AWC 木で首をくくる 2   永山


        
#282/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/05/26  18:33  (288)
木で首をくくる 2   永山
★内容
 二日続けてとなると、穏便に処理をして済ませるのは難しい。知らせに行っ
た五代の言葉を、校長と教頭が揃って険しい顔で受け止めた。
「臨時に全校集会を開き、事態を皆に知らせましょう。犯人が学校の関係者か
どうかは二の次とし、注意を促す必要があります。何しろ、犬や猫といった小
動物を虐待するのは、更なる重大な犯罪の前兆と云いますから」
 教頭が常識的な線で意見を述べるが、校長は眉間の皺を深くして唸っただけ
だった。明らかに渋っている。
 早朝練習がパーになった上、先生二人に足止めを食らわされた五代だが、意
見を口にするのは控えて、成り行きを見守った。ちなみに五代自身は、犯人を
突き止めてやめさせて欲しいと願っている。二回目は許せない。
「校長?」
「……感心しません。小動物虐待云々の話は、この場合、飛躍が過ぎるという
ものです。同じ場所に同じように死んだ猫を吊るしたのには、凶悪犯罪の前触
れのような臭いは感じません。むしろ、五代さんあるいは我が校への強烈な悪
意を感じます」
 案外、冷静で理論立った校長の話に、五代は内心、安堵していた。学校の名
誉とか何とかを優先したいがために、公開しないと云い出すのではないかと心
配していたのだ。
「確かに一理ありますが……最悪の場合も想定して備えておかないと、何かと
五月蝿い昨今ですからねえ」
 今度は教頭の方が、世間体を気にするようなことを云い出す。五代は不謹慎
ながら密かに苦笑してしまった。一面だけ見てその人を判断することなかれ、
という父の言葉を思い出す。
「どうかしら、五代さん」
 唐突に校長が向き直り、話を振ってきた。
「もう幾日か、様子を見るというのは?」
「え、ええ、かまいません」
 まずはそう答えてから、しばしの逡巡を挟んで、五代は意見を述べようと決
めた。
「でも、公表の前に、誰の仕業なのかを調べ始めてください。そうしないと、
調子に乗って、いつまで経っても同じことを繰り返すんじゃないかと思えて、
心配で……」
「なるほど。道理ですね」
 いつものようににっこり微笑む校長。どんなときでも同じ表情ができる人に
は、凄いと思わされる反面、恐くもある。
「ですが、警察に届ける訳に行かず、かと云って私達教師がしゃしゃり出るの
も、事件を伏せるという方針から無理でしょう」
「じゃあ、却下ですか」
 思わずむくれた口調になる。入学前には、柔道をするのに最高の環境を用意
すると散々美味しいことを云ってくれたのに、入ってしまえばこんなものかし
ら。安心して練習できるのも、最高の環境の条件の一つなのに。
 などと考えながら、校長の返事を待つ。
 校長は教頭の方をちらと一瞥し、また顔の向きを戻すと、何やら思惑ありげ
に頷いた。
「残っている手段は一つね。生徒が調べる」
「……そんなこと、できるでしょうか。私は柔道で忙しい身ですし」
「何もあなた自身がやらなくても、代わりの者を立てれば済む話でしょう。あ
なたが個人的に受けた悪戯ということにすれば、話題にしやすい、つまりは調
べやすい。なお、くれぐれも云っておきますが、犯人が生徒の中にいると決め
付けているのではありません。そこのところを履き違えないように」
 既に決定事項のような口ぶりの校長に、教頭は最早異を唱えない。
 五代も同様。異議がなくはないが発言しないのは、他に手がないように思え
るから。そしてこの時点で五代の脳裏には、一人、適役が浮かんでいた。
「分かりました。そうします。でも、逐一報告する義務はありませんよね、校
長先生?」
「……私個人は、今回の件を、あなたに関する嫌がらせと思っていますから、
五代さんの手で解決できるのならそれに越したことはありません。手に負えな
いときは、すぐにでも云ってきなさい」
 お墨付きを得て、五代は校長室を出た。探偵役の指名は後回しだ。一時間目
が始まってしまう。

 十分やそこらの休み時間では、説明不充分で終わってしまう。だから五代が
名倉を呼び出すのに選んだ時間帯は、昼休みだった。食事しながら話そうと、
パンやおにぎり、飲み物を学食で購入して外へ。秘密裏に動いて欲しいのだか
