AWC 「飛龍イオリス」4−2   坂東利悠紀


        
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★タイトル (QFM     )  95/ 9/25  10:49  (184)
「飛龍イオリス」4−2   坂東利悠紀
★内容
「でも、この娘は生きてるんだろ?」
「さぁな。とりあえず正常に作動してはいるが・・・・」
 手術室らしい隣の部屋から無表情な答えが返ってくると、俺たちは空の薬
瓶しか並んでない棚を引っ掻き回す手を休めると、うっすら埃を被った診察
用のベッドにぐったりと腰掛けた。
「なーんにもありゃしねーの」
「ほんとに医務室かよ。ここ・・・・」
「全くだ」
 にーちゃんは隣の部屋から出てくると、ボロボロの医学書が並んだデスク
に何やらガチャガチャと放り出した。
「何?」
「メスと鉗子がこれだけだ。これじゃ骨折の治療もできやしねぇぜ」
 デスクの肘掛け椅子に腰掛けていたリンは、錆付いたメスをつまらなそう
に弄んでいたが、にやっと笑った瞬間、俺に向かって投げ付けやがった。
ビーーン! という物騒な音を立てなからも、幸い狂気は俺の角すれすれの
ところで背後の壁に突き立った。が、奴は肝を冷やす俺を見て喜んでるって
ぇ始末。が、「危ねぇじゃねーか!」と抗議すべく立ち上がった俺の目の前
で唐突にドアが開き、倉庫を調べていたジェフが入ってきた。
「どうだ、アーク。何か見つかったか?」
 が、奴は部屋の惨状を一瞥しただけで状況を把握すると、やれやれと肩を
竦めた。
「ここから最短距離の街は?」
「霞彩谷だ」
 にーちゃんの問いにジェフの返答は早い。さすが隊商ってとこか。
「やるか? アーク」
「ああ」
「許可は・・・・してねぇか」
 言いながらジェフがにっと笑うと、にーちゃんは口元に謎めいた微笑を浮
かべた。
「捜し物の手掛かりだ」
 その一言に、なぜかジェフは狼狽の色を現したが、訳が判らない俺たちは
ただぽかんとしてやり取りを見ているしかない。
「入港準備だ。艦橋へ上がれ」
 唐突なにーちゃんの鋭い声に弾かれると、俺たちは思わず「はいッ」とば
かりに慌ててエレベーターに飛び乗った。
 艦橋に上がるとにーちゃんは、手際よく通信回線を開いて、今はネルが臨
時に艦長を勤めているリュンクスを呼び出し、その間に俺たちは、それぞれ
勝手なシートに就いてにーちゃんの指示を待った。
「あ、ネルか? 俺だ」
 −きゃ☆ アークじゃんッ! ね、ね、今どこにいンのさッ。
 ヘッドセットを通してでも聞こえる黄色い声に、にーちゃんは一瞬、片耳
だけに当てていたそれを、痛そーに離した。
「霞彩谷まであと15キロってとこだ。ちょいと無許可で場所を借りる。手
筈は判るな? あと、蘇生処理用の器具一式と、カミノをこっちへ引き抜き
たい。後任はナジクを任命するように伝えてくれ。いいな?」
 −ンふ☆ まっかしといて。ところでジェフはどーしてるゥ? まさか、
  またルシアを連れ込んでたりしてないでしょーねェ? それから、あの
  密航の坊やはァ? イイコちゃんしてるゥ?
