AWC 対決の場 43   永山


        
#462/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/11/27  19:36  (200)
対決の場 43   永山
★内容
「それにね、面城君が島を出ていたのに、私が演技をして、彼がいるかのよう
に振る舞ったとしても、何の罪になるのかしら。万が一、そういうことがあっ
て、しかも面城君が殺人を重ねていたとしても、私は知らなかった。彼に頼ま
れたから応じたまでで、彼の犯行は一切、関知していないと主張すれば、崩せ
ないでしょう」
「頼みに応じた理由に、納得の行くような説明がいる」
「『ストイックなイメージを売りにしている人気画家が、密かに恋人と逢うた
めに、島をこっそり抜け出していた』というので、どう? これなら、私が協
力するのも当然ね」
「……恋人の存在を確認する必要が……」
「そこまでは知らない。同じことを言わせないで。島を出た間、面城君が本当
は何をしていたのか、私には分からない。恋人と逢いたいと言うから、希望を
叶えてあげただけ。疑いもしなかった」
 予め用意していたかのごとく、麻宮の台詞には淀みがない。
 口を閉ざして静かになった遠山に、橋本が話し掛ける。
「遠山……さん。捜査をしてから、改めて来た方がよさそうだが」
「あ、いや。分かっている。もとより、今日一日で決着するとは考えていない
よ。だが、もう少し聞きたいことがある」
 橋本へ答えておいてから、再び麻宮に問うた。
「麻宮さん。君は面城に全てを押し付ける気のようだが、じゃあ、面城を殺し
たのは誰なんだ? 辻褄が合わない」
「同一人物の犯行とは限らないんじゃない? 仮に面城君が島の内外で殺人を
重ねていたとしても、彼が被害者にならないとは誰にも断定できない。いずれ
にしても、真相を突き止めるのは警察の仕事でしょう。ねえ、刑事さん?」
「え、ええ」
 急に同意を求められた橋本は、どもりながらも肯定した。直接、ヂエの事件
に携わっていなくても、こう答えざるを得まい。
「僕が聞いてみたいのは、そういうことじゃないっ」
 流れを断ち切ろうと、遠山は声を大きくした。
「どんな筋書き、どんな結末を用意しているのか、だ。面城が幾人も殺したあ
とに自殺した? あの死に様で、自殺はあり得ないよな。それに、面城の死後、
僕を襲って監禁した人物が、どこかにいるのは決定事項だ。だから、君の計画
ではもう一人、犯人役がいるに違いないと睨んでいる」
「決め付けられては迷惑だし、証拠がないんだから反論する義務もないと思う
けれど……敢えてすると、面城君とあなたの共犯なら、全部、説明が付くんじ
ゃなくて?」
「馬鹿な!」
 唐突な指摘に、遠山はそれが事実でないにも拘わらず、動揺してしまった。
「ふざけるにも程があるぞ。僕と面城に接点はない。思い付きで喋るのはよし
てくれ!」
「詳しく知らないから、検討のしようがないもの。それよりも、怒らないでほ
しいわ。具体的な証拠もなしに疑ったのは、そちらが先なんだから、これでお
あいこよね」
「……分かったよ。今日はこれで帰るが、次に会うときは、立派な証拠を持っ
て来る」
 できれば有利な形で、第一ラウンドを終えたかった。だが、これではまるで
逆だ。腰を上げた遠山は、苦い思いを隠そうともしなかった。
「いいわ。いつでも待っているから。ただし、次の機会には、事前に連絡をち
ょうだい。毎回、身体が空いているとは限らないのよ」
 麻宮の余裕溢れる物腰を見せつけられた。唯一、再び会う気があるらしいこ
とだけが、救いだった。
「橋本刑事。恥を掻かせて済まなかった」
 どうしようか迷っている風の橋本に謝ってから、きびすを返し、戸口に向か
った。麻宮の方を振り返らぬように。

