AWC 対決の場 44   永山


        
#463/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/11/30  21:42  (200)
対決の場 44   永山
★内容
「転んで怪我をした。運転は無理なようなので、代わりに俺がしている」
「やっぱり、近野君なのね。蟹江に代わってくれる?」
「それが、運転手さんは俺のためにドアを開けてくれたとき、用水路に落ちて
ね。顎をしたたかに打って、唇を切った。喋れないんだよ。先に、病院に寄っ
てから、雅浪館に向かうつもりだ」
「本当に?」
「嘘をついても意味があるまい。それじゃ、一刻も早く、病院に着きたいんで、
これで」
 一方的に通話を終わらせると、助手席に携帯電話を放った。番号は分かって
いるし、麻宮から話したいことがあるのなら、何度でも掛けてくるはずだ。現
時点で、遠山についてあれこれ問い質すのは避けておく。
「さて、どれほどの時間稼ぎになるのやら。この車は途中で捨てて、タクシー
を拾うのがよさそうだな」
 独り言を口にして、意志を固める。
 その通りに実行した。

「黙って逃げるなんて、ひどいんじゃない?」
 駅に着いてタクシーを降りた近野の前に、麻宮が現れた。グレーのドレス姿
は町の風景に溶け込んで、何ら違和感がない。
「……逃げるとは人聞きが悪い。帰ると言ってもらいたいね」
「どちらにしても、うちに来る気はないというのね」
「行く気が失せた。昔の片思いの相手が、幼なじみとできあがったなんて話を
聞いちゃね。遠山と二人で、よろしくやっていればいいだろう」
「蟹江がそんな話を? 馬鹿なこと……」
「ストレートに、祝福してくれと言ってきたのなら、違った対応をしていたよ」
「そんなことよりも、私がここにいて、驚かなかったのかしら」
「驚いたさ」
 近野は、麻宮と顔を合わせたときから、理由を考えていた。
「感づかれることはあったとしても、先回りされることは有り得ないと思って
いた。……いや、先回りじゃないな」
 ぴんと来た。
「元々、君はここで待ちかまえていたんじゃないのか?」
「さあ、どうかしらね。まあ、待ちかまえるとすれば、駅が最適なのは自明だ
けれども」
「雅浪館にいたと主張するかい? 君は、蟹江運転手の携帯電話に掛けてきた
じゃないか。携帯電話の電波が届かないはずの館にいては、無理だろう」
「当たりよ。最初から、駅の近くにいて、蟹江から連絡が入るのを待っていた
訳。さすが、近野君だわ。ちゃんとヒントを読み取って、正解に辿り着いたわ
ね」
「君の掌上だとでも? 馬鹿々々しい。計画通りに人を動かすことはできない。
俺がここに立っているのは、君が予想しておいた選択肢の一つに過ぎないはず
だ。俺が引き返すかどうかなんて、決定に関係する不確定要素が多いからね。
たとえば、車を奪った俺が、運転手の来た方角に向かうケースもあり得た。地
元の警察に駆け込む展開も」
「私は駅で待っていたわ。あなたの行動を読み切っていた証拠にならない?」
「それは、俺を逃さないため、だろ? 駅さえ押さえておけば、どうにかなる」
「――なるほどね。改めて、さすがと言いたくなる。遠山君より手強い……」
 そう言って、謎めかすように笑みをこぼした麻宮。
 近野はまた頭脳をフル回転させる。
「危機感を煽っているつもりかもしれないが、逆効果だよ。ヒントの水漏れ状
態だ。現時点では、遠山には何の危害も及んでいない。間違いない。何故なら、
警察の介入があることも想定していたに決まっているからな」
「そこまで分かっているのなら、ぜひ、招待に応じて、来てくださいな。でな
ければ、ゲームを始められないわ」
 最前とは一変し、かわいらしく微笑む麻宮。ちらちらと顔を覗かせていた邪
気が消え、少女に戻ったかのごとく、純粋さ(あるいは純粋っぽさ)を纏う。
 そう多くはない行き交う人々が、彼ら二人を見ても、仲のよい友達関係ぐら
いにしか見えまい。
「お忘れかい? 俺はゲームよりも、パズルが好きなんだ」
「私が用意したのは、言うなればパズルゲームよ。命を賭すことになるかもし
れないけれど」
「勝手にやってくれ。俺は死にたくないし、死ぬ確率を自ら高めるような愚行