ら、当然二人きりで話さなければならない。
「猫がぶら下がっていた木を前にランチとは、ぞっとしない」
 手近な芝の上に古新聞紙(どこから持って来たのだろう?)を敷くと、その
隅っこに座った名倉はそんな感想を述べながら、総菜パンにかじりついた。
「それで? わざわざこんな風に呼び出すなんてシチュエーション初めてだし、
何かあるんだろ」
「勿論よ」
 五代も新聞紙に腰を下ろし、最初に、今朝、また同じことが起きた事実を述
べた。すると名倉はしたり顔になって、「やっぱり」と呟いた。
「もうこれは間違いない。犯人は五代さんを狙って、嫌がらせをしている」
「それはまだ認められないけれど」
「どうして。絶対に気を付けた方がいい。心当たりは? ないの?」
 食事も忘れ、熱心に聞いてくる名倉。五代は人選の確かさと不安とを同時に
感じつつ、再び口を開いた。
「やった人を捜すことにしたわ。でも、私が行動してもうまく行くかどうか不
安だし、時間的にも厳しいの。それで名倉君に頼みたいと思って、こうして来
てもらったんだけれど、引き受けてくれない?」
「へえ。そいつは……願ったり叶ったり」
 嬉しそうに頬を緩めると、名倉は紙パックのコーヒー牛乳を啜った。そうし
て、
「体力には正直云って自信ないが、頭脳労働なら何とか」
 と、何故か力こぶを作りながら答える。微苦笑させられた五代は、軽く頭を
下げて礼を述べる。
「ありがとう。ただし、注意して欲しいのは、なるたけ秘密にすること」
「秘密?」
「事件の内容も、それをやった人を捜していることも、できる限り表に出さな
いで調べる。難しいかな、こういうのって」
「……難しいけど、やってみるよ」
 名倉は困惑した風に視線を大木の方に振り、右手親指を口元に持って行く。
爪を噛む彼の癖には、五代も前から気付いていた。
「やめたら、それ。物を掴みにくくなるし、不潔に見える」
「あ? ああ、これ」
 慌てて手を下ろし、はたく名倉。取り繕うように、コーヒー牛乳を一口飲ん
だ。
「苛々すると、つい……。やる前から困っていても仕方がない。最初は手探り
になるだろうけれど、早速始めてみる。だから何か手がかりを。さっきも云っ
たけど、心当たりはないのかい?」
「飽くまでも、私への個人的恨みや嫌がらせっていうのね」
 あ、今、私は表情を曇らせたと自覚できるほど、沈んだ声が出た。対する名
倉は速い動作で首を横に振った。
「そりゃあ絶対じゃない。でも可能性としては一番大きいし、優先すべき仮説
だと思ってる」
 名倉にしては力強い調子で断言し、胸に拳を当てた。意外と様になっている。
「他の可能性も、忘れないでよ」
「分かってる」
「それじゃあ、云ってみるけれど……」
 そう前置きしたのに、云い淀んでしまう。
 五代の頭の中に、真っ先に浮かんだのは、木出川良美の顔だった。昨日、更
衣室でかみつかれたからだけではない。入部当初から、悉く反発し合っていた。
彼女とは乱取りをしても、向こうが意地になって全く技を掛けさせてくれない
から、試合さながらの激しい攻防になる。練習の体をなさないという理由で、
五代と木出川の乱取りは、階級が近いにも関わらず、三度しか行われていなか
った。
「心当たりがあるんだろ? 云いたくないの?」
 口が重くなったのを察し、名倉が意図を確かめてくる。
 五代はそれでもしばらく迷ったが、事実を話すだけだと自らを納得させ、や
っとその名を教えた。理由も云い終わると、嫌な気分を牛乳とともに飲み込む。
「どんな字を書く?」
「大木の木に、出る川よ。下は優良の良に、美しい。あのさ、名倉君。メモを
取らないで大丈夫?」
 さっきから聞くばかりの相手に、五代は不安を覚えた。
 名倉は両腕を広げ、大げさな動作で彼自身の頭を指差す。
「ちゃんと覚えてる。記憶力はかなりのもんなんだぜ。第一、メモをして、そ
れを誰かに見られたら、秘密にできなくなってしまう」
「それもそうか」
「で、他には」
「他に……」
 考えても浮かばない。主将の花隈は二連敗して悔しがっていたし、同階級の
部員はライバルと云える。だが、彼女達まで容疑者候補に挙げる行為は、名倉
に昨日示した五代の信条の否定につながる。
「柔道部を離れて、他の交友関係を考えてみてよ」
 名倉が云った。
「具体的に険悪な仲でなくても、馬の合わない先生とか同級生とか。聖人君子
じゃあるまいし、いても恥ずかしいことじゃないよ」
