#36/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 86/11/ 4 20:31 (258)
『瀬戸内海は殺人日和...(3)』
★内容
フロントで確かめたら、他の関係者3人は既にチェックインして部屋にいると
言うことである。
こんな事件が起こっては夜の高松を出歩く気にもなれないだろう。
ここで泉はフロントマンに誰かのホテルカードを見せてもらったようだ...
一雄と泉もシングルを2部屋取ってあった...
おたがいに、ツインとかダブルなんて頼むのがテレくさかったせいもある...
別々の部屋に別れてから荷物を置いた一雄は、洋服を脱いでシャワーを浴び、
ガウンをはおったところでドアをノックする音が....
ドアをあけるとブルーのギンガムチェックのワンピースに着替えた泉が立っている。
「どうしたんだ?」
「恋人の部屋にくるのに特別の理由がいるの?」
泉の瞳が濡れたように光っている...
そのまま倒れ込む泉のしなやかな身体を受け止めると、どちらからともなく
唇があわさった...
ドアを閉めてチェーンをかけ、キスしたままベッドに倒れ込む二人...
「ねぇ、ファスナー.....」
目を閉じたまま小さな声で泉がささやいた。
あわててワンピースのファスナーを下げ、袖から片腕を抜いて泉の白い肌が
あらわになる......
泉は明るい室内が気になるらしく、目を閉じたまま消え入るような声でいった。
「お願い、部屋を暗くして..」
言われるままに室内を暗くして、映画ならフェードアウトといういいところで
突然無粋な電話がなった。
一雄は荒い動作で電話を取って不機嫌な声で怒鳴る!
「はい!499号室の高村だけど」
「ロビーに水野様と言われるお方が見えております」
やけに丁寧なフロントマンの声だ...
しかしこの場合は世界一丁寧な言葉でも一雄の気持ちを楽しくすることは
出来なかっただろう...
「分かりました、すぐ降りて行くと伝えておいて下さい」
たたきつけるように電話を切った...
あの野郎!こんなに早くこなくてもいいのに!
泉はワンピースの袖を通して自分でファスナーを上げると、
上気した顔で笑いかける..
「残念だったわねぇ...フフフ」
「くそぉ!さあメシだメシだ!水野がロビーに迎えにきているってさ...」
やけくそな一雄だがこの場面では許されるだろう....
着替えを済ませて二人でロビーに降りると、水野功がソファで夕刊を読んでいた。
「やぁ、おまたせ..」
軽く手を挙げて一雄が挨拶すると、顔を上げた功が笑って言った。
「いやいや、急いで来たものだから、お楽しみの邪魔だったかな?」
「い、いやぁ...そ、そんなことは...」
図星をつかれて一雄の言葉がぎこちなくなった.....
「なんだ!本当にお楽しみの最中だったのか?
それは泉ちゃんに悪いことをしたなぁ..」
泉は一雄の隣で真っ赤になると一雄を肘でこづいて文句を言った。
「バカねぇ!本当に単純なんだから!」
3人でホテルを出ると四国の玄関口といわれる高松はすっかり夜の闇に包まれて
ネオンの輝きも目に新しい...
折角四国の高松にきたから、ぜひ有名な讃岐うどんが食べたいと言う泉の希望で、
ホテルから歩いて行ける庭園うどんの『末沢』と言う立派なうどんやに案内された。
ここは中庭を見ながら食事できる店で、本業は観光旅館なのだが、良い庭とおいしい
うどんを食べさせるので人気が高いという話だ。
小さな滝と石どうろうの庭を見ながらうどんを食べて、話は自然に今度の事件に
向かって行く...
「ところで高村、この事件は殺しかなぁ?」
「ああ、まず間違い無いと思う...泳げない男が海に落ちて、全然動かないなんて
死んでいたか意識がなかったかのどちらかだ、よく調べてくれ!」
鼻を膨らませて泉の受け売りをしている一雄の顔がおかしくてしかたない泉だったが、
笑うわけにはいかないので、下を向いてこらえていた。
「水野主任さん、司法解剖の結果が分かったら死因を教えていただけません?」
思いがけない泉の言葉に一瞬ぽかんとした水野だったが、不思議そうに傍らの一雄を
見ると.....
「おい高村..泉ちゃんの職業は一体なんだ?婦人警官には見えんが??」
「花の女子大生だよ..話せば長いことだが、まあ、そういった事に興味のある
年頃なんだ..ま、そのうち分かるから...」
殺人事件に興味がある年頃とはおかしな表現だが..
まさか愛知県警が手をやいた『BOPPO氏密室自殺事件』を難なく解決した
名探偵だといっても、とても信じてはもらえないので詳しい説明はしなかった。
「そうか...まあいいでしょう、多分明日の昼には分かると思いますから..」
「ところで水野、あの脅迫状は誰が書いたんだろう??」
「そいつが分かればこの事件は解決だろ?」
「あの3人の中の誰かかな?」
「よく分からんが...そうかな?」
食事が済んでから、昔話に花が咲いている二人を残して泉だけ一足先にホテルに
帰って行った...
ビールを飲んで上機嫌の水野と別れて9時過ぎにホテルに帰ってきた一雄が、
泉の部屋をノックしても返事がない...
こんな時間にどこへ行ったんだろう?
しかたなく部屋でナイターの結果など見ていると11時過ぎになって、泉がドアを
ノックして入ってきた。
「どこに行ってたんだ!心配したじゃないか」
「貴方があんまり遅いから、素敵な男性とデートしてきたのよ..」
「なんだって!!!いったい誰と!」
情けない顔をして黙り込んだ一雄を見て、泉はいたずらっぽい笑顔で言った。
「ウソだってば!ちょっと下のバーで浅野先生とお話ししていたのよ」
そういえば少しお酒を飲んでいるようだ...
