AWC    17 機器と楽器 (続き)


        
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★タイトル (GSC     )  96/ 9/22   0:17  (145)
   17 機器と楽器 (続き)
★内容

    【2】

 私は結婚2年後に、長年の望みであったステレオ アンプを買った。
 マニアと呼ばれる人たちは、アンプ・チューナー・スピーカー・レコードプレーヤ
ーなど、好みのメーカーの物をセパレートで購入するのが常識とされていたが、私の
家計ではそれらを一度に買い揃えるのは無理だった。
 当時の教員の給料はすこぶる安く、大卒者の多くが一般企業への就職(会社員)を
希望し、
「安月給の公立学校教員(地方公務員)になるのは、三流以下の人間だ。」
 とまで言われた時代である。
 ちなみに、昭和36年(1961年)4月、私が最初にもらった給料は16200
円であり、それでも札幌盲学校は全国の他の学校よりも2号俸優遇されていると言わ
れていた。
 ぼろアパートの家賃が6000円、百科事典が月々1300円、これを支払うと給
料が無くなってしまう。
 今でも忘れないが、甘党の私は妻と二人で、
「月に一回だけ、100円の板チョコか、それとも栗饅頭か、そのうちどちらかを買
ってもよいことにしよう」
 と話し合い、それを楽しみに働いたものだ。
 そんな苦しい中で、私は夏と冬のボーナスを貯めて、トリオ(ケンウッド)社製の
アンプを購入した。ステレオ アンプの出始めであるとともに、真空管アンプの最後
の物だったと思う。スピーカーまでは買えないから、ヘッドフォンでFM放送を楽し
んだ。
 朝は『バロック音楽の時間』で目覚め、凍てついた雪道を札幌の市営バスに乗って
出勤し、夜は『クラシック アワー』を楽しみに帰宅したものだ。

 その後さらにスピーカーを二つ買うのに2年を要し、レコードプレーヤーを買うの
には8年の歳月を待たねばならなかった。
 そのスピーカーはコーラル社製 8インチ(20センチ)で、クライスラー社製の
箱に納めてあり、音質もボックスの形も、私の大変気に入っている。



    【3】

「ヴァイオリンは、演奏半分・楽器半分」
 という言葉があり、もしかしたら私が勝手にそう言ったのかも知れない。
 すなわち、名演奏家も名器を弾いてこそ真価を発揮できるという意味であるが、こ
の場合「逆もまた真」とはならず、下手な演奏でも楽器さえ良ければある程度聞ける
ということにはならない。
 また、音楽には金と時間がかかるというが、楽器に限らず、道楽とは大方そうした
ものであろう。

 私は一向にヴァイオリンが上達しないのに、楽器の良い物が欲しくなった。
 札幌音楽院のAM先生は長年ドイツに住んでおられ、外国産のヴァイオリンを市価
の三分の一の値段で購入してもらえるとのことだったが、当時の私には残念ながら手
が出なかった。
 しかも、良い楽器というのは得てして弾きこなすのが難しく、高価なヴァイオリン
を弾かせてもらったことがあるが、私の腕前では、むしろ自分の安物のヴァイオリン
の方がよく響いたりするくらいで、名器の真価が分からなかった。


 名古屋に来てからは、ヴァイオリンの展示会があると聞くと、教え子のIを誘って
よく見に(弾きに)出かけたものだ。Iも私に劣らぬヴァイオリン好きで、盲学校卒
業後、名古屋市民管弦楽団に入団したほどの男である。

