AWC 対決の場 33   永山


        
#417/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/07/01  05:40  (199)
対決の場 33   永山
★内容
「邪魔するよ、近野。少し、具合はよくなったか?」
 エアコンのおかげで季節外れの暖気が、むっとまとわりついてくる。上着を
脱ぎながら聞いた。
「よお」
 弱々しい声を返すと同時に、布団の中で身体を起こそうとする近野。遠山は
膝を折って急いで近寄り、そのままでいてくれと制した。
 近野は深い息をつくと、安心したように横になった。枕元には、半分ほどに
減った食事があった。
「無理をしなくていいさ。気分は?」
「そうだな……生き返った気分」
 不謹慎を承知で、吹き出しそうになる。遠山からしてみれば、近野はまさし
く生き返ったのだ。
「実際、細胞の何パーセントかは眠りに就くところだったんじゃないかと思う
よ。低温から身を守るために、必要最低限の活動ができるだけの細胞を残して」
 近野は言いながら、笑みを見せた。思ったほど、精神的ショックは酷くない
ようだった。
 だが、襲われた経緯をいきなり聞くのは、やはりよしておくべきだろう。最
初の腹積もりのまま、パズルのメモを取り出し、手中に握り込んだ。
「体力が落ちてるんだろ。なるべく食べて、取り戻していくことだ」
「自覚してるさ」
「脳味噌の方はどうだい? 試しに、軽い頭の体操でもやってみないか」
 そう持ち掛け、彼の目先で遠山は手を開いた。近野は幾度か瞬きをし、興味
を示した。仰向けに横たわったまま、片腕を布団から出して、紙片を受け取ろ
うとする。皺を伸ばしてから、渡してやった。
「頭のリハビリにしては、ちょっと長いな」
 両手で紙片の端を持ち、しばらくしてから俯せになった近野。
「そう言うなって。いや、無理ならやめておいた方がいい」
「無理だからと言ってやめていたら、リハビリにならないだろう。最初に確認
しておくが、これはヂエの出題か?」
 予想通り、見破られてしまった。当然ではあるが、それでも少々、動揺して
しまう。遠山は数秒の逡巡を挟んで、「ああ」と短く肯定した。そして、近野
の様子を見守る。
「そうか」
 彼に大きな変化は表れなかった。遠山はひとまずの安堵を得て、「解けそう
か?」と尋ねた。
 近野は黙ったまま、唇に触れたり、首を傾げたり、あるいは紙の縦横を入れ
換えたりした。
 あまりの静かさに、遠山もつい、口を挟みたくなった。近野の思考の手助け
になればと思い、自分達が導き出した答を説明してみる。
「……なるほどな。それで助けられたって訳か」
 感に堪えないような口ぶりになる近野。だが、それは一時のこと。すかさず
遠山に聞いてきた。
「で、一行目の解釈は?」
「できていない。と言うよりも、『さか』の帳尻合わせのための文章じゃない
かと思う」
「そいつはおかしい」
 言下に否定された。しかし、遠山はむっとするよりも、普段の近野に戻りつ
つあることを感じて喜んだ。
「四行目の『酒を樽から』を、『酒樽から』に置き換えれば、一行目を抜きに
しても、『さか』は七つになる。無論、『杯』はさかづきと読むことになるが。
それに、帳尻合わせなら、『最後の犠牲者は “死ぬ”』のくだりは不要だろ
う」
「そこは、最後に殺す人間を示すフレーズじゃないのか」
「違うと思う。『犠牲者』が『死ぬ』のは二重表現で、意味がない。これまで、
ヂエの犠牲になった人々は全員、死んでいるのだから」
「ならば、別の意味が込められているんだな?」
「恐らくね。遠山他皆さんの解いた部分が合っているのは、ほぼ間違いない。