           *           *

 ぐるりと見渡すと、田畑の占める面積が五割強に達していた。かといって、
高層の建物がない訳ではなく、都会と田舎との中間といった風情が漂う。
 タクシーを見送った近野は、迎えがまだ到着していないものと見て取ると、
内ポケットから封筒を取り出した。
 掌上の便箋は癖が付き、自然に丸まってしまう。近野は押し広げた。改めて
読み直すまでもない、短い文面なのだが、つい、確認をしたくなった。
<雅浪館に近野君をご招待します。お好きなときに、お越しください。事前に
連絡をくだされば、迎えの車を回します。ここが対決の場となり、パズルの答
が出ることを願っています>
 差出人は、麻宮レミとなっている。届けられた封筒には、この便箋の他、雅
浪館までのルート及び地図、それに片道の交通費として適当な額面の小切手が
添えられていた。交通費を頂戴して、実際には行かない場合は想定していない
のか、一切の但し書きはなし。
(彼女、相当稼いでいるようだから、仮に来なくても金は惜しくないのかね? 
この雅浪館とやらも、新しく建てたようだし。それよりも、対決の場だの、パ
ズルの答だのってのは、何のことやら。いつだったか、俺と遠山とで話したあ
の妄想推理が……? まさかとは思うが)
 時間を確認する。そろそろ、伝えておいた時刻だ。
(送迎してくれるのなら、駅まで来いよ。それをせず、また、館そのものの住
所を記さなかったということは……人目に付きたくない理由があるのか)
 今初めて浮かんだ懸念ではない。すでに幾度か検討し、多少なりとも不穏な
空気を感じ取ったからこそ、遠山に相談を持ち掛けた。ところが、その遠山を
掴まえられないでいるのだ。音信不通が六日目に達したとき、近野は自らも雅
浪館行きを決意した。
(恐らく、遠山の奴も招待を受け、雅浪館に向かったのだろう。逗留している
に違いない。ただ……来てみて分かったが、ここはそんなに山奥という訳でも
ない。携帯電話がつながらないのは不可解だな)
 疑念が鎌首をもたげたその折、迎えの者らしき男性が現れた。近野の前にグ
レーのセダンを横付けにすると、機敏な動きで運転席を降り、こちら側に回っ
て来る。
「近野創馬様でしょうか?」
 丁寧な口ぶりとは裏腹に、背が高くがっしりとした体躯の持ち主である。緑
がかったスーツの下には、さぞ立派な筋肉が隠れていると推察できた。タクシ
ー運転手が被るような帽子のために顔がよく見えないが、年齢は四十代に突入
するかしないかぐらい、小さな目が不釣り合いで印象的だ。
「あなたは?」
 念のため、こちらの情報を出すことなく、問い質す近野。
 相手は、麻宮レミからの使いだと答えた。
「ご指定の時間に少々遅れたようで、申し訳ありません。ご容赦ください」
 運転手は帽子を脱ぐと、身体を窮屈そうに折って頭を下げた。髪は五分刈り、
いや、もっと短いかもしれない。上体を起こしたとき、相手がノーネクタイで
あることにも気が付いた。
(この男、用心棒か何かか? 髪の毛を掴まれないために短くカットし、首を
絞められないようにネクタイは着用せずとかいう話を、聞いた覚えがある)
「時間はいいんだ、ほとんど待っていないから。それよりも、答えてほしいこ
とがある。これから向かう予定の館に、遠山竜虎氏は来ているかな?」
「運転しながらでもお答えできますので、お乗りになって……」
「いや、訪ねてみようと考えたきっかけは、遠山の居所を知りたかったからで
ね。十中八九、雅浪館にいると踏んでいるんだが、麻宮さんも意地が悪くて、
教えてくれなかった」
「元刑事の遠山様ですか。はい、確かに来られています。一週間ほどになるで
しょうか」
「そうか。ありがとう。できれば、彼を連れて帰りたいところだが、そうも行
かないようだね」
「仰る意味が飲み込めませんが、遠山様は滞在を楽しまれていると、私は思い
ます。――何しろ、初恋の方と恋人同然の毎日を送っておられるのですから」
「……ふむ」
 呆気に取られたのを悟られぬよう、わざと鼻を鳴らした近野。
(唐突に、妙な言い回しをしやがる。恋人同然てのは、肉体関係を持ったって
意味なのか? この前、会ったときの様子だと、遠山が麻宮と寝るなんて、考
えられないが、こいつの話が事実としたら……薬か? 本気でやばい空気が漂
ってきたようだぜ、これは)
 単刀直入に聞いてやれ。近野はそう判断し、思わず、にやりと笑った。
「セックスしたってことか?」
「何ですと?」
「遠山と麻宮さんは、セックスにも励んでいるってことかと聞いている」
「そのような直接的な質問には、どう答えても下品になりますので……」
「なら、俺は帰るよ。招待は丁重にお断りする。俺も初恋の女性に会えるのが
