#5288/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/11/30 00:28 (201)
そばにいるだけで 54−8(文化祭編−前) 寺嶋公香
★内容
「二人?」
「ええ、そうよ。時間は空いているはずよね。まさか、そこまで詰まってない
でしょう?」
こういうことに嘘をつけない相羽。「それはそうだけど」と、反射的に答え
てしまった。
間髪入れず、手を叩いて喜びを露にする白沼。
「きゃあ、よかった! じゃ、決まりね。終わったあと、そうねえ……誰にも
邪魔されない場所がいいから……」
一人でどんどん決めていく。相羽は気持ちの上で、ため息をつきながら、聞
いていた。
「屋上がいいわ。本館の屋上に来て」
* *
一瞬、視界が黄色く染まる。
銀杏の葉が、散り始める季節になっていた。さわさわさわ……とこすれ合っ
て、風に乗って、斜めに流れていく。たまに、円を描いたり、急上昇したりし
ながら。
並木道の行き着く先には、学校がある。文化祭の横断幕が、風になびいてい
た。校門には、立て看板。その脇では、実行委員会の生徒だろう、男女二人ず
つが、早くも姿を見せた校外からの来訪者にプログラムを笑顔で配っていた。
「相羽。おまえの担当は何時頃だっけ?」
門を通ってすぐ、唐沢が相羽に聞いた。相羽は、何度言えば覚えるんだよと
言わんばかりに、素気なく応じる。
「午前十時から一時間、午後三時から一時間」
純子は二人の間で耳をそばだてながら、心の中でうなずいた。段取りに間違
いがあってはならない。
(相羽君の担当が終わる直前くらいに、久仁香と郁江を連れて来て、会わせる。
そのあと、三人で好きなところを回ってもらおう)
「おお、そうだった。遊びに行くからな、天文部」
「僕は新入部員なんだから、立場を考えてくれよ。大勢で押し掛けて、騒がれ
たら困る」
「わーってるって。心配すんな」
唐沢は相羽の後ろに回って、背中をどんと叩く。そして、相羽の抗議を受け
付けず、二人の間に割って入ると、純子に話し掛けてきた。
「涼原さんの予定は? 教えて」
「と、特に決めてない」
急接近してきた唐沢にびっくりし、どもりつつも答える。
「とりあえず、マコ――結城さんや淡島さん達と、一緒に見て回ることにして
いるの」
「でも、ずっと一緒ってことないだろ。淡島さんとかは、部の展示だってある
はずだし」
「うん」
「その空いてるとき、俺がお相手を」
自分を指さして言いながら、唐沢は横目で相羽を見やった。
相羽の方は、素知らぬ風に、前を向いている。ちょうど玄関に差し掛かり、
ガラス戸を片手で押し開けた。
「うーん、難しいかも。だって、合間には、芙美達が来ることになってるから。
待ち合わせて、少しぐらい案内してあげなくちゃ」
「そっか。そういえば、芙美のやつ、そんなこと言ってたっけ。くっそー、い
つも俺の邪魔をする」
頭をかき、憤慨のポーズをする唐沢。そうする間にも、相羽は数歩先に進ん
でいて、もう上履きに替えたところだった。
「僕も思い出した」
純子達が履き替えるのを待ちながら、話に加わる相羽。
「何日前だったか忘れたけれど、前田さんから電話が掛かってきて」
「前田さん? わあ、久しぶり! 何て?」
懐かしいと言っては大げさになるかもしれないが、小中学校を通じて友達だ
った前田の名を聞いて、純子は即座に反応した。唐沢にしても、「へえ。前田
さんが」と、いくぶん不思議そうに言った。
「文化祭に遊びに来るんだって。それで、日時や、学校関係者じゃなくてもフ
リーで入れるのかとか、同伴者がいてもかまわないかとかを聞かれたよ」
「同伴者っていうのは、立島のことか。気楽なもんだねえ」
唐沢が顎に手を当て、苦笑を浮かべる。
「いや、立島だとは言ってなかった」
「他に考えられるかよ」
「それもそうだけどな」
盛り上がりつつ、教室目指して歩き始める。
(それにしても、前田さんてば、電話して聞くのに、どうして相羽君にしたん
だろ?)