 デパート主催の『名器の展示会と視聴会』に行ったことがある。
 その日のメインは五千万円のストラディバリウスで、これはさすがにガラス戸棚の
中に入れてあって触れなかったが、他に数十万円から数百万円もするヴァイオリンが
テーブルにずらりと並べてあり、私はIと二人で、それらの楽器を一つ一つ手に取っ
たり、弾かせてもらったりしたものだ。
 プロのヴァイオリニストNMさんが側で楽器の説明をしてくれて、私はそれらのう
ち特に100万円の4台のヴァイオリンに引きつけられた。
 4台を代わる代わる弾き比べてみると、それぞれ音色が異なり、そのどれが良いの
か全く判断がつかない。
 最初に私が手に取ったのは『ガン』という名前のヴァイオリンで、弱視者のIの説
明によれば、
「この楽器は色目がけばけばしいし、魚の鱗模様のような絵柄がきつい感じですね」
 と言った。するとNMさんが、
「私の師匠のアルテュール グリュミオーが、このガンのことを、自分の愛用してい
るグァルネリウスに大変よく似た音色だと言ってましたよ。」
 と解説してくれた。
 そうなるとこの『ガン』が一番良さそうに思えてきて、Iも急にガンを推賞し始め
た。
 けれども、私には他の3台のヴァイオリンもそれぞれ捨てがたい味わいがあり、中
でも非常に柔らかな音のする1台が気に入った。
 NMさんにお願いして、二つのヴァイオリンを弾き比べてもらうと、確かにガンの
方が絢爛とした音色で、一方はややくすんだ音がする。
 私は長い間迷っていたが、ついに思い切ってガンでない方を買うことに決めた。無
論月賦である。
 自宅に電話を掛けて、妻にそのことを話すと、
「エ? 気が狂ったんじゃないの?」
 と呆れ声で言われて、ハッと目が覚めた。妻は滅多にこんな言い方をしたことがな
く、考えてみると、大勢の子供たちを育てていかねばならない今、100万円のヴァ
イオリンなど買える訳がないのであった。

 私は諦めてスゴスゴとホールの椅子に座った。
 これからNMさんがストラディバリウスを弾いて効かせてくれることになっている
のだ。
 ヘンデル作曲のヴァイオリン ソナタ第何番だったろうか? 数メートルの近くで演
奏を聞いた時には、あまりの綺麗な音色に、魂も溶けてしまいそうだった。


 EK先生のヴァイオリンの音が素晴らしいことは前に書いたが、その先生が言われ
るには、
「今回私は楽器を買い換えたんですが、100万円のヴァイオリンと400万円のヴ
ァイオリンを比べて、音が4倍良いという訳ではありません。4倍の値段で、ほんの
少しだけ音が良くなるんですよね。でもその僅かの違いが堪えられないんです。」


 中学生の息子と行った展示会のこともよく覚えている。
 国産のヴァイオリンが何十台も陳列してあって、自由に弾いても差し支えないとい
うことなので、私は順々に物色して回った。
 その中で1台、私好みの音で、共鳴も良く、体の奥まで響きが伝わってくる感じの
楽器を見つけた。
 自分の話し声を録音すると、全く別人のように聞こえるものだが、ヴァイオリンに
ついても同じようなことがあるかも知れない。自分が弾く場合、音の半分は骨伝導に
より体の内部から伝わって来るであろうし、他人が弾く場合は音の大部分は空気電動
により鼓膜を通って聞こえて来るはずである。どちらの音も美しいに越したことはな
いのだ。
 そこで、そのヴァイオリンを息子に弾かせ、自分が弾く音と比べてみたところ、ど
ちらの音も全く変わらなかった。
「ウーム、これはいい!」
 私はまたまた買う気になった。
 製作者の川口さんという人もその場に来ていて、
「60万円ですが、そこまで惚れ込んでいただけるなら、十分ご相談に応じます。」
 と言ってくれた。
 さて、それからどうなったのか? 結局そのヴァイオリンも購入することができな
かった。
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   あとがき

 音楽に纏わる私の思い出にはなお幾つかの話があり、「童謡と唱歌」「楽器指導と
器楽アンサンブル」「LPとCD」そして最近の「パソコン音楽とMIDI演奏」な
ど、もう少し書いて置きたい気もする。しかし、読者は勿論のこと、書く方の私も飽
きて疲れてしまった。

 『あがる』の項で述べたように、今の私は音楽に対し覚めた気持ちでいる。それは
決して良いことではない。
 何かに打ち込めるのは素晴らしいことだが、ある日ふと力が抜けてしまう時もある
ものだ。

 趣味や物質に対する価値観が変わるのはまだしも、突如、人間に対する価値観が変
わってしまったら、それがどんなに空しいものか!
 音楽に直接関係のないことかも知れないが、変わる人間と変わられる人間、いずれ
に多く責任があるにしても、私はどちらの側にもなりたくない。


                  [1996年3月28日   竹木貝石]

----------------------------------- 了 -----------------------------------




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