AWC 『瀬戸内海は殺人日和...(2)』


        
#35/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  86/11/ 4  20:17  (251)
『瀬戸内海は殺人日和...(2)』
★内容

一雄はむこうずねを押さえてうずくまっている、よほど痛かったようだ。
郁子は二人のやり取りに軽く笑ってから、急に真剣な表情で話し始めた...

「刑事さん、これは事故なんかじゃ有りませんわ、あの人は殺されたのです」

青い顔で思い詰めたような郁子の表情を見て、驚いた一雄はむこうずねをさすり
ながら質問する。

「どうしてそう思うのですか?」

「あの人は誰かに脅迫されていたのです、殺してやると言う手紙を持っていましたし、

 私を今度の旅に連れ出したのも心細かったからだと思います」

泉は目を輝かせて郁子の話を聞いていた。

「貴方は長谷山氏のなんですか?」

多分ご覧になって分かると思いますが今風に言うと愛人ですわ」

口元に自分自身をさげすむような薄い笑いを浮かべて郁子は言った...

「ところで、その脅迫状の相手に心当たりはありますか?」

「あの人はやり手だったし、欲しいと思ったものはどんな事をしても手にいれる
 タイプの人でしたから恨みを買うことは多かったと思いますが、誰からきたのかは
 私では分かりません」

郁子はよくみると非常に整った顔立ちの女だが、
疲れたような印象は拭いきれない...
対照的に若さで元気一杯の泉が口を挟んだ。

「その脅迫状って今でもあの人が持ってるの?」

「ええ、船室のアタッシュケースに入っている筈ですわ」

一等船室のアタッシュケースを開けると衣類やビジネスのノート類に混じって
黒い手帳に挟んだ便せんが見つかった。

「必ず殺してやる」

という一行だけのメッセージだが、かえってあれこれ書いてないだけ不気味であった。

普通の便せんに書かれたこのメッセージは何の手がかりにもなりそうに無い。

「この手紙はインクで書かれているわ、万年筆かしら?珍しいわね」

泉は便せんをひっくり返してみたりしている...目が輝いているところを見ると
何か手がかりがあったらしい...
こんな紙きれ一枚で何が分かると言うんだ???

「何か分かったのかい?」

「貴方も刑事なら少しくらい自分で考えたら?」

ツン!とした返事はさっきの紹介の仕方がまずかったようだ...

「いいじゃあないか、教えてくれよ..」

考えても何も分からないことは明白なのであっさりとカブトをぬいだ。
泉は子供にお菓子をねだられた母親のような顔をして...

「しかたないわねぇ..先ずこの手紙はペンか万年筆で書いてあるでしょ..
  と言うことは中年以上の人ね、そしていつも何か書いている人だわ...
  でも事務関係の人じゃないわね、事務はボールペンかワープロが主流だから」

「どうしていつも何か書いているとわかるんだ?」

「貴方ペンや万年筆なんて使ってる?」

「いや、使っていない...多分引出しの隅に転がってるかな?」

「でしょ?いつも文字を書かなくて筆記用具が手に馴染む必要のない人は
 万年筆なんて使わないものよ」

いつもながらこの娘の推理には驚かされる...

「じゃあどうして中年以上だって分かる?」

「今時の若い人は水性ボールペンって便利なものがあるからペンや万年筆なんて
 使う人は少ないわ、私は、ほら使っているけどね」

と言ってワインレッドの万年筆をバッグから取り出した。

「万年筆って英語で’Fountain Pan’って言うの知ってる?
 Fountainって噴水とか泉っていう意味があるのよ...
 だからなんとなく愛着があるのね..」

万年筆の英語の解説までしてもらったが、全くこんな紙きれ一枚でよくそんなに
分かるものだ...

「見る人が見ればある程度は分かるものよ!」

泉は得意そうに鼻をうごめかした。

「そう言えば必ず万年筆で書くものって言うと...」

何か思いだしたようだがそれ以上は確信がないのか口をつぐんだ。
波静かな瀬戸内海を船はゆっくりと高松港に近付いて、窓から四国の玄関口、
高松の街が見えてきた。

詳しく調べることを約束して郁子と別れた一雄と泉は死体の所持品を調べようと、
通路を後部デッキへと歩いて行く...
後部デッキに船員が一時的に行った立入禁止の紐をくぐった。
白い布に覆われた死体の所持品を調べると20万ばかり入った財布とクロスの
ボールペンが一本、麻のハンカチにロングピースの封を切ったばかりの物と小さな
ポリ袋に密封されたEP−ROMが一個見つかった。

これは一体なんだろう??
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EP−ROMとはROMライターでプログラムを書き込めるROMで、イレーサーを
使えば消すことも出来る。
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そこに山本晴彦と名乗った気のよわそうな男がきて、不安そうに話しかけてきた。

「あのう...刑事さん、私達はこれからどうなるのでしょう」

「高松港に香川県警がきていますから事情聴取を受けてすぐ帰れますよ」

まさか殺人事件らしいとも言えず、気休めを言ってゴロワーズの煙を吐き出す...
辛いタバコだ...両切りのためキザミが口に入り、なおさらそれが気になる。

男も内ポケットからロングピースをとりだして封を切るとライターで火を付けて自分を

落ち着かせるように深く煙を吸い込んだ。
一雄の横に立っている泉は机に並べられた所持品を見て何か考えている...
その時山本という男が思い切ったようにぽつりと言った。