適度に相づちを打ち、階段を昇る純子の脳裏を、ふと疑問がかすめる。
(女子同士ってことで、私でもいいのに。……忙しいときに掛かってきて、出
られなかったのかな、私? でも、お母さんもお父さんも、そんな話してなか
った。まさか、白沼さんに掛けたとも思えないし)
前田と白沼の仲は、かつて立島を巡って一悶着あったから、さほどよい関係
ではないと考えられる。
(ま、いいか。そんなことより、前田さんが来るのなら、ぜひ会いたいな。う
まく時間が合えばいいんだけれど)
はっと思い当たって、純子は相羽の袖を引いた。
「ねえ、相羽君。前田さんが来るのって、何時頃か聞いてる?」
「具体的には、言わなかったよ。多分、昼を過ぎてからになるだろうっていう
ニュアンスだった」
「お昼過ぎかぁ……。うん、分かった。ありがとう」
ちょうど教室の前に差し掛かっていた。手を振って、相羽と別れる。
「涼原さんは結局、天文部に入んないのか」
相羽がいなくなった途端、唐沢が尋ねてきた。純子も、もうこの話には慣れ
てきていたから、軽く笑みをなしながら応じられる。
「ええ。これから先、本当に忙しくなりそうだから」
「仕事が?」
教室に入ったので、トーンを落とす二人。純子が自分の机に向かうのへ、唐
沢も着いてきた。
「ええ。クリスマス向けに色々」
久住の新曲が十二月に出て、その次には風谷美羽としての歌手デビュー。撮
りためてきた写真もまとめられ、来春いよいよ出版予定。本業?のモデルの方
も、いくつかこなす。
(あとは、今年もクリスマスイブにライブだわ。これは鷲宇さんと一緒だから、
その点は安心。それよりも、吉川美咲ちゃんのことが気になる……)
考え込む純子に、唐沢がのんびりした調子で言った。
「……そういえば、いまだに見学させてもらってないなあ」
「あ、ごめん!」
「いや、いいんだけどさ。そうやって仕事を多くするのは、今の悩み事から逃
げるためかい」
「え。それは、違うわ。仕事が重なったのは偶然」
「本当に?」
鞄を机の角に置き、疑るように目を細めた唐沢。今日は荷物がほとんど必要
ないから、鞄は薄っぺらく、支えていないと倒れてしまう。
純子はしっかり、うなずき返した。そうして、付け足す。
「ただ……これまで以上に忙しくなって、ほっとしているっていうのは、確か
にあるわ。認める」
「逃げてちゃだめなことも、あるんじゃないか。今の状況って、それに当ては
まると思うんだが」
「分かってる」
わずかにうつむき、奥歯を噛みしめる純子。じきに、面を起こした。
「……今日、みんな集まるから。できることなら、今日で全部おしまいにした
い。難しいかな」
「ちっとも難しくなんかない」
唐沢は意味ありげに、ため息をついた。楽観的な台詞とは正反対に、深刻な
印象だった。
「君が、相羽とくっついちまえば、おしまいにできるさ」
「唐沢君っ」
「分かってるよ。口で言うほど、簡単じゃないよな」
「……前に芙美が」
純子が町田の名を出したとき、チャイムが聞こえてきた。そそくさと場を離
れ、自身の席に向かった唐沢。純子の声は届いていたのか否か、分からない。
「――みんなあ! こっち!」
校門を入ってすぐのところで待っていた純子は、友達三人の姿を見つけて、
大きく両手を振った。そのまま駆け寄り、出迎える。
振り向いた三人の内、町田が真っ先に反応を示した。
「純、おはよ。と言っても、もう十一時前だけど」
肩から吊るすタイプのジーンズ姿の町田は、ポケットから手を出し、時間を
確認した。
「うむ。ほぼ、予定通りだ」
「珍しいね」
