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ワイルドキャット 第一話(4/4) 仮面ライター
★内容
怪奇・蜘蛛男(4)
人間蜘蛛の体重が那恵のからだにのしかか
った。那恵が固く目を閉じた。だが、友人た
ちから話だけ聞いている痛みはなかなか襲っ
てこなかった
代りに、那恵の顔に滴のような物が落ちて
きた。目を開けて見上げると、人間蜘蛛の顔
をどす黒い液体が伝わり落ちていた。液体は
人間蜘蛛の額から流れ出していた。
「……き……さ……ま……?」
さらに顔を上げると、後から来た戦闘服が
消音器付きの拳銃を持って立っているのが見
えた。消音器からは熱気が上がっていた。ど
うやらその拳銃で人間蜘蛛を撃ったらしい。
力の抜けた人間蜘蛛のかららだを那恵は跳
ねのけた。半身を起こして両腕を縛った糸を
切ろうとするが、那恵の腕力ではどうにもな
らなかった。
戦闘服が那恵の背中に回り、ナイフで糸を
切断した。那恵は自由になった両手で、急い
でガウンの前を合わせた。
「立てるか?」
戦闘服が那恵に手を貸して立ち上がらせた。
意外に若い男だった。
「ありがとう。あなたは?」
「味方だ。信じる信じないは君の自由だけど」
「停電を起こしてくれたのも?」
「そういうこと。さ、こっちだ」
「あ、待って」
那恵は男を呼び止めると、うつぶせに倒れ
たままの人間蜘蛛のところへ行き、後頭部を
二・三度踏みつけた。目には涙が光っている。
「お待たせ。行きましょ」
「あんまり敵に回したくない人だね、君って」
走りながら戦闘服の男がつぶやいた。
「助けてもらったことは感謝してるけど、ち
ょっと恨んでるのよ、あなたのこと。もう少
し早く助けてくれてもよかったんじゃないか
って」
「ごめん。蜘蛛男を完全に油断させないと、
かえって危険だったから」
「頭ではわかってるつもりなのよ、それも」
「ごめん」
あたりに注意しながら通路をいくつも抜け、
階段を何度か上っていった。通路に並んでい
るドアのひとつを開けるとそこは屋外に通じ
ていた。外は夜で、満月が中天にかかってい
る。生け垣の中に入っていく戦闘服に那恵が
続いた。
「これ。サイズが合わないかも知れないけど」
戦闘服が黒っぽいレザースーツのような服
を那恵に渡した。
「ちょっとあっち向いてて」
「あ、ヘルメットとブーツとグローブはここ
に置くとくから」
「うん」
レザースーツのパンツの方を穿いてから、
ガウンを脱ぎ、上着を着た。チャックを上げ
る前に月明かりで確かめても、からだには何
の変化も見られなかった。
「お待たせ」
「よし、こっちに乗って」
繁みの奥にオフロード用のバイクが二台停
めてあった。
「しっかり付いて来いよ」
「うん」
西連寺は、繁みを抜けて通路のあった方と
反対方向へ走り出した。振り返ると、病院ら
しい建物が見えた。
「あ、助けてくれてありがとう。あたし、堀
井那恵」
「西連寺直人だ」
未舗装の道へ入っていく。
「あなたも……、その、生体改造兵士とか言
う……」
「ああ。一年ほど前にね」
互いに聴力が強化されているため、バイク
を運転しながらの会話にもさほど不便は感じ
なかった。
「どんなものなの、その生体改造兵士って?」
「『遺伝子治療』って知ってるかい?」
「名前だけは聞いたことあるけど」
「ウィルスってどんなものか知ってる?」
「確か、ほとんど遺伝子の核酸だけの存在で、
生物の細胞にその遺伝子が入ると活動を始め
