AWC 「飛龍イオリス」1−2  坂東利悠紀


        
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★タイトル (QFM     )  95/ 8/24  14:46  (196)
「飛龍イオリス」1−2  坂東利悠紀
★内容
 凍てついた岩場を抜けると、向こうの崖までだらだら続く斜面が開ける。
その中腹から崖ッぷちまで、肩を寄せ合うように立ち並ぶ家々が俺たちの村
だ。そしてその向こうが北前衛峰。これより先にもう村はない。
 ・・・・らしい。
 ここは落人の村だ。と、三年くらい前に組頭に聞かされたことがあった。
何でも、俺が生まれた年に天下を分けるような大きな戦があって、その時軍
師だった組頭と、俺の親父は一緒に戦った仲間だったらしい。その他のこと
は聞かされもしなかったし、俺自身、興味もなかったのでいまだに知らない。
が、俺はそんな昔のことよりも、それを知った夜に掟を破って村を出て行っ
た、俺の兄貴分のことをずっと気に掛けていた。
「なぁ、おやっさん・・・・。にーちゃん今頃どうしてンのかな」
「さぁな」
 組頭は少し怒ったような声で答えた。無理もない。それまで十五年もの間、
ほんとの息子同然に育ててきた奴に裏切られたんだもんな。
 俺は良心が痛んだ。この上俺が村を出たとなったら、組頭はどうなっちま
うんだろうか・・・・。
「げ・元気だろうな。きっと。あはは・・・・」
 ぎこちない作り笑いに、「何だおまえは」と言った顔をすると、組頭はう
ちの脇の納屋の前に単車を止め、俺がその隣に止まると、もうすっかり凍り
付いた獲物たちを荷台から外すのを手伝ってくれた。
「おやっさん、俺・・・・」
「んン?」
「いや・・・・その・・・・」
「何だ?」
 俺は口ごもった。まさか、「村を出ていいか」などとは言えないし・・・・。
「何だ? さっきから・・・・」
「いや、にーちゃんさ、なんで村を出たんかなと思って・・・・」
「さぁな。隊商に女でもつくったんだろ」
「隊商・・・・」
「ったく、あいつの考えてることは判らんよ。おまえも早くあいつのこと何
ざ忘れるんだな」
 無表情に言い切ると、組頭は獲物を背負って納屋へ入っていった。
 そう言えば、にーちゃんはわりとイイ男だったななどと思いつつ、残りの
獲物を担いで納屋へ入ろうとした時、高台にある俺ン家の下を通る道を振り
向くと、二台の単車が止まっていた。
 先に帰った仲間だ。
「何かあったのか?」
「隊商が来てんだ!」
「隊商が? まだ先じゃなかったのかよ!」
「だって、来てるぜ?」
 奴らの言葉に村外れの停泊所を透かし見ると、巨大な船影らしきものが横
たわっているのが見えた。
「ほんとだ!」
「な。じゃ、俺たち先に行ってるから!」
「ああ、すぐ行くよ!」
 連中がいなくなると、俺は大急ぎで獲物を納屋に放り込み、組頭には「出
掛けてくる」と一言言っただけで、猟銃を背負ったまま単車に飛び乗り、村
外れへ向かった。
 三年に一度やって来る隊商。奴らは自由な連中だ。奴らだけは村から村へ
行き来することを皇帝から認められている。大人たちは身分が卑しいだの何
だのと、厄介になっていながらも蔑んでるが、俺たちは誰もが奴らに密かな
憧れを抱いているのだった。
 奴らには家もないし、身分も低いけど、陸上船さえありゃどこだって行け
る。掟で縛られてる俺たちにとっちゃ、陸上船はまさに自由の象徴だった。
 俺はスロットルをブチ開けると、さっきの連中を追って通りを抜け、隊商
のキャンプへ入っていった。
 一本道の果てに聳える巨大な船影が視界に迫り、陽気な商人と客たちのや
り取りが賑やかに聞こえてくると、俺は単車を止め、遥か頭上で夕陽に鈍く
光っている艦橋を見上げ、深い溜め息をついた。
 ーあいつに乗って村を出なきゃ・・・・!
