AWC 「透き徹ったガラスの向こう...」 File #5


        
#111/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KUC     )  87/ 2/ 8  14:53  ( 94)
「透き徹ったガラスの向こう...」 File #5
★内容

「嘘、そんな、そんなはずないわ。死んじゃうなんて。私が殺したのね。みんな
死んじゃうのね。私、死神なの?」
「そうじゃない。事故だよ」
「いいえ。セラに頼まれたのに、私ってなんてバカなの。セラの形見までなくし
てしまうなんて」
「違う。そうじゃないんだ。ペットはセラの所へ帰ったんだよ」
「セラの所へ?」
「そうだ」
「本当?」
「ああ」
「・・・」
 真赤な小動物の亡骸をみつめて、ミムは怯えていた。自分自身の死を予感する
かのように、絶望的な沈黙の中でふたりの吐息だけが響く。それでもふたりは確
かに生きていた。
 数日後、ミムのことが心配でこちらから電話した。それが、非合法なことであ
るなんてことは、すっかり忘れていた。
「元気かい?」
「ええ、なんとか」
「そうかい、そりゃよかった」
「なんか、よう?」
「別に。なんとなくね」
「あはは、ほんとは嬉しかったのだよ。そっちから、かかってきたの、初めてだ
もの」
「そうだな、貴女の顔に似あわぬ、ズッコケぶりの中毒になったなんていえない
からね」
「いったわねぇー。私だって、あなたのまぬけ面が見られないと淋しいのよね」
「ところで、そのまぬけ面より、愛をこめてズッコケさんへプレゼントがあるん
だ」
「愛ねえ。あなたが言うと愛でなく哀ね。この意味わかる?」
「さあな。どうせ、つまらん言葉の遊びだろう。藍、相、哀、それとも、I、i、
でなけりゃ、亜衣といったってわからんだろ、振った恋人の名前なんて」
「振ったんじゃなくて、振られたんでしょーが。格好つけてもだめよ」
「まあいいさ。それより、プレゼント、何だかあててごらん」
「どーせ、骨董品のガラクタかなんかでしょう。それっきゃない」
「あたったぁー。でもガラクタはひどいな」
 そういって、僕が取り出したのは、ゼンマイ式のめずらしい金の懐中時計だっ
た。
「何、それ。変わったペンダント?」
「いいや、時計さ。このネジを巻くと、ほら動き出した」
「まあ、かわいい。その針、動くのね」
「そうさ。これから、そっちへ転送するよ」
「だめよ。この前、セラのペットで失敗したでしょ。危険よ」
「だいじょうぶ。今度は、動物じゃないし、それに、転送方法も改良したからね」
「そう。私ね。あれから、また、動物園のペットをちょうだいしちゃって。もち、
セラのと同じのよ。それで、地球環境に適応するように生体変換しようとしたの。
でも、だめだった。生体変換の時の苦痛に耐えられなかったのね。もがいて、ま
た、死んじゃった」
「そりゃぁ、無理だよ。小動物じゃ、体力がたらないからね。人間だって、とて
も、危険なんだ。成功率は三十パーセント未満なんだから。それに生体変換は一
度しかできない。もとに戻りたくなっても、抗体のために二度めは、一巻の終わ
りさ」
「でも、お医者は、成功率三十パーセントでも手術するわ。それと、おんなじよ」
「違うよ。手術しなければ、死ぬという場合と、その必要がない場合ではね」
「そうかしら。もし」
「まあ、いいじゃないか。それより、これ送るよ」
 この前のようなひどいことにはならずに、無事、懐中時計はミムのもとへ届い
た。
「あら。音がするわ。まるで、心臓の鼓動みたい」
 ミムは懐中時計を耳にあて、つぶやいた。僕はニヤニヤしながら言った。
「そうさ。その音は僕の取り外した心臓の鼓動の音さ」
「よく、ゆーわ。毛のはえた心臓がこんな音たてるもんですか」
 とにかく、悪態をつきながらも、ミムは内心、喜んでいるようすだった。
 それから、僕等は、美しい映像と音楽で、その場を演出し、時を過ごした。
 なめらかなメロディと華麗な景色の中で、ふたりは幸せだった。
 求めあうふたりの心が八十六光年の空間を超え、宇宙を駆ける。
 きらめくような時が静かに流れ、沈黙の中にふたりは言葉なき言葉を見いだす。
 そして、遥かなる宇宙の闇の繭を紡ぎ、無限の時の輪を編んでゆく・・・

 まったく、今日はついてない。この前、ミムの転送騒ぎでメッタメタにされた
コンピュータさんの機嫌がすこぶる悪い。どうも、完全になおってないようだ。
おかげで、ホームキープシステムがお手あげで食事どころかコーヒーも飲めない
しまつ。
 ところで、今日は必ずミムから電話があるはずだ。なぜかといえば、次空歪み
の運動周期がデッドポイントにさしかかってるのだ。
 そのため、今後三ケ月間は地球、フェラス間の通信は不通になる。だから、そ
の前にきっと電話がかかってくるはずなのだ。
 だが、まだかかってこない。しびれをきらして、こちらからかける。しかし、
継ながらない。ミムは何をやっているのだ。
 たびたび、通話を試みる。だが、ミムはでてこない。なぜ、どうして、でない
んだ。
 機械の故障か? そんな、はずはない。通話用のコンピュータは正常だ。ホー
ムキープシステムのコンピュータも完全に修復した。
 コーヒー片手に、いらいらと時を過ごす。
 とうとう、かかってこなかった。
 これで、三ケ月間は音信不通になるのだと思うと、なぜか、急にミムに会いた
くなる。
 実際に会ってみたくなる。ばかげたことだが、どうしても会いたい。
 九十日余りが、永遠の時のように長い。
 一日一日が、のろのろと過ぎてゆく。圧縮された思いが、一滴一滴、溜ってい
く水のように、ゆっくり、ゆっくり溜っていく。
 加圧されたオートクレーブのように、心の中は殺菌され、思いはひとつに。

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