「それはまあ、いるけれど……」
 歯切れの悪いのは自分らしくない。頬を二度、手のひらでぺちぺちと叩き、
覚悟を決めた。
「二人いるんだけれど、覚えられる?」
 一人目は、クラスメートの櫛田敦夫(くしだあつお)。今時の高校一年生に
しては珍しいくらいの男尊女卑の考えの持ち主で、女性が武道をすることに批
判的。しかも面と向かって主張するのだから、付き合いにくい。当然ながら、
まともに口を利いたことはなく、性格や趣味等はよく分からないが、バスケッ
トボール部のホープで中学時代からめざましい成績を収めているらしい。
「櫛田君なら背が高いから、木の枝に紐を結ぶのも簡単な気がするのよね」
「え? じゃあ、猫の死体はそんなに高いところから吊るされていたのかい?」
 重要だとばかりに身を乗り出す名倉だが、五代は急いで否定した。
「ううん。そうじゃない。手を伸ばせば、名倉君でも充分に届く高さ」
「何だ」
 身長のことを持ち出されて気を悪くしたのか、素気なく答え、ふーっと鼻息
を荒くする名倉。三秒ほど間をおいて、
「目の前に大木があるんだし、どの枝なのか教えてよ」
 と云った。
 五代は立ち上がって気に近付くと、肩より少し高い位置を指差した。この大
木の中では、一番低い位置にある枝の一つと云っていいだろう。
「ふむ。紐の長さは?」
「結んだ状態で、十センチもなかった」
「木の枝に、猫の身体が実ってる感じ?」
「え、ええ。まあ、そんな感じかな……」
 嫌な喩えだと思って、表情が歪む五代。
「紐や猫の死体は、どうしたんだろう?」
「猫は、市の保健所から人が来て、片付けたって聞いたわ。紐をわざわざほど
くとも思えないから、そのまま持って行かれたんじゃないかしら」
「そうか」
 名倉が残念そうに歯ぎしりをした。血塗れの猫から紐を解いて抜き取り、し
げしげと調べるつもりだったのだろうか。それは捜査の基本かもしれないが、
五代にはできないことだ。
「話を戻して……二人目は?」
「ええと、先生なんだけど……」
 国語教師の尾東(びとう)。下の名前は覚えていない。四月、まだ学校が始
まったばかりの頃の授業で、女性の恋心や情感を表した作品を扱ったときに、
「まあ、スポーツばっかりやってる女子には、ぴんと来ないかもしれないが」
と軽口を叩き、剰え、五代をその代表のように云ったのだ。男性で、しかもあ
と三年もすれば退職であろう年齢と来れば、この程度は当たり前の感覚なのか
もしれないが、五代達からすれば反感を抱くのに充分。以来、些細な点で尾東
の言動がいちいち気になり、嫌悪してしまう。それが態度に現れるのだろう、
尾東の方も五代に悪い意味で目をつけているようだった。昨日は尾東の授業が
自習になって、有り難かったくらい。
「まさかとは思うけれど、一応ね」
「うんうん。僕もまあ、先生は違うと思いたい。万一あるとしても、ああいう
年寄りじゃなく、もっと若い先生に危ない奴はいるんじゃないかな」
 かなり偏見に満ちた言い種だが、昨今、その手の事件が増えているのが現実。
尤も、昔から事件はあったが、表面化せずに済まされてきただけなのかもしれ
ないが。
「私が無理矢理思い付くのは、これぐらい。本当に覚えられた?」
「平気だって。じゃ、この三人について、それとなく探りを入れて、何もなけ
れば外部犯に重点を移すってことで」
「ええ」
「あ、それとっ」
 飲み物とパンの残りを片付けながら、噎せ気味に名倉。
「もしかすると、犯人はまだ続ける気かもしれない。だから、張り込むのも有
効な手であると思うんだ」
 あっと云いそうなのを、五代は飲み込んだ。そんな簡単なことに、今まで気
付かずに来て、ちょっと恥ずかしい。
 が、次に脳裏をよぎったのは、“危険”の二文字。
「有効であったとしても、危ないわ。特に名倉君みたいな……」
 そこから先の発言ははばかられた。当人も腕力のなさは重々承知しており、
「そう思うんなら、五代さんが張り込みの助っ人に来てよ」
 とジョークを飛ばす。できたごみをビニール袋にまとめながら、真顔に戻っ
て云った。
「少し脱線するよ。犯人を突き止めなくても、やめさせられるかも。見張って
るんだぞっていう噂を流せば、犯人は自粛するんじゃないかな」
「悪くない考えと思うけれど……やっぱり、自粛よりも自首して、反省しても
らいたいわ」
「うん。それに、噂を流しただけじゃ、じきに嫌がらせを再開しそうだし。ど
