AWC 『瀬戸内海は殺人日和...(1)』


        
#34/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  86/11/ 4  20: 5  (238)
『瀬戸内海は殺人日和...(1)』
★内容
                          『瀬戸内海は殺人日和』

           原作 旅烏
           校正 HIDE

<< 前作までの紹介 >>

高村一雄は28才の愛知県警捜査一課の鬼?刑事である。
『BOPPO氏密室自殺事件』で、ひょんなことから知り合ったミステリー好きで
可愛い19才の結城泉と恋人同士になってしまった....

学校の夏休みが終る前に旅行したいという泉に、惚れた弱味で休暇を取るはめに

なった一雄は.....
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前作までのシリーズは名古屋CITY−NETのDATABASEのSTAGEに
掲載してあります。
前後関係が良く分からない人は見て下さい。
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14時54分に宇野港の岸壁を離れた宇高連絡船『伊予丸』は、のどかな午後の
日差しを浴びてオレンジ色の船体をこきざみに震わせながら瀬戸内海に白い航跡を
残していった。
最後部のデッキには白い帽子に赤いTシャツと白のキュロットスカート姿の泉と
くたびれた紺のサマースーツにストライプのネクタイを締めた高村刑事がいる。
潮風に吹かれながら眉をしかめて泉が言った...

「ダサイなぁ...もう少し旅行らしい格好はできないの?」

一雄は開き直ったように胸をはると...

「悪かったな!これが刑事の制服だ!!!」

「二人で旅行している時くらい制服なんてやめてほしいわ!」

泉と高村一雄の二人は『BOPPO氏密室自殺事件』が解決したので、休暇をとって
香川県の高松市にある栗林公園と琴平の金比羅参りに来たのである...

もちろん夏休みの最後を旅行したいと言う泉の半ば脅迫じみた希望の結果だ。
行き先は一雄が決めたのだが、修学旅行以外旅をしたことがない一雄には若い娘が
どんな旅行先を希望しているか考えるデーターが決定的に不足していたため栗林公園、

金比羅参り二泊三日の修学旅行コースになってしまった...

それを聞いた時の泉の反応はフグのように膨らんだ顔を見るまでもなく、
お分かりいただけるであろう。

それでもなんとかなだめて新幹線に乗り込んで、岡山で宇野線に乗り換え、
終着の宇野港から宇高連絡船に乗ったところである。
そこで一雄のビジネス然とした服装に、泉が文句をつけたシーンが冒頭のやりとり
である...

「おい、よせよ痴話喧嘩だと思われるだろ。」

あたりを見回しながら一雄が言った。
頭にきている泉はそんな事に頓着しない....

「だって本当に痴話喧嘩なんだもの、しょうがないでしょ..」

その時連絡船の後部デッキには中年のやり手サラリーマンといった風貌の
小太りの男と社内恋愛のオールドミスといった感じの化粧のハデなOL風の女が
手すりにもたれてなにか話をしていた。

一雄は泉の腹立ちをまぎらそうと、話をそらすことを試みた。
中年サラリーマンのカップルのほうに顔をむけながら..

「おい!あれを見てみなよ、不倫の関係かな?名探偵には何に見える?」

二人のほうをちらっと見て、スパッと切り捨てるように答える泉。

「妻子ある上司とオールドミスの不倫の関係ってとこね、きっと」

少し気分がなおったらしい泉は、微笑みながら一雄の顔を見上げた。

「私達はなにに見えると思う?」

「ハンサムな青年と気の強い女子大生の恋人同士だろ?」

泉はニッコリ笑って...

「可愛い娘に手を出して逃げられなくなったスケベ刑事と美人の白雪姫よ!!」

やっと少し機嫌がなおってきたようだ...ヤレヤレ...
これでやっかいな事件さえ起こらなければ...

一雄はサマースーツの内ポケットからゴロワーズという外国のタバコを取り出して
口にくわえた、つい最近ヨーロッパに行ってきた向いの机の婦警からの土産だ。
なにぶん1カートンも貰ったのでイヤでも吸わなくてはいけない...
さすがにこの両切りの辛いタバコは泉がくれと言わないので、好みではないが、
この旅行に持ってきたのである。

向こうの不倫カップルは深刻そうな話らしい...その時細面の眼鏡をかけた
サラリーマン風の男が歩いて来た。
やり手風の男と二言三言話すと、デッキの端の自販機へ行ってガタンとタバコを
出して、戻ってきて男に渡した...
多分あのやり手風の男の部下かなにかでタバコをきらした男に自動販売機まで
買いに行かされたようだ。

「では部長、私は船室に行っていますので...」

潮風に乗って7−8M離れた向こうの会話がとぎれとぎれに聞こえてくる。

「あらら、あの人部長さんなんですって、以外と偉いのね...貴方はいつ警部に
 なれるの?」

「警部なんて簡単になれるもんじゃないぜ、まず警部補になってからしか試験も
 受けられないし、そのまえにも巡査長とかいろいろ役があるからね」

「へぇーー!じゃあ佐々警部はあんなヤクザみたいな顔してるけど偉いのね!!」

悩みのない女子大生はいかに名探偵といっても他愛ない事に感心するものだ...
鬼よりこわい捜査一課の佐々警部も泉にかかっては、かたなしである。

やさしい潮風に泉の帽子からこぼれた前髪が流れてシネマの女優みたいな整った
横顔に見とれていると...突然!

