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★タイトル (AZA ) 96/10/20 20:21 (200)
美津濃森殺人事件 13 永山
★内容
とうに昼を過ぎていた。今、張元にできるのは、うなだれることだけだった。
「栗木は、おまえがいきなり殴りかかってきたと言っているが」
職員室、自身の回転椅子に座る教師の後藤は、背もたれがきしむほど体重を
かけていた。
「俺だって、喧嘩で一方的に聞くだけの分からず屋じゃないぞ。栗木だって、
親は立派でも、息子の方はどうもけしからん奴だ。鵜呑みにできん。張元、お
まえの言い分は何だ。言ってみろ」
懐の深さを示したいのだろうか、後藤は気味の悪い笑顔を浮かべている。
張元は面を上げ、強く始めた。
「奴が、百合亜−−浜野さんのことを侮辱したから。だから、殴ったんです。
頭に血が昇って」
「死んだ浜野のことをか? ますますけしからんな。どういう風にだ」
太い眉を寄せ、難しい顔つきになる後藤。
張元は、繰り返すのが嫌だったが、やむを得ず、彫弥の言葉を口にした。
「あいつ、俺に聞いてきたんです。浜野さんと……付き合っていたのかどうか
とか、やったのかって」
「……やったってのは、あれか?」
後藤は教師として、先ほどとは別の意味で顔をしかめたようだ。
対して、こくりとうなずく張元。後藤は座ったままの姿勢で荒い鼻息を一つ
して、首を振った。
「その話はあと回しだな。他に何か言はなかったか、栗木は」
「その場であいつが言った訳じゃないけど、西園と二人で噂を言い触らしてい
るみたいなんだ。そのことを確認したくて、放課後、あいつのところに行った
ら、もめてしまっただけで……」
「西園の奴が、つるんでいるのか。で、噂ってのは、どんなんだ。言ってみろ」
「浜野さんの事件について、勝手なことを言い触らしてる。首を絞められ殺さ
れたとか……犯されていたとか」
「本当か? いや、噂の真偽は別にしてだな、栗木と西園がそういう噂をばら
まいているのは」
「西園の方は、問い詰めたら白状したんです。そのとき、栗木の名前も出しや
がったから、俺、あいつのところにも行った……」
拳を握る手に力を込める張元。まだ殴り足りない。相手が無抵抗を決め込ん
で、わめきたてるだけわめいたものだから、すぐさまストップがかかってしま
ったのだ。
「しょうのない奴等だな」
吐き捨てると、後藤は腕組みをした。彼が煙草を取り出したところへ、張元
は話しかけた。
「あの、それで気になってること、あるんですよ」
「ん?」
「ここだけの話になるけど……あいつら、本当のことを言ってます」
「……そうか、おまえ、浜野の家に行ったから、事件について少し詳しいんだ
ったな」
納得したようにうなずき、後藤は煙草に火を着けた。煙を吐く表情は、苦虫
を噛み潰したようになっている。
「警察の介入は好ましくないんだが……言わずに済ませる訳にもいかんな、こ
りゃあ。これで全部か?」
「え、そ、そうです」
張元がどぎまぎして答えると、後藤はまだほとんど吸っていない煙草を灰皿
に押しつけ、立ち上がった。
「もういいぞ。ことがことだからな、殴った一件は勘弁してやる。まあ、栗木
の親父さんがうるさく言ってくるかもしれんが……それは当事者同士の話し合
いで解決してくれ」
そう言い残すと、さっさと出て行ってしまった。多分、校長だか教頭だかに、