 なんて調子で延々続く艶っぽい声に、適当に答えて回線を切ると、にーち
ゃんは舵をマニュアルに戻して一気に回頭させ、谷に合流している幾つもの
支流の一つへと進路を変えた。
「ネルって、誰さ」
 隣でつまらなそうに、ソナーが弾き出す数値を眺めていたリンが、顔を寄
せてきた。
 俺は唐突な質問に戸惑いながらも、正直ににーちゃんの部下だと答えたが、
あえて美人だとは言わなかった。俺も命は惜しいのだ。が、当のリンは「ふ
ゥん」などと言って納得はしたものの、ひどく不服な様子。ははァ、こいつ、
にーちゃんにアレだな。などと勝手な想像を巡らしているうちに艦は支流を
上り詰め、薄ぼんやりと明け始めた視界の彼方に、境界点のオベリスクも見
えてきた。
「あ、村に止まってた艦だ」
 窓際にいたエレムが、オベリスクの斜め下辺りを航行している艦を指差す
と、俺たちは野次馬根性丸出しで窓際に駆け寄り、遥かな船影に目を凝らし
た。
「時間通りじゃねぇか。ネルも捨てたモンじゃねーな☆」
 副艦長席で悠長に構えていたジェフが、煙草をくわえたままにやっと笑う。
「あ」
「リュンクス・・・・」
 夢中でガラスに頬をくっつけると、凄いスピードで後方へと遠ざかってい
く視界の中で、はしゃぐように手を振るネルの姿が掠めて行った。
「なにさ。阿婆擦れじゃん」
 なんて、鼻ッ先で嘲ったリンに「どっちが・・・・」と言おうとして俺は慌て
て口を抑えた。が、俺と同じ行動に出たエレムと目が合うと、思わず一緒に
吹き出してしまった。
 やがて谷の幅も狭くなり、村が見えてくると、艦は速度を緩め、断崖の上
に造られた停泊所へ難なく滑り込んだ。
 が、それからが一騒動なのだ。エンジンが止まると同時に通信機の着信音
がヒステリックに鳴りだし、対処に困ったディノがメインモニターに繋ぐと、
間髪入れずにけたたましいエンジン音が駆け付け、俺たちはあッと言う間に
艦ごと包囲されてしまったのだ。
 −なんなんだおまえらは!
 モニターに現れたのは、治安隊特有の血圧の高そうな小太りのハゲ親父だ
った。
 −おまえらに停泊を許可した覚えはない!
「悪ィな。どうやらエンジンがトラブったらしい。ちょいと場所貸してもら
うぜ。おっさん」
 にーちゃんが舵輪に寄り掛かったまま横柄に答えると、親父は角の先まで
真ッ赤ンなって怒り出した。
 −だだだ誰に向かって口利いとると思っとるんだ! わしは後トアリム暦
  二十五年に皇室から任命されて以来、三十年間ここの隊長を・・・・。
「早くどいてもらいてェんなら、手短に済ませてくれ。俺はあんたの経歴を
聞きに来たんじゃない」
 −わ、判っとるんなら早くしろ! ここには今日停泊する予定の艦が、も
うすぐ・・・・わーー!!!!
 隊長の絶叫に何事かと街側の窓に駆け寄ると、何と大通りの、しかも治安
隊本部の鼻ッ先に、三万トンを誇るリュンクスが、朝日を背に受け、堂々た
る威容を持って滑り込んで来たのだった。途端に朝の静寂を破られた野次馬
たちが黒蟻のように群がって来る。
「さァ。お出増しになったぜ。アーク、交代してくれ」
 ジェフが腕まくりして艦長席へ上がると、にーちゃんはくすっと笑って奴
と交代し、同時にモニターが切り替えられ、治安隊のおっさんはネルになっ
た。
「☆」
 映ると同時にポーズ付きでウィンクをかましたネルを何事かと見ていると、
彼女は咳払いを一つするや否や、
 −ちょいと、この禄でなしが何考えてンだい! そこはあたいらが入ると
  こじゃないよ! 今すぐどかなきゃ只じゃおかないからねッ!