もしない」
「遠山君がどうなってもいいと。友達甲斐のない人ね」
「はっきり言っておく。遠山の身の安全よりも、俺の身の安全の方が、優先順
位が上。平気で見殺しにできる」
 無論、本心では、平気ではない。優先順位は確かにあるが、このまま見殺し
にはできない。首尾よく麻宮を振り切ったあと、自分が恥を掻くことになろう
とも、警察を連れて雅浪館に乗り込み、遠山を連れ出す算段でいる。住所が不
明だが、地元の人達の噂ぐらいにはなっているだろう。
「私が死んでもいい?」
「……意味が飲み込めない」
 反応を探るかのような麻宮の視線と、近野の疑問と戸惑いを合わせ持った視
線とがぶつかる。
「ゲームには、私自身も参加する。主催者だって、命の危険があるのは平等よ」
「念のために聞くが、そのゲームで、君が命を落とす場合だと……犯人は遠山
になるのか」
「さあ。それは分からないわ。別の人になるかもしれない」
「二人だけじゃないのか。参加者は何名で、他に誰がいる?」
「あなたが参加を約束してくれたら、分かることよ」
「……参加人数に融通が利く訳だ。命を懸けると言っても、パズルゲームと銘
打つからには、単なる殺し合いではない。知力で勝てるゲームだな。しかも、
一般に知られたゲームの流用ではなく、オリジナルだろう。一般的なゲーム、
たとえばオセロで負ければ殺される、なんていうのではパズルの名に値しない」
 近野の推測に、麻宮は軽く拍手した。
「凄い。当たっているわ。うふふふ」
 丁々発止のやり取りに、不快感と心地よさを同時に感じる。麻宮の言葉から
推し量り、当たっていると言われることは、近野の知的好奇心を満たした。だ
が一方で、これすらも麻宮の思惑通りである可能性も、脳裏を掠める。
「誉められても、参加を決める訳じゃない。館には最低でも一人、蟹江みたい
な力自慢の奴が、君の命令を待っているはず。何らかのハプニングが起きても、
参加者を実力で引き留められるようにね。そんなところへ、丸腰で乗り込むほ
ど、俺は勇敢でも愚かでもない。警察官の同行を認めるのなら、考えてもいい
よ」
「認められないわ。折角の趣向が台無しになってしまう。残念ね」
「ああ、そのようだ。不参加を決めた」
 近野は首を振って、結論を出した。相手の土俵へ上がっては、圧倒的に不利
に陥る。己の理性と本能が彼にそう告げる。
「これからすぐ、警察に駆け込み、事情を話す。辺り一帯を隈無く探せば、雅
浪館とやらもじきに発見される。命がけのゲームの最中に踏み込まれて、言い
逃れできなくなるよりも、初めから馬鹿なことをやめておくよう、忠告する。
賢明な君なら、理解できるに違いない」
「そう簡単に、雅浪館は見つからないわ」
 近野の説得に耳を貸さず、麻宮は自信ありげに言い切った。最早、近野と目
を合わせることもなく、遠くを見つめながら、その横顔に笑みを浮かべる。
「見つかったときには、全てが終わったあと。では、これでさよならね」
 麻宮が頭を下げた。不意のことに、近野は思わず後ずさった。だが、彼女の
動作はお辞儀以外の意味はなかったらしい。くるりと背を向け、タクシー乗り
場に行くと、客待ちしていたたった一台に乗り込んだ。
 あっ、と叫ぶ間もなく、滑るようにスタートしたタクシー。近野は一瞥し、
ナンバープレートをどうにか読み取ると、追うのをあきらめた。
(タクシーが一台だけになるタイミングを計っていたのか? まさかな。まあ、
仮に追跡できたとしても、彼女の口ぶりでは、すんなりと雅浪館に向かうとは
考えにくい)
 片手で頭を一度かきむしる。上着をなくしたせいか、汗で濡れた肌に寒さを
感じ、身震いした。
(とりあえず、警察に行くしかないか。だが、いきなり、殺人が行われようと
していると訴えても、難しいだろうな。となると……『麻宮レミの雇っている
運転手に、強引に連れて行かれそうになった。暴行も少し受けた』と言えば、
多分、動いてくれる)
 望みを掛け、駅舎に急いだ。駅員に尋ねると、最寄りの交番を教えられた。
駅から徒歩で五分と要さないらしい。警察署の所在地も聞き出したが、こちら
は距離が相当ある。
 書く物を借りて、先程覚えた番号を記録してから、交番に急いだ。