「あの女のおかげで部長はこんな事になったのです」

「ええっ!それはどういう意味ですか?」

「大田郁子からお聞きになったと思いますが、部長とあの女はできていたのです。
 それまでの部長は、確かに強引なところもありましたが仕事は出来るし、
 面倒味のいい 親分肌の人だったのです...
 それがあの女がきてからは自分の仕事はしないし部下の仕事は横取りするしで、
 もうめちゃくちゃでした」

「ほう!その他に人に恨まれているような事はありませんでしたか?」

「本当か嘘かは知りませんが、
 どこかの奥さんと仲良くなったと言う噂は聞いています」

「それは誰だか分かりませんか?」

「いえ、そこまでは分かりません...」

その時隣にいた泉がハッキリした口調で山本に話しかけた。

「貴方達は、ずっと一緒だったのですか?」

「ええ、あの女と部長が後部デッキに上がるまではずっと一緒の船室でしたよ」

「じゃあ、そこで何か飲んだり食べたりしましたか?」

「ええっと...
 皆で自販機のカンジュースを飲んだだけで他には何も食べていませんが ...
 そうそう食べ物とは違いますが、気持ち悪くなったとかいって部長は浅野先生から
 船酔の薬をもらって飲んでいましたね」

泉がうなずいたのはなにか納得したようだ。

「最後にお聞きしたいのですが部長さんは泳げましたか?」

「いいえ、テニスもゴルフも得意なスポーツマンの割に泳ぎだけは苦手で
 全然泳げませんでした」

山本晴彦はまだ火を付けたばかりのロングピースを灰皿にこすりつけると
軽く会釈して一等船室に消えて行った。

一雄は真面目な顔の泉に聞く....

「どう思う?」

「よほどの偶然がない限り殺しでしょ、
 だって泳げない人ならなおさら水に落ちたときはあばれてモガクに決っているもの
 きっと落ちたときには意識がなかったか、既に死んでいたのよ」

「犯人は誰だろう?」

一雄はいくらなんでも調子のよすぎる質問をした...
さすがの泉も首をふって...

「まだよくわからないわね、大体この事件の輪郭は掴めて来たようだけど」

「僕には輪郭どころか、まだなんにも分からない???」

「平気よ!私達がここにいるうちに解決すればいいんでしょ!」

泉は自慢そうに胸を反らして大きく出た、何か自信があるようだ。
汽笛をならしながら、ゆっくりと高松港に着岸した『伊予丸』から乗客が我先にと
降りて行く...40分も遅れたのだから無理もない。
そして今度の関係者が最後に降りて、待っていた香川県警のパトカーで一番近い
高松北署に同行することになった。

死体は救急車で鉄道病院に運ばれて司法解剖を受けるという事である。
丸の内の高松北警察署に行った5人はそれぞれ別の取調べ室で事情聴取をうけて、
終ったのは夜7時にならんとする頃であった...
幸い関係者5人とも取ってあるホテルは高松東急インなので北署から歩いても行ける
くらいの距離だ。

ホテルに帰ろうと北署の古めかしい御影石の階段を降りかけた時、
後ろから聞き覚えのある声がした。

「おい!高村じゃないか?こんな所でなにをしているんだ?」

茶色のスーツと、花柄のはでなネクタイを締めた太った男がこちらに話しかけている。

振り返った一雄は、警察学校で同期だった水野功の顔を見て驚いた!
そう言えば水野の実家は四国の坂出だった事を思い出した、
彼は2年前結婚と同時に四国に帰ったのだった....

「なんだ!水野じゃないか、久しぶりだなぁ...おまえはここの勤務か?」

「捜査一課の主任をして居るんだ」

昔から成績の良い男だったが、もう捜査主任をしているとは思わなかった。

「そりゃあ凄いじゃないか?」

少し離れて立っている泉に目を止めた水野主任は....

「おい、高村...おまえに妹がいるとは聞いていなかったが?」

「ああ、あの娘は...ええと..結城泉と言って俺の姪にあたる娘だ...」

説明しにくいので頭に手をやっていいかげんな事を言う。
水野功は泉をチラッと見ると、意味ありげに笑った...そして少し離れている泉に
声をかける...

「お嬢さん、高村なんか恋人に持つと苦労しますよ!」

突然話しかけられて驚いた顔の泉だったが、すぐ笑いながらそばにきた。

「あら!私の事を正直に話したの?バカねぇ妹か姪とでも言ってごまかせばいいのに」


一雄はダァ!と言うように手のひらで目を塞いだ...
水野主任はそら見ろというように笑っている。

「フン!おまえの嘘が見抜けなくて捜査主任が勤まるか!
 しかし奥手のおまえにしては上出来じゃないか、こんな可愛い娘どこで見つけた?」


可愛いいと言われて泉は機嫌がいいようである。
水野主任は同期で一番早く上司の娘と結婚しているのだ。...
後でいいところに夕食を食べに行こうと言う水野主任にホテルを教えて、7時半には
高松東急インにチェックインした。





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