今の張元の話を伝えに行くのだ。
「……失礼します」
ぼそっと言って、張元は職員室を出た。
武南は、上司の北勝と共に、生徒相手に聞き込みを始めるつもりだった。だ
が、事前に目星をつけていた生徒に声をかけても、逃げてしまう。
「ガードが堅いですね。あの校長、学校を通さずには生徒と接触できないよう
にしている」
「かん口令か……。さて、どうするかな」
腕組みをする北勝。
「家に押し掛けるのも問題だしな」
「最初は一つ、正攻法で行きましょう。浜野と特に仲のよかった三人−−張元
丈、平和田都奈、倉敷妙子を指名する分は、向こうも文句を言えないでしょう。
そして、彼らの口から一度でも名前が出た生徒に、新たに聞き込む。これを繰
り返せば、生徒から話を聞くのに充分になるはず。空振りに終わっても、麻薬
から手繰る線も残っています」
「麻薬は四課の者に任せる方が、賢明だろう。もめるのは避けたい。殺人に関
係しているかどうも分からん」
重々しく言ってから、北勝は腕組みを解き、武南の肩を叩いた。
「よし、それで行こう。とりあえず、基礎から押さえとかんとな」
やっと方針が決まって、美空高校へ今日二度目の足を運んだ二人だったが、
出鼻をくじかれる事態を、学校側から知らされることになる。
「事件に詳しい生徒がいる、ですと?」
野辺校長と生活指導の後藤教諭を前に、武南は怒りと驚きが入り交じった調
子で聞き返した。
「それ、張元君達じゃないんですね? 誰なんですか、そいつは」
「まだ確証を得てませんので、できるだけ穏便に調べてもらいたいのですが」
朝と比べると、いささか弱々しい口調の野辺。
「もちろん、留意します。安心して、お話しください」
「頼みますよ……。おい、後藤君」
野辺に言われ、後藤は慌てたように口を開いた。
「は、はあ。実は二人いるようなんです」
いくらかおどおどと、後藤は二人の刑事に顔を向けてきた。
「一人は栗木、もう一人は西園と言います」
「下の名前は? それにせめてクラスも教えていただかないと」
「栗木彫弥、西園舞。二人共男子生徒で、普段から結構好き放題やってる、言
わば、問題児と言えなくもない存在なんです」
本当に事件に関係していると分かったときの予防線のつもりなのだろうか、
後藤は突き放したような言い方をする。
「分かりました。では、とりあえず、その二人に、順に話を聞きたいものです
な。よろしいでしょうね、もちろん?」
「ああ、その前に」
野辺が再び口を開いた。質問役の武南は、北勝と共に、何事とばかりに視線
を向けた。
「栗木君の親御さんについて、ちょっとお話が……」
「何です?」
「実は、栗木君の父親は、市議の栗木槙善なんですよ」
「しぎ? ……ああ、市議会議員ですか。栗木槙善、確かに聞いたような名前
だ。北勝さん、ご存知ですか?」
上司に話を振った武南。
「ああ。会ったことはないが、なかなかの実力者で通っているはず。次は知事
選か、一気に国会の方に打って出るという噂を、耳にしないでもないな」
「はあ……。じゃあ、いつにも増して慎重にってことになりますか」
武南の言葉に、北勝は無言でうなずいた。仕方あるまいという彼流の意思表
示であろう。
野辺も首を前後にせわしなく振りながら、
「そういうことでお願いしますよ」
と猫なで声を出す。
「まあ、それはそれとして……今、栗木君と西園君は学校にいるのですか?
