#435/1158 ●連載
★タイトル (a-s ) 05/08/29 08:49 ( 77)
「月のない夜でさえも[春の芽]」 紅
★内容
[春の芽]
月と出逢ったのは去年の春――高校一年生の入学式のことだった。
月は入学試験を首席で突破したらしく、新入生の挨拶で堂々と作文を読み上げていた。
そのとき月が読んでいた作文の内容は、私の記憶には欠片も残ってはいない。
聞いているどころではなかったからだ。
月の姿に目を奪われていた。
壇上までゆったりとした足取りで歩いていく姿…。
校長先生の前でお辞儀をしたときの涼しげな顔…。
優雅で、儚くて…例えようもないくらいに魅力的で、惹かれたのだった。
初めてだった。
恋など何度もしたことはあったのに…
あそこまで急速に私の心を奪っていった人は初めてだった。
運命なんて感じたことは一度もなくて…信じたことすらなかったはずなのに。
そのときばかりは、頭の中に素直に浮かんできたのだった。
―― ああ、これこそが運命に違いない…と。
入学式を行う前に配られたクラス分けの紙も、
少なからず私の心に影響を及ぼしたのかもしれない。
“月” という聞きなれない魅力的な名前。
その美しい響きに興味が湧いた。
いったいこの素敵な名前を持つ人は誰なのだろうか、と。
そんな出会いだった。
月にとっては違ったとしても、少なくとも私にとっては十分すぎるほどの衝撃だった。
その一ヵ月後――
私は初めて月と二人っきりで会話をした。
そのときのことは今でも鮮明に覚えている。
風のにおい、太陽の日差し、葉が重なり合って作り出すざわめき――
なんでもないことのはずが、すべて輝かしいもののような気がしていたのだった。