AWC 美津濃森殺人事件 9    永山


        
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★タイトル (AZA     )  96/ 6/30  22:45  (200)
美津濃森殺人事件 9    永山
★内容
新しい登場人物
栗木槙善(まきよし) 栗木衣吹(いぶき)

「朝早くから集まってもらったのは、他でもない」
 紋切り型の口上で、尾関は始めた。
「いち早く、遺体解剖の結果を報告したかったためで、頭をすっきりさせて聞
いてほしい」
「言われなくとも、承知しているよ」
 桑田は、髪に櫛を入れながら、そう言った。
「頭をすっきりさせるの意味が違うだろうが、桑田警部殿!」
 どしんと、拳で机を叩いた尾関。
 その音に驚いた表情をしてみせ、桑田は視線を鏡から尾関に移した。
「いやいや。僕は別に、そんなことを考えてはいない。本当に、頭はすっきり
している。いつでも報告をどうぞ」
「……死亡推定時刻は、七月十八日の午後十時半からの二時間に絞り込めた。
遺体に細工された形跡は皆無だったから、これは信用してもらっていい。
 次に、暴行の件だが、性器上部の傷には生体反応が認められなかった。つま
り、被害者が息絶えてから、暴行はなされたと判断できる」
「それは、犯人が殺人の後、暴行に及んだと?」
 質問をしたのは虎間。
「そういった判断は、こちらではしかねる。桑田警部殿も、どんな可能性があ
るか、よく分かっていると思うが」
 尾関に話を振られ、桑田はにやりと笑ってから、口を開いた。
「そうだなあ。様々な可能性が考えられるが、先に、後頭部にあった裂傷につ
いて、詳細を聞きたい」
「後頭部の裂傷は、現場付近にあった岩、あるいは石で殴りつけられたために
できたと思われる。こちらの方は生体反応があった」
「ふん、結構。そうなると、X、Y、Zの三人を想定してみようか。Xが被害
者を何かで殴りつけ、紐状の凶器で締め殺し、その後に暴行に及んだ場合。殴
りつけたXは逃げてしまい、Yが締め殺した後に暴行した場合。Xが殴り、締
め殺した後、暴行はYがやった場合。Xが殴り、Yが締め殺し、Zが暴行した
場合。それから……」
「まだあるんですか?」
 武南が、とんきょうな声を上げた。そんな彼に対して、桑田は、また笑みを
浮かべながら、続けた。
「一応ね。Xが殴り、これがいなくなってからYが締め殺し、今度はYが去っ
てからXが暴行した場合。他にもあるが、精液について教えてもらえるなら、
それらは却下できるんだが」
 と、桑田は尾関に目を向けた。
「採取された精液は、一人の人間からの物と考えて、まず、間違いない。血液
型はB型。
 それとは別に、被害者の身体の表面から、唾液が採取できた。これもうまい
具合いに分泌型で、B型と分かった。
 それから、犯人の血液、皮膚、肉片等がないかどうか、被害者の指の爪等を
子細に調べてみたが、残念ながら発見されなかった。精液や唾液から分かるの
は、ABO式の型だけで……」
「おっと、講釈はいいよ。要は、暴行をしたのは複数人でなく、一人だけだっ
てことを確認したかったんだ。締め痕については、何もないのかな?」
「……犯人は、気絶した被害者を絞殺したらしいからな。どうとでも首を締め
られたという見地に立てば、安易な断定はできんという訳だ」
 ふてくされたような表情の尾関。それを横目に、桑田は他の刑事らの方を向
いて、言った。
「分かったよ。さあ、本日のお仕事だが……。
 事情聴取すべきは、被害者の両親である浜野麟人と沙羅。被害者がかかって
いたカウンセラーの矢古田。これに加えて、高校の方にも詳しい話を聞きたい。
特に、被害者の恋人だと名乗った、えっと張元丈からは色々と聞けそうだ。
 第一発見者で一晩泊まってもらった須藤だが、勝手に現場に手を着けたが、
他の面は本当らしいから、とりあえずは家に帰そうと思う。無論、監視は付け
るが。そうそう、彼からは採血もしたはずだから、尾関君。鑑定をやって、は
っきりさせておいてもらいたいな。必要とあらば、DNA鑑定でも何でもやっ
てだね」
「DNA鑑定は正式にやるには、一ヶ月は見ておいてもわらんといかんが」
 先ほどと違い、尾関は無表情に言った。
「それぐらい、覚悟しているよ。まあ、必要とあらばだし、全てはそちらに任
せよう。
 話を戻して、そう、聞き込みだが、そうだなあ。浜野夫妻と矢古田医師には、
僕と虎間君、君とで行こう。学校の方は昨日と同じく、北勝さんと武南君にお
願いしようかな」
「では、私は凶器捜しですか。昨日の続きで」
 守谷が、顔は不満そうにしながらも、淡々とした口調で言った。
「ご明察。しかし、犯人は恐らく、凶器を湖に投げ込んだだろうからねえ。湖
をさらっても、そう簡単には見つからないと思うから、スキューバの人に捜し
てもらっている間は、目撃者捜しに力を注いだ方がいいかもしれないな。ま、
その辺の判断は任せるよ。
 言うまでもないが、捜査の過程で何か結果が得られたら、ここ本部へ連絡を
入れること。連絡さえ入れれば、新たに掴んだ情報を元に、どう行動するかは、
各人の判断にゆだねる。では、収穫を期待して」
 桑田は立ち上がった。