 彼女の言葉は正しかった。
 雅浪館と呼ばれる建物は、少なくともこの界隈にはなく、噂すら聞いた者は
皆無だった。また、麻宮姓の住宅も見当たらない。ただ、麻宮レミを見掛けた
人物なら、何名かいた。月に三度か四度、割と頻繁に姿を見せていたようだ。
 当然、ナンバープレートについても、照会が行われた。が、蟹江の乗って来
た車のナンバーは、巧妙に偽造された代物だったらしく、該当車両を絞り込め
なかった。
 一方、麻宮を乗せて走り去ったタクシーについては、すぐに割り出せた。も
ちろん、ドライバーは無事だったが、その証言は捜査に役立ちそうになかった。
 麻宮は、駅を出発後、線路沿いの道を行き、一つ上りの駅前で降りた。ただ
それだけであった。それを聴いた刑事は早速、駅員に目撃証言を求めた。が、
その男性駅員は麻宮レミらしき女性が来たことを認識していたものの、列車に
乗り込むところまでは見ておらず、足跡を辿る糸はここでも切れる。
 麻宮の興した「ギャップ」に問い合わせるも、社長は新しい仕事や人脈の開
拓を目的に、ピーアールに飛び回っており、本社には戻る日時も未定と回答さ
れた。緊急時に連絡を取る術を確保しているはずと食い下がった刑事だが、そ
のようなものはありませんと頑なに否定されては、引くしかない。他方、実家
とは、時節の挨拶状と送金以外、音信不通も同然の状況で、頼りにならない。
 それでも近野は、遠山竜虎が行方不明になっている事実を盾に、捜査の続行
を望み、警察も応えてくれていた。だが、それも最初の一週間が限度。やがて、
捜査陣の中には、逆の見方をする者も現れる。
 つまり、遠山竜虎が麻宮レミに対し、何らかの犯罪をなしたのではないか?
とする見方である。ヂエの事件に関連して、遠山が、麻宮こそ真犯人、あるい
は彼女のために自分は貶められたと思い込んでいるとしたら、動機は充分、と
いう理屈である。遠山を最後に尾行した橋本刑事の証言が、これに拍車を掛け
た。
 また、橋本の証言は、別の点でも事態を悪化させていた。遠山の主張した推
理を検証するよう、ヂエの事件の捜査本部に進言した結果、一時的に尾行解除
が決定したのだ。つまり、遠山に刑事がついていなかったがために、行方不明
になった前後の状況が皆目分からない事態に陥ったことになる。尾行を継続し
ていれば、拉致されたのか、本人の意志で動いたのかぐらいは分かっただろう。
 そうして、日数が無為に消費され――近野の勤める大学が冬季休暇に入るま
で、進展はなかった。

 事件に関わったがために学生や大学側へ掛けていた迷惑のしわ寄せが、今頃
になって返って来ていた。溜まりに溜まった仕事を、近野は普段の休日を削っ
て少しずつ消化していき、冬休み突入から遅れること四日、二十四日夕刻に漸
く全てを片付けた。尤も、片付けたのは他者に迷惑や影響の及ぶ類のものばか
りで、自分自身の研究については、当初の目論見より大きく遅れていたが。
 それよりも、と一人の若い男に立ち戻って、多少の後悔を覚える事実があっ
た。
(クリスマスの予定が全く立っていない)
 自家用車の運転席に座り、キーを差しただけで動作を止める。つい、考え込
んでしまった。
 深い付き合いのある女性は今はいないとは言え、うっかりしていた。同僚や
友人、パズル仲間との忘年会を心ならずも断り続けた上で、クリスマスの二日
間がこれでは、さすがに寂しい。知り合いの女性はとうに予定が入っているに
決まっているし、新しく知り合おうと探しに出たとしても、二十四日の夕方、
フリーの若い女性と巡り会うのは難しい。どこかにいるには違いないが。
 せめて、馬鹿騒ぎのできる何らかのイベントに潜り込めれば。チケットを押
さえねばならないが、今日は無理でも、明日なら間に合うかもしれない。車の
助手席にはノートパソコン。ポケットには携帯電話。検索すれば、めぼしい催
し物の一つや二つ、ヒットするはず……。
 等と世俗的な願望を満たそうとする自分が、自分らしくないと気付いて、近
野は苦笑いを顔に広げた。傍目からもはっきりと分かるほどで、むしろそれは
苦々しさのみで作られていたかもしれない。
「さて」
 何となく声を出し、区切りをつけると、エンジンを掛けた。
 それを待っていたかのように、いや、実際に待っていたのだろう、携帯電話
が音を鳴らした。同時に、車の正面に人影が立つ。
 冬の夕方は、最早夕暮れとも縁遠く、暗い。駐車場に数本ある外灯のみでは、
人影が誰なのか、判別不能だ。が、そいつが携帯電話を持ち、左耳に当ててい
る姿だけは、しっかりと認識できた。
 近野は人影から視線を外さず、電話に出てみた。すると、電話の向こうから、
男の声がいきなり告げた。
「俺だよ。遠山竜虎だよ」
 フロントガラス越しに、正面に立つ人影の口が動いたように見えた。
「……本当に、遠山か?」
 すぐそこにいる人物が電話の相手であると確信しながらも、電話を切らずに
問うた。
「そうだよ。風邪気味で、声が少し掠れているかもしれないが」
 続いて咳込む音。前に立つ人影も、咳込んだ様子で肩を小刻みに上下させた。
 近野は電話を持つ手を降ろし、ドアを開けた。

――続





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