「あぶないっ!!」

「キャーーーッ!」

泉とOLの叫び声に振り向くと、その部長と呼ばれた男がちょうどタバコを
くわえたままグラリとゆれて、前のめりに海に落ちる瞬間だった。

一雄が手擦りまで走って海をのぞき込むと男は船尾から15M位離れた白い航跡の中に

うつぶせに浮かんでいる。
とっさに手擦りに付いている浮き輪を取り外して思いっきり投げると、青い海と空を
バックに、まるでスローモーションのように飛んだ浮き輪は男の2Mほど
手前に落ちた。

「あの人浮き輪につかまらないわよ?」

「だって今、海に落ちたとこだろ?おかしいなぁ...」

「はやく、はやく助けて下さい!お願いします!!」

女は顔色を青くして哀願している...
ちょうどそこに悲鳴を聞いて船員が走ってきたので、一雄が船員の腕をとって叫んだ。


「人が落ちたんだ、早く止まってくれ!」

船員も航跡の中に小さくなっていく男を認めると非常ボタンをおして停船を
知らせたが、なにしろ陸上を走る自動車と違って図体はでかいし
惰性はついているしで、なんとか船を戻してカッターを降ろし男を拾い上げたのは
30分もたってからだった。

その間に一雄は警察手帳を見せて、女と部下らしい男に身元を聞いた。
落ちたのは、名古屋のソフトハウスでエイプリルカンパニーという会社の技術部長で
長谷山恒男という42才の男だった。
女は同じ会社の大田郁子という28才のOLだった、
別に刑事事件という訳でもないので詳しくは聞かなかったし、
女も話したくなさそうだったから...
もう一人のタバコを買いに行っていた気の弱そうな細面の眼鏡の男は、
山本晴彦という30才のプログラマーである。
これで男が生きて帰って来れば、なんの問題もないのだがカッターから引き上げられた

男はすでに冷たい死体となっていた。
こうなると事故死であろうと自殺であろうと、一応調べはしなくてはならない、
詳しい調べは香川県警が行うと思われたが目撃者としても現職刑事だから
知らん顔なんて出来ないのだ。

平気な顔で死体をのぞき込みながら泉が言った。

「おかしいわね、だってこの人、海に落ちてから全然泳がなかったみたいだし、
  たとえカナヅチでも少し位はもがくものでしょ?」

またもや、泉のミステリー癖がでたようだ...
こんな旅先までややこしい事件はごめんだと思った一雄はわざとそっけない
返事をする。

「事故死じゃないか?」

眉をひそめた泉は周りの人垣に聞えないよう、一雄の耳に口を寄せてささやく。

「もしそうなら、心臓マヒだと思うけど...少し様子がおかしいなぁ?」

どうしても殺人事件にしたいらしい...
その時人垣をかきわけて中年の顔色の悪い痩せた男が黒い鞄を持って
ヌッと顔をだした。

「長谷山さん!ああ...なんて事だ」

「ちょっと、失礼ですが貴方は誰ですか?」

一雄がその男の肩をポンと叩いて警察手帳を見せながら質問する。

「ああ、刑事さんですか..私はこの人の友人で浅野という医師ですが」

「さっきまでどこにいたのですか?」

「一等船室で居眠りしていました、なにしろ昨日は遅かったもので」

なんでも最近長谷山部長は体調がすぐれず、出張にはいつも主治医の浅野医師が
同行しているという事である。

長谷山は徳島にあるソフトハウスに新しいワープロソフトを納品に行く途中で、
OLの大田郁子は出発前夜になって電話で誘われたとの事である。
名古屋駅でプログラマーの山本晴彦を伴った長谷山と合流し、
岡山経由で宇高連絡船に乗り込んだらしい...
何かそわそわと落ち着かない浅野医師は、
食事をするからと言って食堂のほうに歩いていった...こんな時食事などと、
どうも態度が不自然に思える。
思わぬ事故で高松到着は40分ほど遅れるというアナウンスが入った。
泉が袖を引いて、一雄を通路のすみっこに連れだし、
やじうまに聞こえないように言った

「死体の所持品を調べたほうがいいわよ...」

「どうして?」

「ひょっとすると殺人事件かも知れないわ」

「ただの事故じゃあ無いのか?死体には外傷は全く無いぜ?」

「海に落ちてから少しも動かなかったのが、どうしてもおかしいと思うのよ」

貧血を起して一等船室で休んでいた大田郁子が近付いてきた。

「あのぅ、ちょっと話が有るのですが」

「はぁ?なんでしょう?」

郁子はちらっと泉の方を見る...
泉の存在を気にしていると気付いた一雄は、ことさら軽く言った...

「ああ、コレはいいんですよ私の連れですから」

泉は靴の先でいやと言うほど一雄のむこうずねを蹴飛ばした。

「いてぇ!なにすんだよっ!」

「私をつかまえて、コレとはなによっ!
 あのう...私はこの鈍い刑事さんの恋人で、結城泉と言います、本当に鈍い恋人
 持つと苦労しますわ...ホホホ」





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