AWC そばにいるだけで 54−9(文化祭編−前)   寺嶋公香


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#5289/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/11/30  00:30  (197)
そばにいるだけで 54−9(文化祭編−前)   寺嶋公香
★内容                                         18/06/13 03:35 修正 第3版
「何してんのー、早く来なよー」
 手招きするのは井口。
 その井口と富井に挟まれる格好の相羽は、どことなく戸惑いの色を浮かべて
いる。それはそうだろう。純子は相羽に、町田達三人が来ることを告げていな
かったのだから。
 小走りで追い付いた純子は、相羽にわけを簡単に説明した。引き続いて、二
人を案内してくれるように頼む。
「――だめ?」
「いや。かまわないよ。でも」
 まだ戸惑いをぬぐい去れない顔つきで、相羽が言う。
「どうせなら君や町田さんも一緒に行かない? と言うよりも、当然、一緒な
んだろ?」
「ううん。違うの」
 さも当たり前のように振る舞う純子。作り笑いをして、続けた。
「私はこれから芙美と一緒になって、マコと合流してから、淡島さんところに
行くの。占ってもらうんだ。ね、芙美?」
「え、ええ。悩み事、リストアップしてきたわ」
 呼応して、胸ポケットをぽんと叩く町田。そこに手帳が入っているが、リス
トアップの件が本当かどうかは分からない。
「そう」
 相羽は短く言って、釈然としない様子を残しながらも、うなずいた。上唇を
舌で湿らせ、提案する。
「じゃあ、あとで……そう、昼頃、集まらない? 唐沢も来るだろうし、みん
なで昼食を」
「そ、そうね。うまく時間が合えば、そうするわ」
「うまくも何も、こんな――」
 相羽の台詞が途切れたのは、天文部の展示を見に来た一団のために、身体の
向きをずらして通路を広く開けたから。四、五人の新たな来客を見送ってから、
会話に復帰する。
「学校の中で都合をつけるぐらい、簡単じゃないかな?」
「それは分かんないわよ。だって、ほら。淡島さんの占いって、凝ってるから、
どれくらい時間が掛かるか、予測つかない」
 苦しい理由付けだという自覚はある。いたたまれなくて、純子は町田の腕を取った。
「さ、行きましょ。こうしてる間にも、どんどん時間が経つ。もったいないわ」
 そのまま相羽らに背を向けて、急ごうとする。
「分かった。できれば一緒にってことで!」
 相羽の声には、前を向いたまま、無言でうなずいた。

 特に目当てはなかったが、古着のバザーをやっているところがあったので、
そちらに足を向けた。いよいよ人出の増える頃合だからか、大変にぎわってい
る。お客の大半が女性で、年齢層は幅広い。出店側も予測していて、女性物の
品揃えが豊富だ。
「純、あんたさあ」
「ん」
 他と比べて人の集まりの少ないワゴン前に立ち、適当に手を伸ばしたり引っ
込めたりしながら、純子達はお喋りを始めた。
「さっきの様子からすると、遠慮はまだ続いているのかね?」
「……」
 聞こえないふりをしようと思い、ワゴンに身を乗り出す純子。服をかき回す
のに専念したい。だけど、町田の視線が痛かった。
「その話はやめようよ」
「いずれ、避けては通れないんだよ」
「それは分かるけれど……」
 元々小声だったのが、もっと小さく、弱くなる。
 町田は、純子のそんな態度が気に入らなかったのか、逆にわずかではあるが
音量を上げた。
「仮に、よ」
「え?」
 相手の唐突な切り出し方に、純子は話題が変わったのかどうか掴めなくて、
目で聞き返した。
「仮に今、目の前に、例の琥珀の男の子が現れたら、どうする?」
