AWC 「飛龍イオリス」4−1   坂東利悠紀


        
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★タイトル (QFM     )  95/ 9/25  10:45  (198)
「飛龍イオリス」4−1   坂東利悠紀
★内容
 夜目に慣れてくると、谷底を照らす微かな月明りでも俺たちの艦は見えた。
が、やや左の断崖寄りに進むそいつのスピードは、思ったより遅かった。
「まだ本調子じゃなさそうだな」
「ん・・・・」
 洞窟の岩やら土やらを満載した後部甲板へ向けて降下を始めると、背中の
方がにわかに明るくなってきた。
「チッ。追っ付いてきやがったか」
 舌打ちしながらジェフが目一杯スロットルをブチ開けると、俺も近付いて
くる治安隊を気にしながらスピードを上げてあとを追った。
 甲板に乗った岩が単車の底をガリガリ削るほど降下したときだ。一瞬の浮
くような感覚に続いて甲板は大きく傾き、それに伴って零れ出した土砂に押
し流された俺の目の前に、切り立った岩壁が迫ると、耳をつんざく嫌な音を
立てて岩壁に噛み付いた船舷は、一頻り火花を散らしてから、谷の真ん中へ
向けてようやく進路を戻し始めた。
「下手ッくそっ。誰が舵取ってんだっ!」
 ジェフは艦橋を仰いで悪態をつくと、倒れた単車を軽々起こして格納庫の
後方ハッチを開けに行き、追い付いた俺と一緒に中へ単車をブチ込んでエレ
ベーターへ飛び乗った。
 突然衝撃が襲い、大きく傾いたエレベーターん中で引っ掻き回された俺は、
危うくジェフに潰されかけた。
「ったく、エレムじゃねーのかァ!?」
「にーちゃんだろーが」
「馬鹿言え! 仮にも奴ァ俺たちリュンクスの艦長だぜッ。おい、アーク!
ありゃ・・・・」
 残念ながら、いざ艦橋へ飛び込んでみると、舵輪相手の苦戦を強いられて
いるのはにーちゃんだったのだ。
「どーしたッてンだよ! おまえらしくもねぇッ」
「御託並べる暇があったら機関室へ行ってくれ」
「あ?」
「左が死んでる。急げッ」
「おうさ、了解!!」
「ディノ!」
「なーに?」
「ジェフと機関室へ行け! ルゥジィはリンと左舷の機銃室へ! エレムは
奴さんたちの現在位置を割り出してくれ」
「うん☆」
「あいよッ」
「へーい」
「ち、ちょっと待てよ! 機銃室ってまさか・・・・」
「グズグズしてンじゃないよ! 来なッ!」
 リンは俺の腕を掴むや否やエレベーターに叩っ込み、その勢いで機銃室へ
飛び込むと、俺を隣のシートに押し込み、自分は慣れた手付きでそこらへん
のスイッチをいじりまくった。
 開けっ放しの伝声管から艦橋の騒音が吐き出され、照準機のモニター画面
が起動し、目の前の視界が一気に開けた。
「さぁ来るよ☆ 治安隊の連中がッ! 一度撃って見たかったんだ。これ☆」
「ま、まさか治安隊相手にドンパチやろーッてんじゃねぇだろな!」
「ほかに誰がいるってんだい!? あんたは・・・・。あの優男の合図があったら
ブチかますンだ。いいねッ!?」
「ンな・・・・! 掟を破った上に治安隊に楯突くなんざ、気違い沙汰もいいと
こ・・・・」
「っさいねー! 黙ってなッ!」
 俺は「どーなっても知らねーぜ」と切り返してぶすっと膨れると、腕組み
して照準機越しの外を睨み、伝声管に耳を傾けた。
 −・・・・の艦! 艦長は誰だッ。艦長を出せ!
 −俺だ。用なら手短に済ませてくれ。こっちァ忙しいんでね。
 −ふざけやがって・・・・! 艦を止めろッ。いいか! そいつは戦艦なんだ
  ぞ! 廃棄せにゃならん物なんだ! 判っとるのか!?
 にーちゃんは聞いてンのか聞いてないんだか、一向に速度を緩める気配は
なく、修理を終えて上がってきたらしいジェフたちと、何やら話しているよ
うだった。
 −艦を止めろと言っとるんだ! 無視しやがるンなら三十秒と待たずに攻
  撃するぞッ。
 あぁ、もう駄目だ! 治安隊のオヤジの声は前にも増してヒステリックに
なってるってのに、ジェフの奴なんか、何を話してンだか馬鹿笑いなんかし
てやがる。
 −野郎、聞いてンのかッ。こらッ!