 俺はもう一度艦を見上げると、単車を発進させた。
 キャンプのド真ん中へ出ると速度を緩め、スチールで出来た組み立て式の
店が立ち並ぶ通りを、赤いスカーフが巻き付いている看板を探した。噂では
その店の商人が密航の手引きをしてくれると言う。
 何となく後ろめたい気持ちで辺りを見回し、視界の端に引っ掛かった水商
売風の何やらいかがわしい看板にその印を見つけると、もう一度辺りを見回
してから店の裏に単車を回した。
 くぐもった表の喧騒を聞きながら、エンジンを掛けたまま単車を降りると、
一つ、大きな深呼吸をした。
 傷だらけになったスチール製のドアが、一つ向こうの通りを走り去る単車
を映した。
 ー畜生! 何やってんだ俺は! ここでやめたらまた三年待たなきゃなら
  ねぇんだぞ!!
 ええい。侭よ! とばかりにドアに手を掛けた時、それが思ったより柔ら
かいので驚いて顔を上げると、そこには何とも婀娜っぽい若い女の顔があっ
た。
「へぇ。餓鬼のくせに積極的じゃん」
 艶を帯びた赤い唇が呟くと、俺は角の天辺まで熱くなり、慌てて彼女の腕
から手を離し、落とした視線の先に思い切り良く開いたドレスの胸元が現れ
ると、どぎまぎして顔を上げた。
「あ、あの俺・・・・」
「なァに? あたいなら今空いてるよ」
「はい。いえ、そーじやなくて、俺、密航・・・・」
 その瞬間、俺はいきなり綺麗な手で口を塞がれ、店の中へ引きずり込まれ
た。
「な、何だよいきなり・・・・!」
「治安隊の連中がうろついてるのに、密航なんて言葉軽々しく使うんじゃな
いよ! 気が付かなかったのかい? あんた、符丁も知らないなんて素人も
いいとこだよ。いいかい? 密航のことは「出掛ける」って言うんだよ。覚
えとき。ついでに治安隊の怖さもね」
 彼女は早口で捲くし立てると、大きな溜め息をついてから、ようやく落ち
着いて俺のなりを眺めた。
「あんた、マジ? まだ餓鬼じゃん」
「もう十七ンなるよ。本気さ!」
「ふゥん。・・・・あんた喧嘩できる? 銃の腕は?」
 言いながら彼女は俺の背中の銃に、ちらっと目をやった。
「これでも猟師組の二代目だぜ?」
 彼女の馬鹿にしたような口調での質問に、些か腹立たしくなって仏頂面で
答えると、彼女は「へぇ」と感心したように、綺麗に口紅を引いた口元を綻
ばせて微笑むと、今度は腕組みをして角の天辺から爪先までをじっくりと眺
め回した。
「な、なんだよ」
 いい加減背筋がむずむずして思わず突っ掛かると、彼女は腕をほどいたか
と思うと、いきなりゾクッとするほど艶っぽい流し目で俺の頬をつついた。
「艦に乗りたいィ?」
 甘ったるい問い掛けに思いッ切り頷くと、彼女は「かァわいいィ」などと
言いながらほっそりした綺麗な指で俺の頬を撫で回した。
「そぉだねぇ。あたいなら載せちゃうけど、一応艦長に掛け合っとかないと
ね」
 やったァ! と叫ぶにはまだちょいと早かったが、俺は思わず指を鳴らし
た。
「さて、あんた、名前は? あたいはネルってんだ」
「ルゥジィ」
「ルゥジィ・・・・ね。ちょつと待っといで。艦に連れてってあげるから」
 言いながら店のドアを開けると、彼女は振り向きざまにウィンクの電撃を
喰らわして俺の視界から消えた。
 天真爛漫と言うか、あけすけと言うか、隊商の女は総じて綺麗だ。村の女
のような重苦しい慎ましさがないせいだと俺は思う。などと勝手に思いを巡
らしつつ、さっき彼女が触れた頬を撫で回していると、俺は、どきっ とし
て顔を上げた。
 間違いなく今のは銃声だ! 一瞬脳裏に彼女の死体の絵が掠めたが、唐突
にブチ開けられたドアから飛び出した無事な姿に安心する暇もなく、彼女は
俺の腕を引ッ掴むなり、エンジンを掛けっぱなしで置いといた単車に跨がり、
俺が後ろに乗ったことさえ確かめずにいきなりウィリーで発進した。
「な、何だよいきなり・・・・!」
「店の者が騒ぎを起こしてんだ」
「何で!」
「治安隊を引き付けるためさ。この隙に・・・・!」
 なるほど。隊商が村にやってくると、決まってこんな騒ぎが起こってたも
んだが、あれは密航のためのカモフラージュだったんだ。