「そういうのをデートって言うんだろ...」
「いじけないでよ、調査なんだから...恋人とのデートっていうのはさっき食事に
出かける前に貴方としていたような事を言うのよ」
あのスケベ医師め、最初からなんとなく気に入らない男だと思っていたんだ...
その時、泉があっさりと重大なことを言った。
「あの脅迫状は浅野先生が書いたのよ」
一雄は驚いた!
「ど、どうしてそんな事が分かったんだ!」
「だって今時万年筆なんて使うの、お医者さんの紹介状くらいだもの誰だって
分かるわよ ...ホテルカードと筆跡がそっくりだし、ちょっと脅かしたらすぐ
白状しちゃったわ お医者さんの筆跡って大抵くせがあるのよね」
そんなことが誰にでも分かるとは思えないが...
可愛いい顔してベテラン刑事顔負けの尋問するなんて、本当に驚いた娘だ!!
「なんと言って脅かしたんだ?」
「白状しないなら、このホテルのホテルカードを警察に持って行って筆跡鑑定して
もらうからって言ったのよ、最初はグズグズいって隠していたけど
結局白状したわ、どちらにしても明日になれば警察から聞かれると思うけど」
「どうしてそんなことしたんだろう??」
泉の言葉によると浅野医師の奥さんと長谷山部長が浮気していて、
最近そのことに気が付いた浅野医師が、なんとか別れさせようと脅迫状を書いたと
言うことらしい。
そういえば山本晴彦が人妻との浮気がどうのこうのと言っていた...
まさかついでに毒を飲ませて、この世とお別れさせたのではあるまいな?
「じゃあ、あいつが犯人なのか??」
「私も最初はそう思ったんだけど、被害者の死因がハッキリしないと断定できないわ。
万一偶然の積み重なった事故かも知れないし、
本人も絶対やっていないと言ってたし」
殺人犯がそう簡単に私がやりましたというかどうか疑問だが?
まあ、そう言われればそうかも知れない...
「死因はなんだと思う??」
「多分毒殺ね、あの時は私達が見ている目の前だったからほかにどうやって
殺しようもなかったはずだわ」
「しかしあの時デッキで、被害者は何も食べたり飲んだりしていなかったけど?」
「胃の中で時間が掛かって溶けるカプセル入りの毒なら犯人が被害者のそばにいる
必要はないし、私達の目の前で毒を飲ませる必要もないのよ」
ふーーーむ、なるほど.....
被害者は缶入りジュースしか飲んでいないと山本晴彦が言ってたが、
そんなカプセル入りの毒なんて....あっ!あれか!!
「そうか!浅野医師が飲ませたという船酔いの薬か!!」
「それも明日のお昼にはハッキリするでしょ..水野主任さんが教えてくれるから」
ほとんど犯人を断定できるところまで推理しながら、なにか泉はふっきれない様子だ。
シングルの狭い室内に若い男女が二人でベッドに腰掛けて話しているのだから、
おかしな気分にならないほうがおかしい...
そっと肩に手を回してキスしようとすると、泉が突然立ち上がって真正面から一雄を
見つめた.....
「ごめんなさい、考え事しているからそんな気分になれないわ、
私自分の部屋に帰る!」
一瞬ポカンとした一雄だったがすぐ泉の体から手を離した....
「そうか..いや、すまん..おやすみ...」
くるりと背を向けてドアを開けて出て行く泉の後ろ姿を見送りながら頭から毛布を
ひっかぶってベッドにひっくり返った。
ドアを開けた時廊下の照明に浮かび上がった泉のシルエットが一雄の頭の中で
点滅している。
一夜明けて窓のカーテンの隙間からさしこんだ朝の光で室内に縞もようが
出来ている..
一晩中、泉の白い裸身がちらついて良く眠れなかったのでベッドの中で
うつらうつらしているとドアをノックして泉の呼ぶ声がした。
「まだ寝ているのぉ?早く起きなさいよぉ...」
ゆっくりベッドから降りてスリッパをひっかけると...
ドアを開けて、腫れぼったい顔で壁に掛けてあるスーツからタバコを出して、
口にくわえる。
爽やかな顔で部屋に入ってきた泉は、
ボサボサ頭で寝不足の赤い目をした一雄をみて、大げさに顔をしかめた。
「うわぁ!凄い格好ねぇ....百年の恋も一度にさめるわ!!」
「うるせい...あんな状態で眠れるか!まだ百年もたってねえぞ」
泉はぐっすり眠ったらしく、若さに溢れた顔で一雄をせきたてた。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと起きてよ、今日は金比羅さんに行くんでしょ?
おみくじでも引いて犯人を占ったらどう?」
殺人事件があったのに金比羅参り??
このへんが十代の新人類と、中年に片足つっこんだ二十代後半の男との違いだ...
頭の切り替えが早いと言うか、
殺人事件も金比羅参りも同じレベルのゲームのように楽しんでしまう。
「でも、今日は水野が司法解剖の結果を知らせてくるんだろ?」
「こんないい天気に四国の高松くんだりまで来て、そんなの待ってられないわよ!
それとも貴方の気が進まないなら他の男性と行ってもいいのよ?」
「まっててくれ!すぐ用意するから!!」
惚れた弱味で、一雄はフルスピードでシャツをとって袖を通していた..
確かにここまできて司法解剖の結果まちなんかしてもしかたないことではある...
それにしても昨日の考え事はどうなった???