 −感度良好! せいぜい怪我しねェように頑張るンだなッ!
「に、にーちゃん! そんな無茶苦茶ってありかよッ」
 −おまえらの腕なら五分でカタがつく。来るぜ。
「ンな・・・・」
 もう一度怒鳴ろうとした瞬間、俺はリンに首根っこを掴まれて、再びシー
トにブチ込まれ、同時に船尾からのどどどーん! てな衝撃で、照準機に嫌
と言うほど叩き付けられた。
「キャハ☆ おいでなすったよォッ」
 リンは素早く照準を合わせると、実に喜々としてトリガーを引きまくった。
「あっ!」
 ぱっと明るくなった視界の中に、俺は火を吹いたクルーザーから放り出さ
れる人間を見た。
 死んじまったんじゃねーだろーな。いや、例え生きてたとしたって、こん
な深い谷じゃ・・・・。
「止せよリン!!」
 俺の唐突な阻止に、奴は一瞬面食らって振り向いたが、すぐに面白くなさ
そうな顔になった。
「何すンのさッ。いきなり・・・・!」
「人殺しがそんなに楽しいかよッ!」
「あんた馬鹿かい? 殺らなきゃ殺られるんだよ!? それにあんた、猟師だ
ろーが!!」
「ひ、人なんか撃ったこと・・・・」
「奴らにゃ晴らし切れない恨みが幾つもあンだよッ。撃ちたくなきゃ構わな
いけど、邪魔すンならただじゃおかないよッ!」
「だとしたって・・・・! あ?」
 鼻先で嘲ったリンに掴み掛かったとき、俺たちは治安隊の連中が唐突に攻
撃を中止して上昇していくのに気付き、奴らが消えた崖の上に、村の自治圏
の境界を示すオベリスクを見つけると、月の光を受けて銀色に輝きながら遥
かに遠ざかっていくそいつを、呆然と見送った。
「諦めたみたいね」
「ん」
 ぽつりと言ったリンに答えると、僅かな沈黙の後、ぱぁん! と唐突に俺
の頬が鳴った。
「た・・・・な、なんだよいきなり・・・・」
「どこ掴んでンのさッ。このスケベっ!!」
「え?」
 聞き返したのがまずかった。リンは胸元を掴んでる俺の両手を無言で叩き
落とし、すっくと立ち上がるや否や、
「いーーだ!」
 と一言、面食らってる俺に浴びせると、さっさと艦橋へ上がっていってし
まった。・・・・やれやれ。いいじゃンか、少しくらい・・・・。
 俺は熱くなった頬を擦りながら立ち上がると、大きな溜め息をついてから
エレベーターに乗った。が、艦橋に着き、ようやく一息つけると思うのも束
の間、いきなりドヤドヤと乗り込んできた連中に押し戻され、エレベーター
は再び降下を始めた。
「な、何だ何だ! 一体・・・・」
「で、転換炉には何の損傷も?」
「うん。でも液体水素が漏れちゃっててさ」
「まずいなそりゃ。ンで、それは?」
「とにかく変なンさ。来りゃ判るよ」
「一体何だってンだよ」
「そこは別室になってるのか?」
「に、にーちゃん!? か、か、舵は一体・・・・」
「っさいねー。さっきからキャンキャンギャーギャー・・・・。オートパイロッ
トだよッ」
「あ、リン」
 奴は狭いエレベーターの中、連中をかき分けて俺の側へ来ると、呆れた顔
で腕組みをした。
「一体何の騒ぎだよ。これ・・・・」
「妙な部屋だってさ」
 エレベーターが最下層でようやく止まると、俺は連中と一緒に通路へ吐き
出された。
「妙な部屋?」
「左の推進機の陰にディノが見つけたんだ。氷漬けになってンだってさ」
「ふゥん」
 そうこうしているうちに俺たちは機関室に着き、先頭にいたジェフが、で
かい鉄の扉を開けた。
「ふわ・・・・ひでェな。こりゃ・・・・」
 天井に反響するエレムの台詞通り、そこは俺たちが修理した場所とは思え
ないほどの変わり様だった。
 床は霜で真ッ白。充満する冷気は肌を刺し、転換炉から引かれたパイプに
はご丁寧にツララまでブラ下がってるってェ有様だ。これじゃ推進機の調子
も悪くなろうってもんだ。
「あれか」
 にーちゃんが指差した片隅には、なるほどコンテナほどの部屋らしき物が
