AWC 「透き徹ったガラスの向こう...」 File #4


        
#110/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KUC     )  87/ 2/ 8  14:50  ( 95)
「透き徹ったガラスの向こう...」 File #4
★内容

「違うよ。貴女じゃない」
「いいえ」
「いや、貴女が悪いんじゃない」
 しばらく、沈黙が続いた。息づまるような時のなかで、彼女の気持が少しは落
ちついてきたのがわかった。この腕でしっかり抱きしめてやりたかった。だが、
それは無理。やさしい言葉をかけようにも、適当な言葉がすぐには思い浮かばな
い。ただ、じっと、彼女の瞳を見つめているだけ。
 フッと、彼女の表情にいつものやさしさと笑みが戻ったように見えた。
「さあ、詳しく話してごらん」
「セラはね、今のフェラスの体制にあわなかったのね。いたずら書きしてみた落
書きが気にいらなかった時のように、自分の人生を消してしまったのね。自分自
身の手で」
「それで?」
「それだけ。ゴミ箱の中にポイよ。後は出力を最大にセットされた原子分解消却
炉が、セラの体を亜素粒子の単位に分解してしまったというわけ」
「ゴミ箱にポイか。まるで、しおれた花瓶の花でも捨るみたいに簡単に自殺した
んだな」
「そう、さりげなく死んじゃった。彼女、言ってたわ。『少々、変わった私みた
いのがいたって、大勢に影響ないじゃない。体制側のやることってわかんないわ。
彼らの好きな統計学からみたって、わかるはずよ。平均化すればバラツキもくそ
もないわ。私なんて、誤差範囲よ。なのになぜめくじらたてるのかしら』そう言
って、彼女、自分のこと誤差だって。ゴミみたいなもの、でなけりゃ、盲腸のし
っぽだってさ。私も変わってる方だけど、彼女は特別だったわ」
「セラも貴女も、別に変わっちゃいないさ。変なのは大勢、いや体制側の方さ」
「それなら、相対的なものね。価値なんて、みんな相対的なもの。絶対的なもの
なんて何もありゃしないわ。それなのに、彼女、死んじゃった」
「死も相対的なものかもしれないよ」
「いいえ、死は絶対的なものよ。彼女は絶対生き返らないもの。絶対」
「そうかもしれない。でも」
「そうよ。絶対、絶対に生き返らないわ」
「まあ、いいさ。それなら、それで。だけど貴女まで、死ぬことはないだろう」
「なによ、私は死なないわよ。死ぬなんていった覚えないわよ」
「いつまでも、彼女の死を悲しんでばかりいる貴女の心は、生きているといえる
かい?」
「死んじゃってるともいえないでしょ。私、元気よ。元気なんだから。もう、悲
しんだりしてないもん。してないわ」
「まあ、まあ、それなら、それでいいさ。むきにならなくたっていいんだ」
「むきになってなんかいないわよ。それよりこれ見て」
 彼女は透明なケースの中に入れられた、真赤な亀のような兜蟹のような変な生
きものを見せた。のそのそと動くそのようすにはユーモラスな哀しさがあった。
「何だい? その生きものは?」
「死んだセラのペットよ。彼女、死ぬ前の日にケースごと郵送してきたの。預か
ってほしいって。もともと動物園から持ってきちゃったものなの。ペットを飼う
のは禁止されているのに、それをどうどうと透明のケースにいれて、【小動物の
超精巧シュミレーションロボット】と書いた札をつけて送っちゃうんだから、ま
ったくたいした人よ、彼女は。常識的なことしか考えない人達に、超常識なこと
がわかるはずないって言うのよ」
「非常識でなく超常識か、まったくだ。常識病患者の規格品信者どもに、わかっ
てたまるか。絶対わからんさ」
「とゆーわけで、この、かあいいのか、かわゆいのか、それとも気持悪いのかよ
くわからない、ペットちゃん、そっちへ送るわ」
 ふと、あたりが、薄暗くなったかとおもうと、その辺の機械がすべて狂ったよ
うに作動始めた。すべての機械は、コントロールを失い、生体転送機と物質転送
機の放出域がひろがり始め、やがて、重なり、発光し、悲鳴をあげ、うなりだし、
コンピュータは過熱し、ブレーカーがふっとんだ。
 瞬間的にバックアップ電源が入り、すぐに復帰したが、あたりはもう、メッチ
ャ、クッチャ、嵐の後のピカソの芸術。
「何をしたんだ」
「何って、転送したのよ。セラのペットちゃん。そっち行ったはずよ」
「あのなあー、八十六光年のかなたから、転送できるわけないだろ。膨大なデー
ター量だぞ、それに、精度はどうした」
「あら、この前、あなたがしたのと同じよ。3Dデーターを送った時、精度をあ
げるのに低い精度で同じデーターをたくさん送り、平均化して精度の良いデータ
ーをとりだしたでしょう。それと同じ原理よ。セラが言ってたこととも同じよ。
平均化すればバラツキもくそもないって。たった一個のデーターの精度をあげる
のにめくじらたてるより、始めから誤差を考えて、たくさんのデーターを統計学
的に用意すればいいのよ。簡単なことよ」
「膨大なデーター量は、どうするんだ」
「それも同じよ。一本の回線で、送ろうとせずに、分散していくつもの複回線で
送ればいいのよ。商用回線のデーター帯域の隙間を利用して多重データーにして
送っただけのことよ」
「それは、それでいい。だが、こっちのコンピュータ、その他もろもろの機械が
コントロールを失ったのは、なぜ?」
「それも、簡単。セラの自殺と同じなのよ。人間に危害を加えることができない
ようになっているホームキープシステムのコンピュータの基本プログラムも最優
先緊急非常事態コードを受信すれば無効になるわ。セラも私には負けたくなくて、
この秘密コードをみつけて解読したのよ。なんで、こんなコードがあるか不思議
でしょう。セラがデーターバンクのデータープロテクトを解除して得た情報によ
ると、体制側の管理者が戒厳令を施行するためだそうよ。セラは原子分解消却炉
に、自分を放り込むために使ったけど」
「ついでに、こっちのターミナルのキャパシティも考えてくれると、良かったん
だが」
「あら、そうね。そのようね。でも、そろそろ、亀さんもどきのペットさん、そ
っちに着く頃よ」
 そう、ようやく真赤な亀さんもどきのペットさんは、八十六光年の宇宙空間の
かなたから、とにかく、やって来たには来たのだが。
 のそのそと数歩あるくと、急に頚をひねらせて苦しそうにもがき、ひっくりか
えり、ケイレンして動かなくなってしまった。
 それを見たミムは血のけがひいて、ブル、ブル震えだした。
「あっ、ああああ、ケースの中に入れて、いっしょに、いっしょに送ったのに」
「無理だったんだよ」
 フェラスの生物が、地球の大気中で生きられるはずない。

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