「……?」
 問い掛けの意味が、全く理解できない。純子は首を傾げてしまった。町田の
方は、じれたように同じ意味の言葉を繰り返し、さらに付け足した。
「琥珀の男の子を好きになって、相羽君への想いは断ちきれるかって、聞いて
るのよ」
「そ、そこまではっきりした表現をしなくても」
 思わず辺りを見回した。幸い、第三者に聞かれてはいないようだ。安心のた
め息が出る。
「はっきり言わなければ、あんたが分からないでしょうが。肝心なところで鈍
いんだから」
「うん」
 純子が鈍いことを認める返事をすると、町田は肩すかしを食らったみたいに、
がっくりうなだれた。
「……それで、どうなのよ。琥珀の王子様を取るか、相羽君を取るか」
「あは、意味ないよ」
 深刻な話の続きには違いないが、おかしくってたまらない。
 町田は当然、怪訝な顔つきになった。
「何がおかしいのよ。意味がないって、どういう意味」
「だって……同じなのよ」
 隠すつもりはなかった。過去、様々な経験から学んだ。隠し事はよくない。
「同じって?」
「相羽君が、琥珀の男の子だったの」
「――はあ!?」
 形ばかり、手にしていたカーディガンを、ぽとりと落とす町田。古着どころ
ではない。
「純! それって」
 純子は唇に右人差し指を縦に当てた。
「……それ、本当なの? どうやって分かったの。このこと、相羽君の方は知
ってるの?」
 声のトーンは落としたが、町田は気が急くらしくて、矢継ぎ早の質問だ。も
うワゴンなんかそっちのけ。場所が場所なら、純子の両肩に手を置いて、揺さ
ぶりかねない。
 純子は答えようとして、他のお客に気が付いた。こちらを見ているのは、自
分達が邪魔になっているということなのだろう。
「どこか静かな場所に行こ」
 町田もその提案に乗ってきた。だが、文化祭真っ盛りの学校で、静かな空き
教室があるはずもなく、結局、校舎外に出て、中庭の片隅を選ぶ。そこは、メ
インルートから外れているので、人も滅多に通らない。建物の壁を背にしても
たれると、朝からずっと日陰になっていたらしくて、空気がひんやりしていた。
「相羽君の家で、アルバムを見ていたら」
 話し始めた純子に、町田が首肯しかけ、その途中で思い出したみたいに聞い
てきた。
「いつのこと?」
「ああ、ついこの間。一ヶ月も経ってない」
「分かった。続けて」
「アルバムに、相羽君の小さな頃の写真があって……今と、感じがだいぶ違う
の。背も平均より低いくらいで。でも、目は一緒だった。私、その写真を見て
いる内に、この子と会ったことがあるような気がしてきて。――ううん、気が
してきたんじゃなくて、瞬間的に分かったの。琥珀をくれたのは相羽君だった
んだわって」
「ふう……ん。相羽君に、聞いてみたわよね、当然?」
「うん」
 町田は、表情を読むかのように純子の顔を凝視した。やがて目を閉じ、息を
漏らした。再び目を開け、
「そっかあ……。相羽君だったんだねえ」
 と、知らされたばかりの偶然に感嘆した風な口調で言うと、真ん前に向き直
って、両腕を大きく上に伸ばした。
 純子も正面を向いて、両手を身体の前で揃えた。言うべきことは言った。町
田の次の言葉を、あとは待つだけ。
 会話が途切れると、気付かなかった物音が聞こえてくる。一番大きいのは、
やはり文化祭のにぎやかさ。それに混じって、木の葉のこすれ合う音、遠くを
走る宣伝カーのアナウンスや電車の駆動が届く。団地で布団を叩いている、学
校の近所の家では、母親が赤ん坊をあやしているらしい。ピアノの演奏も、と
ぎれとぎれに聞こえてきた。小さな子供が練習しているのか、同じ箇所を何度
も繰り返している。
「結局さ」
 ピアノの繰り返しが終わり、次の節に進んだとき、町田が口を開いた。純子
は少しだけ振り向き、耳を傾ける。