 栗木槙善は、広々とした部屋の中で、ゴルフクラブを振り回していた。さす
がに、実際にボールを打つまではできないが、周囲を気にする必要なしにゴル
フのスイングの練習ができるほどの空間だ。
「彫弥はまた遅かったようだな」
 呼びつけておいた妻・衣吹が姿を見せた。が、彼女の存在を気にも留めない
様子で、今まで通りにアイアンを振りながら、槙善は切り出した。のんびりし
ているが、詰問調である。
「おまえがしっかりしとらんからだぞ」
 夫の大声に、妻は何も口答えせず、うつむいて立ち尽くしている。
「わしは教育者の市議としても通っておる。それが、息子のしつけもできんと
知れればまずいというのは、おまえにも分かるな? 彫弥にもっと言って聞か
せとくんだ。あんまり行いがひどいと、わしでも押え切れんようになる」
 夫が巻くし立てる間、衣吹はずっと黙っていた。
 彼女は見た目、典型的な和風美人で、着ている物もたいていが和服である。
だが、性格までが古典的な日本女性のそれ−−控え目で大人しく、男、特に夫
には言いなり−−だという訳でもない。
 今も夫の言葉を黙って聞いてはいるが、それが即、言いなりにつながりはし
ない。栗木衣吹は夫のやることに無関心なだけなのだ。時々、言うことを聞い
てやればいい、その程度に考えている節がある。
「これだけだ。分かったな」
 言いたいことを言った槙善は、また一段とトーンを上げ、妻の方を見やった。
「はい」
 静かな声で衣吹は答え、頭を下げた。
「分かればいい。もう行ってもいいぞ」
 威厳を示すかのような口調で締めくくり、市議会議員はまたゴルフのスイン
グの練習に専心していく。
「失礼いたします」
 夫が気付くか気付かぬか分からぬ、澄ました声と共に礼をし、衣吹は部屋を
後ろ向きに出て行った。
「お身体の調子はどうですか」
 扉をきっちり閉じてから、妻がそう付け加えたことを、槙善はまるで関知し
ていなかった。
「いい振りだ」
 目下のところ、彼の関心は己のゴルフの腕前がどれだけ上達したかにしか向
いていないようだった。
「だいぶ感じが掴めてきたような気がする」
 ご満悦の表情だった。