いたら、呼んでもらいたいのですがね」
「いえ、もう下校しているでしょう」
すぐさま答えた野辺校長。
「噂を伝聞しただけで、生徒個人々々を拘束する訳にもいかないものでしょう。
私達にできるのは、こうしてありのままをお伝えするぐらいでして」
「……なるほど」
押し付けがましい言い方に、武南は内心、むかむかし始めるのをどうにか押
さえ、質問を続けた。
「じゃあ、ついでに教えてもらいましょうか。先生方は、いったい誰からその
噂のことと、噂を流しているのが栗木君達二人だと知ったんですか?」
「それは、後藤君から説明を」
また気弱な目になって、野辺は後藤に主導権を渡す。
「刑事さん達もご存知でしょう、張元という生徒ですよ、張元丈。彼は昨日、
警察の方で話を少しばかり聞かれそうですな。その際、色々と状況を教えても
らったため、今度の噂がある程度真実に触れていると分かった。だから、噂を
流している奴が怪しいと思い、自分で突き止めたようです」
「そういういきさつでしたか」
ふんふんとうなずきながら、念のため、桑田警部に確認をしておこうと考え
る武南。張元丈に対して、どこまで状況を打ち明けたのか、正しく把握してお
かねばならない。
「他に何か、ありませんか?」
学校側から、特に返事はなかった。
「では、張元君らとさっきの栗木君達には、こちらから話を伺わせてもらいま
す。よろしいでしょうな」
「……ええ」
渋々という態度が残ってはいたが、校長の口から正式な許可が出た。
桑田と虎間は、目当ての関係者からの一回目の聞き込みを終え、ついで目撃
者探しに移っていた。
「芳しくない結果ですねえ、今のところ」
額の汗を手の甲で拭った虎間。
桑田の方は、汗よりも髪型の方が気になるようだ。上目遣いをし、しきりに
いじりながら、受け答えする。
「悲観することはないよ、虎間君。始まったばかりだ。この事件が、我々がぐ
ずぐずしていたせいで犠牲者が増えるタイプなのであれば、大いに悲観すべき
だが、多分、そうじゃないだろう」
「何故、そう言えるんですか。連続殺人ではないと」
虎間はハンカチを取り出し、額に当てた。手の甲では間に合わぬと判断した
らしい。
「いい質問だね。ま、僕の勘による部分が大きいのだが……。君が心配してい
るのは、少女を無差別に狙うんじゃないかということだね? 覚えているかな、
学校に欠席の電話を入れた者がいただろう? 偽電話と分かったが、誰が書け
たのかは分かっていない。普通に考えれば、浜野百合亜を殺害した犯人の仕業
だと推測できる。無差別連続殺害犯が、そんな小細工をするとは思えない」
「ははあ、なるほど」
「感心されても困るんだけどねえ。解決は早い方がいいに決まっている。気を
緩めず、全力で行こう」
「はい」
虎間は強い調子でうなずいた。
「須藤へのマークはどうします?」
「あの人は単なる第一発見者だろう」
簡単に断ずる桑田。
「片腕の須藤に、今度の犯行は困難だ。それよりも、電話の件が重要だろうね。
須藤の言葉を信用する限り、彼に電話で事件発生を知らせた何者かがいる」
「それもありましたっけ。やはり、犯人の小細工でしょうか?」
「いや、恐らく違うね」
歩きながら、ちっちと右手の人差し指を振る。そんな桑田の仕種に慣れてい
る虎間は、ただ苦笑した。
「同じ電話だからと言って、短絡的に考えてはいけない。仮に、二つの電話が
ともに犯人の仕業としてみようか。美空高校への電話は、浜野百合亜の欠席を
告げるもの。つまり、犯行の発覚を遅らせようという意図がある。反対に、須
藤への通報は、遺体発見を早める行為そのものだ。以上より、二つの電話は少
なくとも別人がかけたものだと結論づけられる」
「よく分かりましたよ」
「だが……少し訂正しよう。高校にかけた方を犯人のものだと断定したが、あ
れは早計かもしれないな。何故なら、浜野百合亜を殺害した犯人と、彼女に暴
行を加えた犯人が同一人物だという証明は、まだなされていないのだから」
「言われてみれば……。別人である可能性は低いと思いますけど」
「その点も含め、手がかりを得たいものだね」
それからも二人は、遺体発見現場周辺を重点対象に、聞き込みを続けた。
「娘さんが大変なことになったなあ。冥福を祈るよ。すぐに元気出せとは言え
ないが、気落ちするな」
利根玄造の話しぶりは、言葉とは裏腹に、他人事と受け止めているようだ。
「ああ。ありがとう……」
浜野麟人はかすれ声で礼を言った。
「しかし、何でまた今日、出て来たんだ? 休むと届けがあったようだが」
「仕事に没頭した方が、気が紛れると思ってね。大事な一件を抱えているし」
麟人は唇を噛みしめてから、再度、繰り返した。
「そう、大事なビジネスだ」
−続く
お詫びと訂正:『美津濃森殺人事件 4』中、浜野百合亜が高校を「無断欠席」
したとの記述がありますが、これはただの「欠席」の誤りです。
また『美津濃森殺人事件 10』並びに予告で、張元達の通う
高校が美津濃森高校となっていますが、美空高校の誤りです。こ
こに謹んでお詫びすると共に、訂正させていただきます。m(__)m