くらいの所だ。
俺はサングラスをかけた。
と言っても、普通のサングラスではない。
父さんの会社、シスタル社製の試験作品の一つ、“エルフィス”
全方向モニターで、前を見ながら後ろも見れる。
部分ズームに、赤外線モニター、ノクトビジョンなどが付いている。
それでいて、重量15g。
日本の最先端技術が作ったものだが、まだ生産段階に至っていないため、持っている人は5人といない。
今では父さんの形見となってしまった。
その時俺は、防弾のジャケットを偶然着ていた。
黒の、何も柄のついていないジャケットだった。
そして、銃を握ったまま飛び出している。
不安のためか、知らず知らずのうちに完全に防備をしていたが、それが間違いでなかった事に気付いたのは、後の事であった。





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