 浜野麟人には会社を休んでもらっていた。もっとも、警察から言わなくとも、
娘を亡くした親として、それは当然の行為だろう。
「この度は」
 桑田が改めて悔やみを述べようと始めたら、いきなり浜野沙羅が口を開いた。
「娘は−−百合亜はいつ、戻していただけるんでしょう……」
「もう少しです。犯人を見付けるために、辛抱してください」
 桑田はなるべく口調を優しくした。言葉も選んだつもりだ。
「あ、ああ」
 はっきりしない返事をした沙羅は、憔悴の色を濃くしていた。
「本来ならお一人ずつ、伺いたいところなんですが、今日はよしとしましょう。
百合亜さんはとても正義感の強いお子さんだったそうですね」
「……そうかもしれません」
 夫婦で目を見合わせてから、夫の方が答えた。
「私に対してでも、外でタバコを吸おうものなら、叱りつけてきましたからね。
せめて携帯用の吸い殻入れを持って歩くようにしてくれと」
「よい心がけをお持ちだ。そのような行為は否定されるべきじゃないんですが
ね、反発する人もいたでしょう。ここに一つ、百合亜さんが狙われる状況が形
成される余地があったかもしれません。ですが、我々は幅広い視野を確保する
必要があるのです。他にも、百合亜さんが狙われる動機や状況がなかったか、
探らねばならない。そこで、です」
 言葉を切った桑田。浜野夫妻へ与える効果を考えた訳ではなく、単に髪型が
気になっただけだ。額に一本、髪が垂れてきている。手櫛で直してから、話を
再開した。
「失礼はお許しを。浜野さん、あなた方お二人に、百合亜さんの狙われる原因
があったとは考えられないでしょうか」
「そんな馬鹿な」
 反応を示したのは、やはり浜野麟人。沙羅にあっては目を白黒させ、言葉を
なくしている様子だ。
 彼らの反駁を両手で制止すると、桑田は続けた。
「例えば、考えてみてください。少し調べさせてもらったんですが、浜野さん
はお仕事の関係で、多方面に色々と影響を及ぼしているようですね。快く思っ
ていない者も、少なくないでしょう。中には、復讐を考える連中もいるかもし
れません」
「では、私に対する恨みを、娘に返したと?」
「あくまでも例えば、です」
 憤慨からか顔を紅潮させている浜野麟人に、桑田は冷静に応じる。
「馬鹿な」
 また同じ台詞を繰り返した。
「もしそれが動機なら、私を狙えばいいんだ。百合亜を襲うなんて、どうかし
ている。……狂ってる」
「今は、動機の一つ一つを検討しているときではありません。考えられる限り
の動機をリストアップすべきでしょう。浜野さんが利根玄造さんと共同で行っ
ている事業に関しては、また改めて利根さんのいる場所でお伺いしたい。現在、
我々が欲しているのは、それ以外に動機があり得るかどうか。これが最重点課
題なのです」
「分かった……。しかしだな、思い当たる節はないね」
 断言する麟人の声は、わずかながら震えていた。犯人に対する怒りからかも
しれない。
「確かに、事業の方では無茶をやってきた。強引なこともしている。それは認
めるが、実際にやっているのは利根の方だ。私は出資しているだけなんだ。少
し調べたら、誰にでも分かる」
「出資しているだけでも憎い感情を抱くかもしれませんよ。さあ、私が聞きた
いのは、事業関係の話じゃありません。何度でも言いますが、その他に考えら
れる動機についてなんですが」
「私も何度でも言おう。事業関係は除くとしてもだ、それ以外に思い当たる節
はないね」
 浜野麟人の鼻息が荒くなった。
「では、奥さんの方はいかがですか」
 虎間が雰囲気を変えるように、穏やかに割って入ってきた。
「どんな小さなことでもいいです。奥さんが他人から恨みを買うようなことは
……お気を悪くなさらずに。逆恨みなんて、案外、あるものでしょうから」
「さあ」
 考えるのも嫌とばかり、すぐに首を振る沙羅。
 虎間は桑田とアイコンタクトし、再び沙羅に向き直った。
「分かりました。それでは……百合亜さん宛に妙な郵便物が来るとか、電話が
かかってくるとか、そのようなことはなかったですか? 娘さん宛に限定せず、
お宅宛でもかまいません」
「そう言われましても」
 沙羅が首を捻ったそのとき、電話が鳴った。
 麟人が「失礼」と言い残して立ち上がり、廊下に出る。呼び出し音が途絶え
た。
 やがて戻って来た彼が、桑田に言う。
「刑事さん、あなたにだ」
「あ、これはご迷惑を」
 桑田は虎間を残し、浜野麟人の案内で電話口に出た。
「武南君か。何だい?」
「生徒に話を聞くのは、学校の終業式が終わってからと思いまして、現場周辺
の聞き込みを先にやっていたんですが……厄介な話が出て来たんです」
 武南の声は、心なしかうわずっている。
「どういう話だね?」
「美津濃森では麻薬の売買が行われている。生徒も何人か絡んでいる、と……」

−続く




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