船舷の分厚い壁と巨大な転換炉の間に設置されていた。
「修理ンときにゃ、あんなン気付かなかったよな?」
 言いながら振り向くエレムに頷いて見せると、俺たちは、部屋へとむかっ
たにーちゃんたちに慌てて駆け寄り、少し遠巻きにして見守った。
 見たところ、その部屋にはドアに相当するものが見当たらず、入り口に面
した壁にドアの輪郭線を描くように霜が張りついてるだけ。おまけにそいつ
は全くの平面で、把手らしきものは一つもなく、どうやって開けたものか誰
も見当をつけ兼ねていたが、にーちゃんは別段憶する様子もなくドアらしき
ものの前に進み出ると、霜の張りついた一角を撫で回し、ふと手を止めて霜
を払い落とすと、現れたパネルに並んでいるボタンの一つに軽く触れた。
 シュン。という空気の抜けるような音の後に、ドアがゆっくりと左右に割
れると、俺たちは溢れ出る冷気などてんでお構いなしで、わっとばかりに駆
け寄った。が・・・・。
「え!?」
「な、何!? これ・・・・!」
 エレムとリンの上ずった声に中を覗き込むと、俺は背筋に悪寒を感じた。
「か、棺桶・・・・?」
 誰か、頷いてくれても良さそうなもんだ。
 暗くて狭い氷の部屋の中、きっちり並べられた四つの箱は、まさに棺桶そ
のものだった。それだけじゃない。にーちゃんが払い落とした霜の下に現れ
たのは、紛れもなく人の・・・・女の子の顔だったんだ!
「に、にーちゃん、これ、死んでンのか?」
「いや、コールドスリープだ」
 あまりにも冷静に、あっさり言い切ると、にーちゃんは四台の棺桶全ての
霜を払い落としながら一番奥へ入っていくと、腕組みをしてガラス越しの少
女たちを見下ろした。
「コールド・・・・何だって?」
「人を生きたまま凍らせて保存する・・・・ま、生きてる人間用の棺桶だな」
 にーちゃんの代わりに野太い声で答えると、ジェフも奥の棺桶へ歩み寄り、
にーちゃんと一緒に腕組みをして棺桶を見下ろした。
「アーク、こいつはやっぱり・・・・?」
「あぁ。当時の記録はほとんど残されてないからな。断言は出来ないが・・・・」
「皇室侍女か」
「皇室侍女ォ!?」
 口々に叫ぶと同時に改めて覗き込むと、なるほど、みんな育ちの良さそう
な娘だ。皇室侍女と言えば、それなりの格式を持った家の中でも、特に選ば
れた娘ばっかりで、都にある宮殿にはそんな娘たちが何十人もいるらしい。
それこそ俺たちにとっちゃ高根の花で、そうそう拝める物ではない。
「でも、顔色悪いねー」
 ディノの背伸びをして中を覗き込む。
「ったりめーじゃん。凍ってンだぜ? 半分死んでるよーなもんじゃねーの」
「いや、そっちの三体は本当に死んでる」
 にーちゃんは平然と言い切ってこっちを指差すと、棺桶を覗き込んでいた
俺とエレムは「げッ!」とばかりに飛びのき、壁に張りついたまンま何やら
始めたにーちゃんたちを見守った。
「ったく、情けない奴らだねぇ。たかが死体の一つや二つ・・・・。そんなとこ
に張りついてないで、こっち来て手伝ったらどーなんだいッ」
「ヘ、ヘン。驚いただけでィッ」
 相変わらずキツいリンの啖呵に対抗しつつ奥へ入ると、俺とエレムは磁力
工作機を持ってくるように言い付かった。どうやら棺桶を床から外すつもり
らしい。
 道具が揃うと、俺たちはにーちゃんの指示で、始めに生きてるらしい一番
奥の一台を外し、それをジェフが軽々担いで医務室へ運ぶ間に、残りの三台
を外すと、にーちゃんはリンに手伝わせて綺麗に霜を拭い去り、俺たちは、
こんな艦の片隅で、誰にも知られることなく寂しく死んでいった少女たちの
為に花を手向け、三台の棺桶は谷底深く眠ることになった。




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