 にたにた聞いてたジェフも頑張る。
「ってやンでぃ、こォの阿婆擦れ女がッ! こっちァトラブって動けねェッ
てのに待ってやろーってェ気遣いもねーのかよッ!!」
 なるほど、確かにこういった芸当はジェフのほうが達者だろう。だけど、
何でこンな忙しい時に口喧嘩なんか・・・・。などと思っていると、俺たちはに
ーちゃんに呼ばれ、エレベーターに駆け込んだ。
「ねー謝ろーよ。僕たちが悪いンだろー?」
 いっちょ前に山賊の片棒担いでた割りにはディノも人がいい。それだけ餓
鬼だってことか。真剣な顔に見上げられ、さすがのにーちゃんも苦笑が隠せ
ない。
「心配するな。ジェフ得意のカモフラージュだ。治安隊の無線周波数に合わ
せてあるから、最低でも三十分は連中の気を逸らしておけるってのが、奴の
理屈さ」
「ンな・・・・」
「こっちも一仕事だ。ディノとエレムは俺と医務室へ。リンとルゥジィはリ
ュンクスへ行ってくれ。谷側の船舷ハッチならや面からは死界になる。だが
銃は必ず持っていけ。三十分で戻ってこい。いいな!?」
「へーい」
「うん」
「あいよッ」
「判った」
 と、俺たちはそれぞれ勝手な返事と共に行動を開始した。
 俺はリンと共に格納庫へ駆け込むなり使い慣れた猟銃を引っ担ぎ、単車に
飛び乗ってエンジンを掛ける。と、いきなり銃を引っ張られて勢い良くひっ
くり返った。
「な、何だよ! この忙しい時に!!」
「猟銃で治安隊に太刀打ち出来ると思ってるンかい? ったく・・・・」
 リンはようやく起き上がった俺に、どっから出して来たのか、年代ものの
TDライフルとエネルギーパックを背負わせると「ほら、行きなッ」とばか
りに背中を叩いた。
「お、重いッ」
「男だろ。それくらい背負えなくってどーすンだい」
 追い付いたリンは呆れたように言うと、スロットルをブチ開けて俺を軽々
抜き去ると、派手なターンで街へ消えた。
 畜生。何で女のあいつが平気な面して背負ってンだ。と、半ば自棄になっ
てスピードを上げると、リュンクスの船舷ハッチの手前でやっと追い付いた。
「おーらおらおら! トーシロはどいてなッ」
 船員のあんちゃんたちは、手際よく野次馬をどかしてハッチを開けると、
俺たちが突っ込んで反対側のハッチへ抜ける僅かの隙に物資と医師を積んで
くれた。
 さすが手際がいーぜ☆ と、振り向きながら目の前の路地に飛び込んだと
きだ。
「きゃあぁぁっ! ちょっとッ。どこ掴んでンのさッ」
「あ、す、すいません」
 リンは自分の胸にしがみついてる乗客を振り向くと、落ち掛けた分厚い眼
鏡を慌ててずり上げた気弱そーな医者を睨み付けた。
「あんちゃん、しっかり掴まってねーと、その阿婆擦れに振り落とされるぜ」
「誰が阿婆擦れだってェ!?」
「そーです。私はあんちゃんではありません。カミノと呼んで下さい」
「へ?」
 眼鏡の中の小さな目をしばたたかせ、真顔で言う医者に、思わずリンと顔
を見合わせた瞬間、唐突に目の前が明るくなった。TDライフルのエネルギ
ー弾だ!
「ヤバいッ。治安隊だよッ」
「おまえが変な悲鳴上げるから・・・・」
「悪かったわねー!」
「あの、それどころじゃ無・・・・ひゃあッ」
 俺たちの急激な反転にカミノ医師が悲鳴を上げると、追い付いてきた治安
隊は俺たちに向けて一斉射撃をカマしてきた。
「畜生ッ」
 エネルギーパックの側面に引っ掛かってる銃本体は、銃把を握ると外れる
ようになっていた。俺は透かさずクソ重てェ銃を片に担ぐと、先頭切ってる
一台りホバーエンジンを狙い撃ちした。
「早く! こっちッ」
 リンの鋭い声に、エネルギー弾の光条の中、悲鳴を上げて逃げ回る野次馬
たちの間を縫って路地へ突っ込むと、古倉庫にブチ当たる寸前に反転し、小
回りの利かない三台をうまく倉庫へ突っ込ませた。
 そのまま構わず突っ走り、唐突に切れた路地から反転し、村の入り口に見
つけた穀物倉庫の錆掛けた鉄の扉に突進した。
 凄まじい音と鎖骨の痛みに続いて、天井まで積まれた麻袋にブチ当たった
反動で、ひっくり返った単車に床へ叩き付けられた。
「痛ッ・・・・」
 俺は倒れた単車の下から挫いた足を引きずり出すと、慌てて銃を構え、窓
の外を睨んで雄々しく応戦するリンと、落とした眼鏡を探し回ってるカミノ
を振り返った。






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