 ひとしきり感心すると、俺ははっと我に返った。どうも指先に感じるもの
が頼りなさげで柔らかいと思ったら、事もあろうに彼女の細くて綺麗な腰に
がっちりしがみついていたのだ。
「ぅわッ」
「あン。危ないな。手を放す奴があるかい!」
 そんなこと言ったって・・・・と、遠慮がちにしがみつくと、今度はくすぐっ
たいからやめてくれと言われ、振り落とされそうになったので、仕方なく最
初の体勢に戻った。
「ご覧よるあれがあたいらの艦。リュンクスだよ」
「・・・・・・・・」
 彼女が誇らしげに指差す艦は、貴族語で山猫を意味する名前の通り、俺が
今まで見たことのあるなかでも、小さいほうだった。
「でも、長距離艦なんだ。あたいはまだ行ったことないけど、艦長はこいつ
で都まで行くつもりらしいよ。あっ、ジェフ!」
「ぎゃっ!」
 彼女は後ろの俺などまるでお構いなしにアクセルターンをやらかすと、つ
いさっき擦れ違った馬鹿デカい単車を追っかけてスロットルをブチ開けた。
「ジェフったら、お待ちよ!」
 全然見えないほど引き離されていたはずのさっきの単車との距離が、見る
見る内に縮まっていく。俺は過激な加速のために半ば呼吸困難に陥りながら
も、彼女の肩ごしに恐る恐るメーターを覗き込むと、角の天辺から音を立て
て血の気が引いていくのを感じた。
「何だ。ネルじゃねぇか。どうした、俺が恋しくなったんか?」
「自惚れンじゃないよ。自分の女だと思って・・・・」
 どうやら追いついたらしい。いきなり止まった単車の後ろで、鞭打ちにな
り掛かった首の後ろを両手で抑えてのろのろと天を仰ぐと、そこにはさっき
までの燃えるような夕焼けはなく、代わりにガタイのいいおっさんの顔が俺
の顔をまじまじと覗き込んでいた。
「こいつは? お出掛け小僧か?」
 おっさんはネルを振り向くと、起き上がった俺に顎をしゃくった。
「そ。この子は使えるよ。猟師組の二代目だって☆」
 彼女が片方の肩をひょこっと上げて見せると、おっさんは「ほぉ」と言っ
て腕組みをした。
「小僧、名前は?」
「ルゥジィ」
 聞いてんのか聞いてねえのか、おっさんは品定めをするように俺を眺め回
すと、納得したのか、頷きながら懐から百フレビノ金貨を二・三枚、振り向
きざまに彼女に放った。
「わ☆ こんなに?」
「ああ。また頼むぜ」
 彼女は返事の代わりにウィンクをぶつけると、近くを通り掛かった単車を
ドレスの裾をちょこっと持ち上げただけで止まらせ、そいつの後ろに乗ると
俺たちに軽く手を振り、店に戻っていった。
 俺の値打ちは三百フレビノか。もうちょっと高く見てくれてもいいんじゃ
ないかと思うのは俺の自惚れだろうか。
「さて、と」
 おっさんは豪快に伸びをすると、単車のエンジンを掛け、俺にもそうする
ように促した。
「俺はジェフ。今夜からリュンクスの艦長になるが・・・・ま、一応現職艦長に
も挨拶しとくか」
 ジェフは俺が大きく頷くのを見届けると、単車に跨がり、豪快に吹かして
から艦へと向かった。
 擦れ違う商人たちが、一人残らず挨拶をしていく。がっしりとした風体、
豪快で陽気な性格。ジェフは俺が想像していた艦長像にまさにぴったりの人
物だ。そんな彼でさえ、今夜やっと次期艦長に就任できるのだから、現職艦
長とは一体どんな人物なんだろうか。
 そうこうしているうちに、奴はリュンクスの船舷ハッチの手前で停車し、
少し遅れて止まった俺などまるでお構いなしに、商人たちが慌ただしく出入
りするハッチの奥へ向けてしきりに叫んでいた。
 逞しい船員たちに混じって、時折花のようなドレスを纒った、少女と言っ
てもおかしくないほど初々しい踊り子たちが、山と積まれた荷物の間を縫っ
て、化粧道具や華やかな髪飾りを片手に艦の中を行き来している。恐らくは、
今夜の見世物小屋での出し物の準備なのだろう。象牙色の角に薄茶色の髪を
した赤いドレスの踊り子が、俺に気づいたのか、何とも愛らしい微笑みを投
げ掛けた。





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