AWC 沈 黙 の 森 X 紫野.


        
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沈 黙 の 森 X                       紫野.
★内容
          【 沈 黙 の 森 X 】          紫野

 十年前のイブ! 
声高々に青年の放った言葉は、雷のように一瞬でわたしの心を二つに裂き走っ
た。
今だかつて受けたことのない衝撃に、膝から力が抜けそうになる。床が突然
不確かな物に変化したような浮遊感によろめきつつも、手擦りに爪をくいこま
せることで、倒れかけた体をどうにか支えることができた。
 この青年は今、何と言った?
 母の呪いだって!?
鉄槌で後頭部を猛打された思いで目がくらむ。音を立てて血が下がるという
のはこういうことか。ほんのまたたきほどの間に体熱の一切を奪われ、その代
償として底冷えのする寒気が内側に満ちる。細々とした感覚が失われた体はひ
どくよそよそしく、少しでも気を緩めたならその瞬間意識が体を抜け、遥か彼
方に飛び去り二度と戻ってこれない、そんな気すらする。
叶うことであれば、今すぐ小屋に戻って寝台に突っ伏してしまいたかった。
だがそんなことができるはずがない。それは、あまりに無様だ。
今倒れるわけにはいかないと、思考の停止しかけた頭を鞭打つ思いでどうに
か現実へと意識をつなぎとめる。
 母が、クライザー家を、呪った…。
そんな馬鹿な!!  母は占い師であって呪術師ではない。自分ではどうしようも
ない事象に出会い、思い悩み、苦しんだ末に求める救いの叫びに応え、そのとき
もっとも適切と思われる助言をするというこの仕事を誇りにしていた。その母が、
よりによってひとを呪うなど… 
「──そんなはず、ありませんわ……何かの、お間違いでは…」
直視に堪えがたい悪夢に陥ったときのように、誰に言うでもなし、呟く。青年
の存在すら一時的に排除したわたしの脳裏では、母の最後の姿が鮮明に甦ってい
た。
寝ていたわたしを揺り起こし、うかされたようにこの森を出て行けと言った母。
そしてそのまま雨の中へ戻って行った──あれは、あれはイブの夜ではなかった
か。
青年は、彼のした発言にわたしが平常心を失うほどの衝撃を受けているのを見
て、心底驚き、とまどったようだった。面からは攻撃的な苛立ちが掻き消え、険
しかったわたしを見る目はみるみるうちに軟化していく。
「──いいえ、事実です。わたしはその呪いを解いていただくために病床の父を
連れ、遠いこの地までやってきたのですから…」
その言葉の中には、自分の迂闊さを謝罪し、いたわろうとする響きまであった。
わたしがその言葉を耳に入れているか、確認するような間をあける。わたしの
心は未だ荒れ狂う嵐に翻弄される木々のようにきしみ、悲鳴のような音をどこか
がたてていたけれど、それでも、少しずつ平常心をとり戻しかけていた。
青年もまた、自分の中の動揺を静めようとしてか、一つ息をつくと、手擦りか
ら離れてあらためて正面を向けてくる。自分の名を告げたとき以上にわたしに敬
意を払い、そして今度はとても言い辛そうに告げた。
「どうやらあなたは何も知らなかったようですね。そうとは知らず、大変不躾け
なことをいたしました。そのことに関しては謝罪させていただきます。申し訳あ
りませんでした。けれど、もう少しわたしの話を聞いていただけたなら、それが
事実であると、あなたも納得してくださると思いますが?」
 そこでまたも言葉を切り、わたしに対応を求めてくる。
 中へ入れろ、そう言っているのだ。
 そのことに全身が痛いほど警告を発している。
これこそが夢の啓示。彼が連れてきたのは間違いなく災いだ。中へ入れてはい
けない。何も知る必要はないのだ。母はもう遠い昔に死んで、この世にはいない。
今さら母の為した事を知ってなんになろう。どんな呪いであれ、呪術師の死後ま
でも継続されることはないはずだ。たとえ彼の一家に本当に呪いがかかっていた
としても、それが母の仕業であるならとうに解けてしまっている。彼の非難は全
く筋違いのもので、話を聞く必要などない。母が彼の家を崩壊させたかもしれな
いなど、そんな妄想にわざわざ耳を貸したりせずともいいのだ── 
「どうぞ…」
わたしは、わたしの中で毒を飲んだ獣のようにのたうち暴れる忠告の正統性を
十二分に知りながら、あえて応じた。
わたしの了承に、階段をゆっくりと上がってくる青年を見ながら、開いたまま
だった戸の横に立って右手を広げる。
「立ち話ですることではないでしょう。どうぞなかへお入りください」
あれほど忌みきらった災いを自ら招き入れようとしている自分を、どこか遠く
の地にいる別人のように感じながら…。


                                                             続.






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