「人の気持ちなんて、そう簡単に変えられるはずないよ。好きとか嫌いとかの
感情は、特にね。虫の好かない相手には、たった一つ欠点があれば嫌いになれ
る。その欠点が解消されても、すぐには変わらない。逆も同じ。一旦好きにな
っといて、特に理由もないのに忘れようだなんて、できっこないよ」
「……そうみたい」
「純。あなたは、相羽君が好きなんでしょう」
「……好き」
 即答はできなかったが、きっぱりと返事した。認めなくては。実際にどう振
る舞うかとは別に、自分の本当の気持ちだけは隠し立てしないことに決めた。
「ねえ。言っちゃいなよ」
「え」
「相羽君に、好きだって」
「だめ」
 これには即答できる。それがいいのか悪いのか、判断しかねるけれど。
 と、町田は、純子の拒否をまるで最初からなかったものとするかのように、
自然に続けた。
「言わないと、だめよ。さっきの話……琥珀の話を聞いて、ほんと、ますます
そう思った。巡り合わせっていうものは、確かにあるんだから。そこから逃げ
なくていいじゃない」
「……他の巡り合わせが、これからあるかもしれない」
「今以上のはない。私があなたの立場だったら、そう信じるけどね」
 珍しく、熱を帯びた調子の町田。そのまま言葉を重ねる。
「だいたい、好きなくせして何も言わずにあきらめて、どうするつもり? 辛
抱できるの?」
「私は平気……かどうか自信ないけれどね。少なくとも、みんながいる前なら、
平気に振る舞えるわ。これでもドラマ出演経験有りだから」
「ばかなこと言って」
 町田は肘鉄を食らわすポーズをし、自らの額に手をやった。何事かぶつぶつ
言ってから、人差し指を立てて仮定の話を始めた。
「じゃあ、久仁か郁のどっちかが、相羽君と付き合うようになったとして、平
気な顔をしていられるっていうの? 私には信じられないな」
「――」
 返事に窮し、目を見開く純子。想像したことがないわけじゃない。ただ、常
に結論を先送りしてきた。
(郁江や久仁香が、相羽君の彼女になるのは……つらいかな。白沼さんがなっ
てくれた方が、まだましな気さえする)
 黙り込んだ純子に、タイミングを計っていた風の町田は、その内、慎重な口
振りで始めた。
「相羽君の方だって純を好きだよ。間違いなく」
「――どうしてそんなことが言えるのかなあ。嬉しいけど」
 微苦笑のあと、ため息をつく純子。前髪が風に揺れて、おでこをくすぐった。
それを機に、首を左右に緩く振ると、髪を直す純子。
「言えるわよ」
「見れば分かる?」
「そうじゃなくて……それもあるけど」
 言い淀む町田。気になって、純子は横目で視線を向けた。
「けど、何?」
「まあ、いいじゃない。とにかく、いっぺんでいいから、自分の気持ちに素直
に従いなって。一回も正直になってないでしょ。ね?」
「……ごめん。約束できない」
「何でよ。簡単なことじゃない。あんた、郁や久仁と仲直りできたんじゃなか
ったの? 元通りになったんだったら、何て言うか、負い目に感じる必要、全
くないわよ」
「……」
「純。どういう風にして、仲直りしたのか、聞かせてくれる?」
「それは……私は失恋したけれど、二人は頑張って、と」
 純子が思い出しながら答えると、町田は表情を歪めた。左右の眉の高さが明
らかに異なるほど。
「何、それ。どういう意味。失恋したって?」
「だから、相羽君とはもう……」
「あんた、相羽君に告白して、ふられた?」
「え……っと」
「――私が聞いた話と、全然違うわね」
「はい?」
「言うつもりなかったけれど、純がそこまで隠すのなら、仕方ないと思うこと
にする。相羽君があなたに告白したんでしょ? それを、ふったんでしょ?」

――つづく





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