うしても突き止めないといけない」
 飲み干したコーヒー牛乳の紙パックを潰し、最後にビニール袋に入れると、
名倉は腰を上げた。
「早速始めるつもりだけど、五代さんへのレポートはいつ、どういう風にした
らいいの?」
「……考えてなかった。今日みたいな感じでいいんじゃない?」
「大丈夫かなあ」
「誰かに聞かれるってこと?」
「そうじゃなくて、五代さん、毎日パン食だと物足りないんじゃないかと、心
配で」
 冗談だと分かっていても、少し腹が立った。が、ぎゅっと拳を握って辛抱す
る。総菜パンやおにぎりを食べるよりも、食堂でご飯物を食べる方が、肉体作
りにプラスになるに違いないんだし。
「大丈夫よ。体重調整で食事制限の苦しみを味わったことあるから、慣れてる」
 この辺は適当な言い訳。まだ伸び盛り、かつ軽量級の中でも小柄な五代に、
体重云々の話はあまり意味がない。
「進展があってもなくても、一日一回の報告をするということで、かまわない
わね?」
「いいよ。ただし、大きな進展があれば、臨時に知らせたい。だから……携帯
電話の番号を教えて欲しいな……と思ったりして」
 若干声の小さくなった名倉に対し、五代は、ああ!と両手を合わせた。
「そうか。寮に掛けると、他の人に聞かれるかもしれないから、携帯電話の方
が安全て訳ね」
 そうして、自分の携帯電話を取り出す。
「私から掛けて記憶させるから、名倉君の番号を教えて」
「あ、う、うん」

 翌朝までに一度報告しておかないと、また猫が吊るされて嫌な気持ちにさせ
られるだけかもしれない。名倉のそんな懸念から、一回目はその日の内に行わ
れることになった。そう、携帯電話を通して。
「はい、五代です。どうだった?」
 昼休みに頼んでから、現在時刻まで十時間足らず。過度な期待をせず、電話
に出た。
 ところが予想に反し、名倉の口調は弾んでいた。
「収穫あったよ。結構、探偵の素質あるかもって、本気で思い始めた」
「本当に?」
「いや。実際は、単にラッキーなだけかもしれないけど。えっと、まず櫛田。
笑っちゃうぐらい簡単明瞭な理屈で、櫛田は除外できる」
「え、もう候補から外せるなんて」
 信じがたい気持ちが沸き起こる。でも、名倉の口ぶりは得意げなままだ。
「こんなくだらないこと、クラスで噂になるほどでもないか。あいつ、猫アレ
ルギーなんだってさ」
「初耳よ。でも、猫アレルギーがどうして……」
「猫が近くにいるだけでくしゃみが出て、しばらく止まらなくなるらしい。猫
の死体に触れるはずないよ」
「あ、なるほどね。……」
 容疑者が一人減って喜んだのも束の間、気分が沈んだ。こんな簡単に疑いを
晴らせる人物を、犯人候補に入れていたことに後悔を覚えてしまったのだ。
「五代さん? 聞いてる?」
 名倉の心配そうな声に、我に返る。
「聞いてるわ。ごめん、続けて」
「二人目は先生の尾東で、多分、アリバイ成立ってやつに当たる」
「アリバイ?」
「尾東先生、昨日いなかっただろ。恩師の通夜と葬式に出るために、岩手の方
に行ってたんだ。一昨日の夜出発で、帰って来たのが今朝。岩手での状況が分
からないから、絶対確実とは言い切れないけれど、岩手とこっちを飛行機で往
復して悪戯をするとは考えにくいでしょ」
「そうね……」
 櫛田に続いて尾東先生も、あっさりと容疑の枠から外れる。また落ち込む理
由ができてしまった。
「残った木出川さんだけど、さすがに女子の情報はなかなか掴めなくて、まだ
何も分かんない。ひょっとしたら、五代さんが動いた方が早いかも」
「……」
「五代さん? もしもし?」
「あ、聞いてる。木出川さんのことはもういいわ。ありがとう」
「同じ寮にいるんなら、今晩、木出川さんの動きに注意してみれば、はっきり
するんじゃないかな。三日連続で同じことをする確率は、結構あると思う。こ
ういう場合、犯人は三回目ぐらいまでは安心していて、四回目から用心するよ
うになる――」
「やめて」
「え」
 思わず、強い調子で制した五代。戸惑いも露な名倉の声が、電話から流れて
出て、消える。
「少し、考え直したいの。頼んだばかりで悪いんだけれど、調べるのはしばら
く中止にして」
「……了解しました」
 寂しげで、でもどこかおどけた口調で、返事があった。


――続く





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