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ワイルドキャット 第二話(5/5) 仮面ライター
★内容
空飛ぶ吸血魔人・蝙蝠男(5)
蝙蝠男の負傷は、間もなく癒えようとして
いた。しかしどうにもならないのは、肝心の
所で邪魔が入り、ワイルドキャットを征服で
きなかったことだ。最初は自分の言いなりに
なったかどうか確認するだけのつもりだった
が、しだいに頬を上気させていく那恵の姿を
見ているうちに、すっかりその気になってい
たのだ。
「くそ、『ワーウルフ』奴、ワイルドキャッ
トが運良く捕まえてきたらただじゃ置かんぞ。
たっぷりお仕置きを呉れてやる。いや、その
前にワイルドキャットと……ぐふふ」
藪が動いた。音と匂いで判っている。ワイ
ルドキャットとワーウルフが戻ってきたのだ。
戦闘が継続している様子はない。
「うまくやったようだな、ワイルドキャット。
こっちだ」
西連寺を抱いたワイルドキャットが、蝙蝠
男のいる藪の中に入ってきた。西連寺の手足
は、ロープで縛ってある。
「ワーウルフはどうした。殺したのか?」
「いえ、内臓破裂で気を失っているだけです。
生け捕りとの仰せでしたので」
「ならいい。生体改造兵士は貴重だからな。
使えるものは『グランマ』に連れて帰る」
蝙蝠男は藪の奥から背嚢を持ってきて、中
からスチールワイヤーを取り出した。
「こいつで縛り直しておけ。終わったらこっ
ちに来るんだ」
既に心はワイルドキャットとの行為に走っ
ていた。先にワーウルフを支配下に入れてお
くべきかとも考えたが、怪我人に自分の麻薬
を注入すると、ショックを起こすこともある。
それよりもワイルドキャットだ。西連寺を縛
り終えて近付いてくるや否や、からだを抱き
よせ唇を重ねようとした。
「あの、今回はお一人なんですか?」
蝙蝠男の腕に抱かれながら、那恵が尋ねた。
「ああ、病院は人の出入りの激しい所だ。戦
闘員は何人かいるが、生体改造兵士はおれだ
けだ。もっとも、おれ一人で『子分』を何人
でも作れるからな。ほかの連中なんかいらな
いさ」
誇らしげに蝙蝠男が答えた。ワイルドキャ
ットに対して、自分がいかに優れているか教
えようとしていた。
「すごい方」
「うん? しかし、なんでそんなことを……
ぐはっ」
突然、蝙蝠男の股間を衝撃が襲った。
「一人しかいないなら、何とかなるわね」
ワイルドキャットの右膝が蝙蝠男の両足の
間にめり込んでいた。生殖器官が潰れ、腰骨
も折れている。遠慮とか加減と言ったものが
一切感じられない攻撃だった。蝙蝠男も完全
に警戒を解いていて、まともに受けてしまっ
た。
「きさま……いつのまに正気に?」
まだ状況を理解できないでいる蝙蝠男の、
喋りかけた顔面に正拳突きが入った。突くよ
り早く拳を引くため、頭はほとんど動かずに、
衝撃だけが頭蓋骨の中を通過した。拳の当た
った反対側で、血管が破裂した。一撃で脳髄
が破壊されていた。
手刀を横に走らせた。ごろりと蝙蝠男の首
が落ちた。奇麗な切り口を見せた首から血を
噴き上げながら、からだがくずおれていった。
「ふん、いいざまよ、このヘンタイ」
那恵が思い出したように股間を押さえた。
「う……ん、那恵、那恵……」
西連寺がうなされながら、薄目を開けた。
「あたしはここよ」
ワイルドキャットが、握っていた西連寺の
手を胸に押し当てた。既に衣服を身に着けて
いる。
「あ……」
西連寺がワイルドキャットを見つめて、飛
び起きた。手を振りほどこうとしたが、相手
の眼差しに気付いて息をついた。
「那恵……さん。正気に戻ったのか? 蝙蝠
男は?」
「『那恵』でいいよ。蝙蝠男は首を跳ねとい
たから、もう起きて来ないはずよ。でも直人