さらに、ヂエのパズルに対する偏執ぶり、義理堅さを信じるなら、引用符に囲
まれた二箇所は、同じ解釈をすべきなんだ」
「引用符? ああ、“死ぬ”と“彼 誰 私に 貴方の 其れの”っていう箇
所か」
 手元にあるオリジナルの方を見ながら、遠山は応じる。
「同じ解釈とは?」
「“彼 誰 私に 貴方の 其れの”を英語に変換したのなら、“死ぬ”も同
様にしなさいってことさ。つまり、dieだな」
 そう言って、彼は手を荷物の方へ伸ばした。
「いる物があるなら言ってくれ。何だ?」
「書く物がほしい。紙はこの裏にでも書くから」
 遠山はペンを渡し、自身も手帳を開いて余白にdieと書き込んだ。
「“死ぬ”の次の『その』は、当然、“死ぬ”を指示している。換言するなら、
dieの終わりを四つ、遡りなさいってことになる……。『そして逆様に』と
は、遡ることでできた単語を逆順に綴れという意味だろう」
「遡る、の意味が分からないな」
「急ぐなよ、名刑事。dieの終わりとは、文字通り、単語の末尾であるアル
ファベットのeを差すんだ、きっと」
「ふむ。それで?」
「四つ遡るとは――いろは歌のパズルのときに試行錯誤した経験からの連想に
なるが、アルファベット順に従い、eから四文字分、遡れってことじゃないだ
ろうか」
「そうすると……」
 注意深く、指折り数えてみる遠山。
「aになる」
「そう。つまり、diaだ。これを前後ひっくり返すと、aid。助ける、救
うという意味なのかな」
「エイド……」
 ヂエの殺人鬼のイメージとは真逆の言葉だ。髪をかきむしって考えてみたが、
どうにもしっくり来ない。
「ヂエは、最後の犠牲者を助ける、と言ってきたんだ。パズルが解ければとい
う条件付きで」
「最後の犠牲者とは君のことか、近野」
「恐らく。冷凍庫で気付かれぬまま放置されていたら、死んでいたろう。……
ただ、ちょっとばかり不思議なのは、パズルの正解が出せなくても、もし俺が
意識を取り戻していたら、冷凍庫から脱出できただろうってことなんだが」
 言われてみて、遠山も不可解に思った。扉の鍵は掛かっていなかったし、近
野も意識を失ってはいたが、猿轡をされていた訳ではなく、手足の自由も奪わ
れていなかった。
「何によって意識を失わされたか、覚えているか?」
 話の流れからそう聞いた遠山だが、次の瞬間、しまったと後悔する。ヂエに
襲われた前後のことは、まだ聞くまいと心に決めていたのに、あっさり破って
どうするのだ。自分自身に腹を立てた。
 ところが、当の近野は、意外にも平気な素振りで答をよこす。
「残念ながら、覚えていない」
 パズルのリハビリが効いたのだろうか。そう思うと、顔色もかなりよくなっ
たように見えてきた。
「殴られて昏倒したんじゃないのは確かだ。そんな覚えはないし、今、身体の
どこにも、疼痛はない」
「すると、麻酔薬の類か」
「それぐらいしか残っていないな。眠りに就いたあと、口元を覆われたか……
実際、悪夢を見ていたような感覚はあるんだ」
 近野が自ら話そうとしている。遠山は合いの手を入れつつ、成り行きに任せ
ることにした。
「眠れていたのかい?」
「ああ。浅い眠りだった。いや、うつらうつらしていた感じかな。しかし、そ
れなら侵入者の立てた物音や気配に気付いてもよさそうなんだが。気付かなか
ったってことは、それだけ心身ともに疲労が蓄積していたんだろうか」
「物音は、自分も気付かなかった。雨のせいにしたくないんだが、他に考えら
れない」
「聞こえなかったのに、助けに入ってくれたのか?」
「聞こえなかったのは、侵入時の物音だよ。出て行こうとする音が聞こえたか
ら、異変が起きたのだと分かった」
「ふん……。おまえも他の人も、俺が死んだと思っていたようだが、何故だ? 
