AWC お題>停電    時 貴斗


        
#1232/1336 短編
★タイトル (VBN     )  99/12/16   1:33  ( 80)
お題>停電    時 貴斗
★内容
「あっ」六平は驚いて天井を見上げた。
 部屋の中が、真っ暗になった。
「あれ? 何か電力を食うもの、使った?」二十六になる息子の浩二が
言った。
「やっだ。怖いー」いまだにコギャル口調がなおらない浩二の妻、優子
は夫に身をすりよせた。
「あら、変ねえ。電子レンジも使ってないし。テレビくらいじゃないの?」
六平の妻、房絵はほおに手を当てた。
「母さん」六平はなかば、怒るように言った。
「はいはい」房絵は立ち上がり、感覚に頼って台所へと歩いていく。
「母さん!」六平は再び、叫ぶように言った。
「今探してますよ」房絵は戸棚の中を探った。「ないわ。お父さん、懐中
電灯どこでしたっけ」
「まったく。しょうがないな」六平はひざに手をつき、立ち上がった。
やはり感覚に頼って、台所へと歩いていく。
「あの、父さん……」浩二は六平がいるであろう方向に向かって手をの
ばした。
 まったく。金がなくなると帰ってきおって。あの、ガングロとかなん
とかいう言葉を使う嫁まで連れてきおって……。六平は心の中でぶつく
さとつぶやいた。
「ああ、これか」六平はようやくブレーカーまでたどりつき、スイッチ
をいじった。だが、明かりはつかない。
「漏電とかしてる? そうじゃなかったらブレーカーいじってもだめだ
よ」真っ暗な中、浩二は六平に向かって言った。「たぶんこの辺一帯、み
んな停電になってるんじゃないかな。電力使うもの、使ってないだろ?」
「やっだ。みんな停電?」
 六平はいくつかあるスイッチを、手探りで上げ下げした。しかし変化
はない。
「なんだこれは。浩二、知らんか」六平は振り向いたが、だれがどこに
いるのか分からない。
「電線がどっか、切れたんじゃないかな。こりゃしばらくは、なおらな
いぞ」浩二は他人事のように言った。
 六平の目が、少しだけ暗闇に慣れてきた。ぼんやりと妻の後姿が見え
る。懐中電灯? はて、どこだったかなと、六平は思った。第一、最後
に電池を入れ替えたのはいつだったか……。

       *       *       *

 浩二は胸ポケットから煙草とライターを引っ張り出して、さらに箱か
ら一本抜き出して、火をつけた。
 カーテンを通して窓から入るわずかな月の光を受けつつ、煙が拡散し
ていく。
「浩二、それ貸して」房絵は浩二のライターを指差した。
 受け取ったそれを、丸い鉄をすって火をつけ、テーブルの上にかざす。
 ぽっと、ライターから移された炎がゆれた。そして二つめの炎が。三
つめ、四つめ……。
「クリスマスケーキに、ろうそく立てるんだっけ」浩二は煙をまっすぐ
にふきだした。
「うわあ、きれい」優子は両手を合わせてあごに当てた。
「お、いい感じだな」浩二はまだだいぶ残っている煙草を、炎が映るガ
ラスの灰皿にすりつけた。
「ロマンチックうー」優子はケーキに顔を近づけた。
「メリークリスマス!」浩二はおおげさに手を打ち鳴らした。その顔は
笑みで満たされていた。
「浩二、クラッカーは?」房絵はケーキの上のろうそくのすべてに火を
つけ終え、さらにテーブルの上の二つの大きめのキャンドルに火をつけ
た。
「おっ、そうか。忘れてた」浩二は背後のビニール袋をつかみ、ひとつ
ずつクラッカーを取り出しみんなに配った。「ではあらためて。メリー、
クリスマス!!」
 はじけるような音が次々と鳴って、いろとりどりの紙が宙を舞った。
 優子はケーキの上でゆらめく炎を、一気にふき消した。二つのキャン
ドルの炎だけが残った。
「お前の誕生日じゃないんだぞ」浩二は言った。
「いいじゃないか」六平は優子にかわって言葉をかえした。
「いいの、いいの」房絵はろうそくを一本一本抜き取り、ケーキを十字
に切った。
「さあ、頂きましょう」房絵は切り分けたケーキを六平の皿に盛った。
そして優子の皿に、浩二の皿に、最後に自分の皿にのせた。
「うわあ、おいしそう」キャンドルに照らされた優子の顔の二つの目が、
三日月のようになった。
「こういうのも、おつなもんだな」浩二は照れたように言った。
「親におこづかいねだるの、いいかげんやめなさいね」房絵はライター
を浩二に返した。
「母さんもぬかづけばっかり作ってないでさあ……」
 
 サンタさん、ありがとさん、と、六平は心の中でつぶやいた。


<了>




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