AWC 「お題>【台詞のみ】>「台詞のみ故、無題よ」   永山


        
#1140/1336 短編
★タイトル (AZA     )  98/12/ 8  18:18  ( 70)
「お題>【台詞のみ】>「台詞のみ故、無題よ」   永山
★内容
「んなこと言ってるけど、益子。それ自体が題名になってるじゃん」
「ノンノン。気にしない。ちょっとした洒落だからいいの」
「作者名だって書いてるしさ」
「うるさいわね、もう」
「……」
「あら、急に大人しくなったわね。どうしたのかしらあ?」
「……」
「……ねえ、ちょっと。黙られると困るのよ。これ、台詞のみなんだからね」
「……」
「私とあなた、二人しかいない登場人物の片方が黙っちゃったら、話が進まな
いわ」
「……」
「ん? この人ったら、ペンと紙を取って、字を書き始めた。――あっ、こん
な台詞でごめんなさいね。こうでもしないと伝えられないのよ、許してちょう
だい――。えーと、何々。『台詞のみだったら、もっと面白いことをやろう』
ですって? 何かあるの、案?」
「あるよ。始めるから、着いてきて。――刑事さん、すんませんけど、明かり
を消すか、あっちへ向けてくれやしませんか。目がいとうていとうて、はあ」
「?」
「まぶしいてかなわん、ほんま」
「ふむ。つまり、こういうこと? ――全部を白状したら、消してやってもい
いぜ。ふふふ」
「いけずせんと、はよう消してください」
「焦るな。わしが小さい頃はな、親から辛抱というもんを教え込まれたものだ。
親だけじゃない、近所の大人は皆、恐かったなあ」
「思い出に浸っとらんと、後生やからたのんますわ、もお」
「だめだ。先に、正直に言ってもらおうか。ブツをどこに隠したんだ?」
「知りまへんて、さっきから何遍も言うておまっしゃろ。ぼけとんちゃうんか
いな。結構なご高齢やし」
「ほう、そうかい。じゃあ、あのことをおまえんとこの親分にばらすぞ。おま
えにとってどちらが重荷か、ようく考えることだ、あほ」
「親分……おお!」
「さあ、どうするんだ? 言ってしまえよ、さ」
「かぁーっ、困った。ううーん。……刑事さん、一つだけお願いがあります。
聞いてくれまっしゃろか?」
「だめと言いたいところだが、話す気になったのなら……何だ?」
「胃が空っぽなんですわ。空腹で喋る気力もなけりゃあ、頭も回りゃしまへん。
何でもいいから、食わせてください」
「何て奴だ、やれやれ。しょうがねえな。出前を取るか。カツ丼でいいよな?」
「好物なぐらいで――この辺でやめようかな。そっちの意見はどう、益子?」
「――私も賛成だわ」
「よし、結構。で、僕が言いたかったのは、台詞のみによってできることの多
様性で……僕達がお芝居を始めた場面から読み始めた人は、僕と益子の会話を、
刑事と容疑者のものだと考えるよ」
「当然ね。私もそのつもりだったもの。違うと?」
「断定はできない。刑事を職業とする男が、もう一人の男と宝探しごっこをし
ていたのかもしれない。目標物を隠した男に対して、刑事は短気にも、強引に
隠し場所を吐かせようとしているのさ。明かりがまぶしいだの、出前でカツ丼
を頼むだのは、普通の家でもあり得る光景だ」
「……なるほどね。理屈は通っている。屁理屈だけど、まあいいかな」
「参考までに、今の警察では、取り調べの最中、あるいは終わった直後にカツ
丼を食わせてくれることなんてないんだってさ」
「ふうん。予算が足りないのね。カツ丼はだめ、玉子丼ならOK? うふふ」
「はっ! つまらない冗談だなあ。話を戻すと、場面の状況や登場人物の職業
の他にも、色々なことを勝手に推測しているんだ、読んでる人達は」
「たとえば何があった?」
「喋りから、容疑者を関西出身だと思うに違いない。また、益子の口ぶりにし
ても、男性、しかも老人だと信じ込むだろうし」
「うん、それが常識というものでしょう」
「刑事、ライト、カツ丼から取調室を連想し、関西弁を喋れば関西人、老人は
必ず年寄り言葉を話す……こういった約束事のようなものがあると、読者は無
意識の内に決めつけている。物書きにとっては、そこが狙い目で、いくらでも
詐術を仕掛ける余地ができるわけ」
「くっくっく。そうよねえ。現に、私が女だとは一言も記していないのに、読
んでいる人達の大半は、『益子は女』と思い込んでおられるわね、恐らく」

 と、ここまで書いたところで大いなる疲れを感じた私は、文書をとっとと保
存して、パソコンの電源を切った。

――終」




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