る半分生物で半分鉱物みたいな……」
「さすが優等生。で、生物の細胞に入る時、
その細胞の持つ遺伝子の一部を自分のに置き
換えるって性質を持ってるんだな。その性質
を利用して、遺伝子の欠損部分を補わせよう
として無害化して遺伝子の運び屋にしたウィ
ルスが『ベクター』で、それを使ってやるの
が遺伝子治療」
「……うん」
「『グランマ』はそれを更に推し進めて、人
間の遺伝子に特殊な能力を持たせようとした
のさ」
「それが生体改造兵士?」
「ああ。もとの人間の素質・経験はそのまま
に、肉体だけを別の物にしてしまうんだ」
「さっきの蜘蛛男も?」
「いや、そこにいる蜘蛛男だ」
西連寺がバイクを停めた。道の先にヘリコ
プターが降りていた。ヘリの前に体液で顔を
汚したままの蜘蛛男が立っている。
「あれで死なないなんて……」
「生命力と細胞の再生力がすごいんだ」
「でも、頭を撃たれたのに」
「変身後に脳が頭にあるとは限らないさ」
「何をごちゃごちゃ言っている。このまま逃
げられるとでも思っているのか」
蜘蛛男が吠えた。ヘリから武装した戦闘服
たちが降りてきた。
「戦闘服を任せていいか?」
「蜘蛛男を任せて」
「大丈夫か?」
「さっきは訳がわからなくて捕まったけど、
今度は何とかするわ」
那恵はアクセルをふかし、蜘蛛男に突っ込
んだ。蜘蛛男がかわすと、ブレーキターンで
バイクの向きを変えるついでに、戦闘服たち
の足を払った。以前なら乗るだけで精一杯だ
った大きさのバイクが、三輪車より軽々と扱
えた。
さらに蜘蛛男を追う。今度は、よけた蜘蛛
男に蹴りを入れた。それを何度か繰り返すう
ちに、蜘蛛男の動きが鈍くなっていった。
一気に蜘蛛男に突っ込んだ。しかし、そこ
には蜘蛛男の糸が待っていた。逃げながら周
りの木に糸を張り巡らせていたのだ。バイク
が糸に捕えられ、動きを止めた。
今度は蜘蛛男が襲いかかった。だが、バイ
クの上に那恵の姿はなかった。蜘蛛男が刺激
臭を感じた。バイクのガソリンタンクが開い
ていた。
「サヨナラ」
木の上から那恵の声が聞こえた。蜘蛛男が
樹上を見上げると、拳銃をかまえた那恵の姿
が見えた。消音器を通してくぐもった銃声が
上がった。ガソリンタンクに当たった弾丸の
火花が気化したガソリンに引火した。蜘蛛男
のからだはバイクとともに吹き飛んだ。
「あーあ、壊しちまいやがんの」
戦闘服たちを片付けた西連寺が戻ってきた。
「ごめん。でも、ああでもするしか……」
「冗談だよ、さ、早く後ろに乗って。ぐずぐ
ずしてると次が来るぞ」
「うん」
「よくやれたね。初めてにしては上出来だよ」
「へへ、相手が人間の姿してなかったからね。
それにさ、夜の蜘蛛は『よくも来た』ってね。
親に見えても殺せっていうでしょ?」
「あいつもとんだ災難だな。でも、ほんとの
理由は復讐だろ?」
「当然よ。でも、いやらしいやつだったよね」
「いや、あれが普通なんだ。おれたち生体改
造兵士は、成功率がすごく低くてね。〇.一
パーセントもないんじゃないかな。だから、
予めチャンスがあれば子孫、つまり自分たち
の遺伝子を残すように改造されてるんだ」
「それじゃ、もしかしてさっきあたしが感じ
ちゃったのも?」
言ってしまってから那恵は赤面した。
「そういうことだね」
急に西連寺にしがみついて密着している乳
房のことが気になり出した。だが、荒れた山
道でからだを離している訳にもいかない。
思い直して西連寺にさらにきつく抱きつい
た那恵を、月が照らしていた。
第一話・完