さんの方が心配だった。目を覚まさなかった
らどうしようかと思った」
ワイルドキャットの顔のまま、困惑の中に
も安堵の表情を見せた。
「生体改造兵士は、内臓破裂ぐらいじゃ死に
はしないさ。それにしてもすごい蹴りだった。
まじで腹から背骨を踏んづけたぞ、あれ」
「蝙蝠男の麻薬の醒めかけで、遠慮も会釈も
無しに蹴っちゃったもんね。お父さんやお母
さんもぶっ飛ばしちゃったし」
「この不良娘」
西連寺がワイルドキャットの頭を撫でた。
「あれぐらいなら、御両親とも脳震盪で済ん
でるだろ。大丈夫だよ」
「うん、気になって見に行ったけど、助け起
こされて無事だったみたい。だけどあんな状
態でそこまで見ててくれたのね。すごいわ」
「今、何時だ? どのくらい眠ってた?」
西連寺が夜空を見上げながら尋ねた。
「ちょうど11時。5時間ぐらいかな」
「まずい。蝙蝠男からの連絡が途絶えると、
『グランマ』が動き出すぞ」
「これのこと?」
ワイルドキャットが、蝙蝠男の背嚢からト
ランシーバを取り出した。
「時々発信音が聞こえるから、そこの赤いボ
タンを何度か押すの。すぐに音は止るわ」
「それならいい。ところで、いつまでその恰
好でいるんだい?」
「それよ。どうしたらいいの? 元に戻んな
いの」
ワイルドキャットは泣きそうな声を出して、
西連寺の両手を掴んだ。
「変身も解除もものすごい精神集中が要るん
だ。精神コントロールを受けたりしてれば、
却って雑念が入らなくて簡単なんだけどね」
西連寺がワイルドキャットの手を握りかえ
した。そのままワイルドキャットの額に自分
の額を付けてきた。
「さ、精神を集中して、元の姿に戻りたいと
願うんだ」
西連寺が目を閉じた。ワイルドキャットも
それに習う。
「う……」
ワイルドキャットが唸り声を漏らした。西
連寺が目を開けると、ワイルドキャットの顔
から体毛が抜け落ち、鼻面や耳が元に戻って
いく所だった。やがて頭部に残った体毛が黒
髪に変わっていった。
「ふう」
那恵が息をついて顔を上げた。
「那恵、その顔……」
「え?」
慌てて顔に手をやるが、特に変わった感触
はない。レザースーツのポケットからコンパ
クトを取り出した。
「あっ」
鏡に映っていたのは、『グランマ』に改造
される前の那恵の顔だった。意識が戻ってか
らたった二日しか経っていないが、懐かしさ
に胸が震えた。
しかし、すぐに震えは収まり、沈痛な表情
が取って代わった。
「どうした? 元の顔に戻れたんだぞ」
「この顔、もうあたしの顔じゃないわ」
那恵は、もう一度西連寺の手を取った。
「お願い、力を貸して」
強く目を閉じる。那恵の顔が変化を始めた。
「どう?」
那恵が西連寺を見た。
「ああ、『元のまま』だよ」
生体改造を受けた後の顔になっていた。
「この顔も、笑うとかわいいんだよね?」
「ああ、すごくかわいい。あの車椅子の女の
子よりずっとかわいいよ」
西連寺が那恵の肩を抱いた。
「うん。もうあの顔はあの子のもの。あたし
はもう堀井那恵であって堀井那恵じゃない。
あの顔はいらないわ。今の顔がほんとのあた
しの顔なのよ」
那恵が西連寺の胸に顔を押し付けた。西連
寺は、黙って那恵を抱きしめた。
「ところで、蝙蝠男はあたしを『ワイルドキ
ャット』、直人さんを『ワーウルフ』って呼
んでたわよね」
バイクで織部たちの待つ隠れ家に戻る途中、
那恵が言った。
「ああ、生体改造兵士のコードネームは、普
通英語なんだ」
「じゃ、直人さんは狼?」
「いちおうね」
「ふうん、かっこいい」
「どうだか」
「でもさ、普通英語なら、なんで『蜘蛛男』
や『蝙蝠男』は日本語なのよ?」
「英語で呼ぶと具合が悪いんだろ。ほかの話
みたいでさ」
「……あ、なるほど」
少し考えてから那恵が呟いた。
第二話・完