AWC 実験>ゼンマイ仕掛け5   $フィン


        
#1265/1336 短編
★タイトル (XVB     )  00/ 6/ 6  17:31  ( 51)
実験>ゼンマイ仕掛け5   $フィン
★内容
 男はヘンテコな思いにとりつかれていた。
 世の中すべてがゼンマイ仕掛け動いているように思えて仕方がないのであ
る。男自身でさえも、機械のセンマイ仕掛でできているのではないかと毎日
思い悩んでいた。
 男の住んでいる所は灰色の建物の中、何人かの人間と一緒に共同作業をし
ている。隣近所の者に不安な話をしていても、気の所為だと言って、適当に
相槌を打つだけで相手にしてくれない。仕方がないので、毎日医者から薬を
貰っている。人の話を聞いたり、薬を飲んでも、男は体中にゼンマイ仕掛け
でできていると思いは深まっていくばかりだった。
 一年、ニ年と白い建物の中での平穏な生活は続いていく。だけども体がゼ
ンマイ仕掛けであると思いは減るどころかますます増えていった。
 そして血色のよい肌色の皮膚の下には血液を流すプラスチックの管が音も
なく通っている。有機タンパクの代わりに無機質のゼンマイが大量に積め込
まれているとまわりの共同作業員に説教するのである。これにはまわりの人
はまいった。男は1度話しだすと何時間でも、相手が何を言おうと疲れて寝
てしまうまで、延々と続けるのである。そのため男は共同作業場の中では浮
いた存在になってしまった。
 あるとき、男は人を殺すことを決心した。殺すことで、男の体はゼンマイ
仕掛けでできているのか、血のかよった人間かの謎の問いに何らかの答えが
出ると思っていた。それに今のままでは狂いそうだったのである。
 まず、男は作業場においてある刃物を手に入れた。それを大事に自室の中
に隠して、適当な人間を物色した。
 男は若い人はまだ将来があるから止めにした。それから同年輩の人も力で
負けるかもしれないから止めにした。そして男はずいぶんと昔からいる古ぼ
けた本を小わきに抱えている老人を標的に決めた。理由は簡単である。老い
先が短いし、力も弱そうだからである。本当は、この老人が共同作業所にい
るから男は決心していたのである。男女の間柄に恋わずらいというものであ
るが、男は老人に殺人わずらいをしてしまったのである。老人を遠いところ
から見ると胸がどきどきして、人間の代表であるこいつを殺してしまえは今
人間の格好をしている者すべてはゼンマイ仕掛けか本当の人間か知ることが
できると一途に思っていたのだった。
 そうして、男は手に入れた刃物で老人を殺し、老人は動かなくなった。老
人は最後に安堵の笑みを浮べたように男には見えた。それも確認する暇はな
く、ピーピーとカン高い笛の音で男はまわりの人に取り押さえられてしまっ
た。
 男は満ち足りた気分だった。老人は人間だった。つまり男もゼンマイ仕掛
けではないとわかったのである。老人を殺してやっとできた安堵の微笑みだ
った。
 しかし、その微笑みも長くは続かなかった。男は連れ去られる前に老人が
持っていた古ぼけた本が開き、ポケットから螺子が落ちたのを見たのである。
古ぼけた本は老人の日記だった。それには『私は最後の人間である。どうし
ても寂しくて仕方がないので、ゼンマイ仕掛けの人間を作り、感情を持たせ、
共同作業所で働かしている』と書かれていた。
 男は今独房に入れられている。日記と老人のポケットから落ちた螺子のこ
とで男の頭の中は堂々めぐりに入り込んでいく。
 『あれはあの老人の妄想にきまっている。でももしも日記に書かれていた
のが真実だったら? みんなが寝静まった後で老人が密かに全員のゼンマイ
螺子を巻いてまわっていたのだとしたら…? そして俺がその唯一の螺子の
巻き手を殺してしまったのだったら? この身体のなかで次第にほぐれてい
くゼンマイはいったい何時まで意識の歯車を回しつづけられるのだろうか…』





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