連れ去られただけとは考えなかったのか?」
 近野が問うてきた。彼自身は、遠山が目撃した一騒動を全く自覚していない
のだ。話していいものか、またも悩まされる遠山だったが、この機を逃す手は
ないと、ゴーサインを自らに出す。
「見たままを言うとだな、襲撃者はおまえの頭部を小脇に抱え、部屋の窓から
外へ逃走を図るところだった」
「何だって?」
 身体を起こし、上半身だけ布団から出る近野。遠山は話し続けた。
「そして、部屋の寝床は血らしき液体で、赤くなっていた上に、首から上のな
い遺体が横たえられていた。ヂエのパズルによる予告も頭にあった。奴の狙い
通りに、おまえを殺されてしまったと思ったんだ」
「だが、現に首はつながっている」
 近野が首をさすってみせた。
「犯人が抱えていたのが俺の頭だというのは、見間違いではないよな?」
「今となっては、そう見えた、としか言いようがない。敵は銃を手にしていた。
おいそれと飛びかかれる状況じゃない。じっくりと観察する余裕もなかった」
「つまり、俺の頭部らしき物体を抱えていた、と言い換えられる訳だ。俺は無
事なんだから、論理的思考の当然の帰結として、犯人が抱えていたのは俺の頭
部に似せた造り物ということになる。あるいは、他人の頭だった可能性も排除
はできないようだ」
「まさか。冗談だろ」
 思わぬ指摘。盲点を衝かれた心持ちになった。
「冗談ではないさ。部屋にいるのは俺・近野創馬であるという前提に影響され、
他の誰かの頭部なのに、俺の頭部であると端から信じ込んでしまった……あり
得なくはないだろ? 完全に否定できるか?」
「……できない。だけど、その説が正しいとしてもだよ、一体、誰の頭部と言
うんだ?」
「そんなことを聞き返されるとは、思ってもいなかったよ。布団の首なし遺体
の頭部に決まってる」
「そりゃそうかもしれないが……身元が判明していないんだから、謎の解決に
はならないじゃないか」
「行方不明の面城は?」
「面城は犯人だ。他に考えられない」
「複数犯の可能性が高いんじゃなかったか? 面城が仮にヂエの一味だとして
も、仲間に始末されたのかもしれないぞ」
「それはない。近野、君は考え違いをしている。俺は、君を襲った犯人は面城
しかあり得ないと思ってる。当然、寝床にあった遺体は面城じゃない」
「行方知れずになっているのは、面城薫だけじゃないだろう」
 近野の謎めかした物言いに、遠山は目を剥いた。急速に回復しているらしい
のは結構だが、こうも不可解なことを言い出されると困惑する。
「面城の他に、誰が行方不明だって? 全員、揃っているぞ。嘘だと思うなら、
今すぐみんなを連れて来る」
 膝を立てた遠山に、近野は首を忙しなく横に振った。
「必要ない。たとえば……焼死体になった犠牲者がいたよな」
「あ? ああ、角治子さんだ。それがどうかしたか」
「ほとんど炭化した遺体を見て、何故、そうと断定できる?」
「それは……あの遺体を発見した段階で行方不明だったのは、面城を除けば、
彼女と若柴刑事、それに伊盛の三人。若柴刑事と伊盛はそのあと遺体で見つか
った。残るのは角さんだけになる」
「焼死体が角治子ではなく、他の誰かだったとすればどうだ? 角は今も生き
ており、寝床の俺を襲う機会はあったことになる。その場合、寝床の首なし遺
体は面城である可能性が出て来るんじゃないかな?」
「……」
 話がややこしくなりかけ、遠山は整理のために時間を取った。やがて、「い
や、待て」と口火を切る。
「角さんが生きていたという仮定が成り立てば、君の説も考慮していい。だが、
そもそも、角の身代わりになった焼死体が誰なのか、この疑問が片付かない限
り、認められない」
「その通りだ、名刑事。角が生きているかもしれないと言ったのは、あくまで
も一例。簡潔に表すなら、我々の認識していない人物が島内に一人いれば、お
まえの面城犯人説は根拠を失い、様々な入れ替わりを考える必要が出て来るっ
てことさ」
「認識していない人物か。そんな奴がどこかに隠れ潜んでいるとして、一体誰
なんだろう……」
「双子の片割れかもしれないな」
「何?」
 突拍子もない意見に聞こえて、遠山は声のトーンを高くした。対照的に近野
は落ち着き払って応じる。
「姿晶と姿優だっけな。二人とも実はこの島に滞在していたが、今や一人は死
に、一人は身を隠しているってのはどうだ」
「うん……きりがないな。姉と妹のどちらが生きているのかを考え始めたら、
可能性の枝分かれが増えるばかりで、混乱しちまうよ」
「ああ。パズルでは有効でも、実際の事件に当てはめるのは愚行だろうな。特
に、人員不足かつ科学捜査に頼れない現状下では。俺だって、混乱させたくて、
徒にあれこれと説を展開してるんじゃない。おまえが面城犯人説に傾くのを、
もう少し慎重にしてほしいんだよ」

――続く





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