楽しみで、わざわざ足を運んだのに、遠山が手を着けたというのなら、馬鹿ら
しくて馬鹿らしくて。ああ、帰りの交通費は自腹を切るから、ご心配なく」
「それは困ります。麻宮さんにどう報告すればいいのか……」
 事実、運転手は困惑を露にしていた。遠山と麻宮の関係を匂わせることで、
近野の関心を完全に引き付ける狙いだが、裏目に出て焦っている、といったと
ころか。
(遠山の安否が気になるが、自分自身の安全確保が先決。ここは一旦、引き返
して、警察の協力を扇ぐのがよさそうだ)
 車のそばを離れた近野を、運転手は小走りで追ってきた。
「お待ちください。只今の私の発言は、嘘です。近野様の興味を惹こうとした、
浅知恵でした。お詫び申し上げます。ですから、どうか、お車に」
「嘘をつく人に、素直に従うことはできないよ」
「どうしてもですか。では、仕方がありません」
 相手に背を向け、歩みを速めた近野の右腕を、運転手が掴もうとする。気配
を察した近野は、アスファルト道から一段下に飛び降りた。片手にスポーツバ
ッグを握ったまま、用水路の細い縁に器用に立つ。
「おいおい、誘拐でもするつもりかね」
「何としてでも、連れて来るように命じられています。それに、招待に応じた
からには、あなたも来る義務がある」
 少々荒くなった鼻息と、赤くなった顔面に、運転手の本性が垣間見えるよう
だ。帽子はどこかに落としたらしい。
「人通りは少ないようだが、農作業中の人影はある。強引に連れ去るのは、や
めた方がいい」
 忠告しながら、上着を脱ぎにかかる近野。着たままでは、掴まれたときに不
利と判断した。
 と、その動作が完了しない内に、運転手は踊り掛かってきた。
「一瞬で気絶させる自信がありますから」
 ぼそぼそ言って、同じくコンクリートの縁に降り立つと、手を伸ばしてくる。
 あっさり、左袖を掴まれた。が、間一髪のところでセーフ。袖から腕を抜く
方が早くて助かった。
 運転手はあきらめない。スポーツバッグのせいで苦戦している右腕に狙いを
定めたのが分かった。
 近野は上着を脱ぐのを中断し、相手に背中を見せて逃げた。農作業中の人に
助けを求めるには、田畑に向かうべきだが、かなり遠い。それに、あまり道路
から離れる行為も、危険な予感があった。
 巨漢の割に、運転手のバランス感覚はよく、幅の狭いコンクリートの縁を、
近野とほとんど同じスピードで進んでいる。
 埒が明かぬ。
 近野は距離を測って立ち止まり、思い切って振り返った。上着をぐるぐる巻
きにした右腕で、相手の横っ面を張るつもりで。
 しかし、運転手は予見していたのか、反射神経の賜物か、容易く対応してき
た。近野の攻撃を捕らえると、むんずと握りしめ、引き寄せようとする。その
まま、道路まで引っ張り上げそうな勢いだ。
(上着とバッグがもったいないが、やむを得ない)
 心中で呟く近野。次の刹那、スポーツバッグを手放した。
 運転手が握りしめた部分は、上着にくるまれたスポーツバッグであった。ま
さか“腕”が外れるなどとは予期していなかったに違いない運転手は、大きく
バランスを崩し、用水路に尻からはまった。文字通り、すっぽりと。
 あの様子では、自力では抜けられないか、時間が掛かるはず。近野は俊敏に
道路に上がると、運転手が転がしてきた車まで駆け戻った。キーを差したまま
なのは、あらかじめ確認済みだ。
「正当防衛で通るよな」
 そう言ってから運転席に乗り込む。あの男が座っていた名残の温もりが、ま
だあった。いい気分ではない。
 だが、躊躇する余裕もない。一目散に発信させ、駅を目指す。タクシーで運
ばれる間も、景色を見ていたので、経路は覚えている。
 運転手をはまらせた地点が遥か彼方に遠ざかった頃、助手席で勇ましいメロ
ディが鳴った。横目で見やると、携帯電話。ストラップは、毒々しいピンクと
黄色と深緑が螺旋を描いている。
 もしや、女雇い主からの連絡か? 近野は車を道路脇に寄せて停止すると、
電話を持った。通話の前に、ディスプレイの数字を読み取る。
 携帯電話の番号だが、近野の知る麻宮のナンバーとは違っていた。自身の携
帯電話を取り出し、その番号を記録しておく。
「もしもし」
「遅いわね――誰?」
 麻宮だった。文句を矢継ぎ早に繰り出すつもりが、声の違いに気付いた、と
いう風に感じ取れた。近野は黙っていた。
 しばらく沈黙が続いたあと、不意に笑い声が漏れ聞こえた。
「まさか、近野君?」
「……」
「蟹江は――運転してきた大男は?」
 あの男、蟹江という名か。体格は熊だったが、顔はなるほど、蟹を想起させ
なくもない。

――続





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