短く言って、富井と井口を見やる純子。富井は、リボン付きの大きな帽子を
手に、その場で足を踏みならした。
「ひどいわ、純ちゃん。まるで、私達がいっつも遅れて来るみたいな」
笑ってごまかす純子に代わり、町田がすかさず口を挟む。
「事実、そうでしょうが」
「もう、芙美ちゃんまでぇ!」
「私も含まれるの? 心外だなあ」
帽子を目深に被り直した富井の後ろで、井口がぽつりと言う。
「私はちゃんと約束に合わせて家を出るのに、郁江を誘うと、何故か遅くなる
のよね」
「裏切り者ぉ」
機嫌を損ねたか、先に一人で行こうとする富井を、純子がつかまえる。
「ごめん、郁江。私が変なこと言ったせいで。楽しくやろうよ」
「うん。もちろん」
振り返った富井は、笑顔だった。心配したほど、不機嫌になったわけではな
いようだ。
「さ、案内するわ。みんなも」
「改めてじっくり見ると、結構、大きい学校ねえ」
校舎を見上げたり、グラウンドを見回したりする井口。純子は大きな身振り
で、うなずいた。
「そうでしょ? 中身も盛りだくさんだから、順序よく見て回らないと」
天文部が展示をやっている地学室までの道中、純子は目に着いた出店や展示
を、町田らに簡単に説明してみせた。当然ながら、分かる範囲内で。
「占いが二つもあった」
怪訝そうな町田に、純子はプログラムに掲載された案内図で確認しながら、
言い添える。
「まだ他にも一つ、あるはずよ」
「三つもかい! 同一のお客さん相手に、てんでばらばらに占って、全く別々
の結果が出たら、どうなるんだろうね」
「それは……なるようになるっ」
笑ってごまかす純子。内心、来年クラス展示をやるときは、占いもいいなと
考えているのだが。
と、富井の歩みが遅れている。何事かと思ったら。
「おいしそうなお店が、いっぱい」
富井が言いながら、鼻をうごめかした。蛍光ペンがあれば、案内図の店名に
チェックを入れかねない。
「ここのクレープとケーキ、特によさそうな感じだわあ。和菓子もいいけれど」
「食べ物は後回しでしょう。お昼時でいいじゃない」
井口にたしなめられ、やっと普通に歩き出す富井。
と、突然、表情が緩む。相羽に会えることを、思い出したらしい。
しばらく歩いて、天文部の呼び込みポスターが、目立つところにたくさん貼
ってあるようになった。地学室が近いのだ。やがて、地学室の前へ通じる角を
折れた。
すぐさま、相羽の姿が目に入る。どうやら、廊下に出て待ってくれていたら
しい。受け付け任務の終了時間にはまだ少し早いようだが、他の部員に頼んで、
代わってもらったのかもしれない。
「わーい、相羽君だー!」
早速、駆け出す富井。両手を上げている。井口も遅れまいと、腕捲くりの仕
種を挟んで、続いた。二人とも、いつも以上に反応がオーバーであるように見
えなくもない。
取り残された町田が、「まーったく。他人の目を考えなっての」と、純子に
聞こえるようにつぶやいた。
「ふふふ、いいじゃない。久しぶりに会えたんだから、嬉しくてたまらないん
だよ、きっと」
「あれ? 純は知らなかったっけ? 割と会ってるみたいよ。あの二人、相羽
君と」
「そうなんだ?」
「ちょっと前に、勉強を教えてもらうようになったとか言ってたでしょ? あ
れが今も続いているんだって。相羽君に余裕があるときのみだそうだから、さ
ほど頻繁ではないでしょうけれどね」
「ふうん。そっか。よかった」
目を細め、安堵する純子。肩の荷が軽くなったような気がする。
町田はそれに対して、まだ何か言いたげに口を動かしかけた。
が、邪魔が入る。
――つづく