#916/1336 短編
★タイトル (AZA ) 97/10/ 6 17:26 ( 86)
トーナメント オブ D 平野年男
★内容
流山治郎は感慨に耽っていた。
決勝戦まで、長く苦しい道のりだった。振り返るだけで、冷や汗が出て来る。
初戦から強敵のホー○ズと当たったが、老齢に差し掛かった相手が痴呆症気
味だったので、辛くも勝てた。勝利のあと、流山はサインを相手に求めたくな
ったが、ぐっとこらえた。
二回戦は○年探偵団だった。一対多数のため苦戦を強いられた流山だったが、
敵方団長の○林君が皆をまとめるのに気を取られている隙に、出し抜くことが
できた。セコンドの明智○五郎が悔しそうにしていた。今大会不出場の彼は、
次回、自ら出陣しての雪辱を誓っていた。
三回戦、金○一一。たとえ優勝できなくても、彼にだけは負けたくなかった。
流山のそんな一念が通じたのか、予定の犠牲者全員が死ぬのを待っていた相手
より先んじて、謎は全て解けた。
四回戦では、ポワ○が登場した。死んだはずだと思っていたが、ポワロでは
なく、別の人だった。それで緊張感から解放された流山は、鮮やかな勝利を収
めた。決勝までの戦いの中で、最も会心の推理を組み立てられた。
五回戦は問題に恵まれた。対戦相手の少年探偵コ○ンには気の毒だったが、
このときの謎は大人並みの身長がないと決して解けない性質の物だった。流山
は一八五センチの背を誇るのだ。
六回戦、猫の名探偵が出て来た。飼い主はいない。ここまでどうやって勝ち
上がったのだろうか。腑に落ちないまま圧勝したあと、聞いてみると、飼い主
は腹を下してトイレの住人となっていたと分かった。
七回戦は、現職の刑事が相手だった。刑事が一人で何ができると高をくくっ
ていたら、相当な強敵だった。事実、先に推理を述べ始めたのは刑事の方だっ
た。そしていよいよ肝心な点に差し掛かろうというとき、刑事はこんな風に始
めた−−「うちのかみさんがね」。それが刑事の失敗だった。いつもいつも引
き合いに出され、あることないこと吹聴される刑事の妻は頭に来ていたのだろ
う。いきなり観客席から飛び出してくると、旦那を引きずってどこかへ行って
しまった。流山は、推理対決にしては珍しい、リングアウト勝ちを拾った。
準々決勝では、三回戦で当たった金○一一の祖父が出て来た。彼もまた寄る
年波には勝てず、立て続けの頭脳労働で披露がピークに達していたらしい。運
良く切り抜けられたのは、ラッキーとしか言い様がない。
先ほど終わったばかりの準決勝において、流山は○○7と当たった。
ん? 伏せ字にした意味があまりない。まあいいか。
名の知れたスパイという矛盾した存在である○○7はハイテクを駆使してき
たが、それに伴う膨大なマニュアルを読みこなしていなかったらしい。初歩的
なミスでデータを勘違いしたまま推理を重ねた彼を、流山は楽に下した。
こうして参加者数千余名の「トーナメント オブ D」−−名探偵世界一を決
める戦いを、流山は勝ち抜いてきたのである。
決勝戦を前に、食事を兼ねた休憩に入った流山は、相手について少しでも知
っておこうと考え、係員に頼んで、反対側のブロックの模様を示した用紙を持
って来させた。
「ん?」
指でトーナメントの山を下っていくと、行き当たったのは聞いたこともない
名前であった。
(真贋寺神人……知らないなあ。名前も顔も知らない。まあ、私だってまだま
だ無名の存在だからな。在野の賢人がいてもおかしくない。それよりも日本人
同士の決勝となったことを、誇りとすべきかもしれない)
次に、真贋寺がどんな相手を倒してきたのかに注意を向けると、やはりなか
なかの顔ぶれであった。敗者の名誉のために列挙はできないが……。
どのような勝ち方をしてきたのかまでは、トーナメント表に記されていない。
ただ、流山が決勝進出を決めた時点で、真贋寺はすでに勝ち上がっていたよう
だから、流山よりも早いタイムで正しい推理をしてきたことになる。無論、問
題のレベル差は多少あるだろうが、強敵なのは間違いないだろう。
「気を引き締めないとな」
食事を終えた流山が、気合いを入れるために頬を両手でぱちぱち叩いている
と、控え室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ。開いています」
「失礼します。主宰者からデザートのサービスです」
ドアが開き、正装をした細身の男の姿が確認できた。
「デザート?」
椅子から立ち上がり、訝しく思いながらも、流山は男へ近寄っていった。そ
して銀のトレイに乗る飲み物とケーキを見下ろした。
「主催者が、流山様、真贋寺様両名の決勝での検討を願って、激励の意味を込
めたデザートです」
テーブルにデザートを置き、にこやかに説明する男。
「そうか。では、ありがたくいただきましょう」
グラスへ手を伸ばす流山。軽く匂いをかいでから、一口飲む。
「ん、これはおいしい。優勝したら、レシピを教えてもらおう」
そう漏らした流山に、男は微笑を返し、一礼をすると部屋から立ち去ってい
った。
* *
アナウンスが告げると、場内は大いにざわめいた。
<……繰り返します。
トーナメント オブ Dの決勝は、Bブロック勝ち上がりの流山治郎選手急死
のため、真贋寺神人選手の不戦勝となりました。表彰式は予定通り行いますの
で、関係者の皆様は、ただちに本部席前に集合してくださるようお願いします>
大騒ぎの中、担架に乗せられ、運び出されていく流山の毒殺死体……。
観客の間からは、こんな声が囁かれていた。
「一回戦から決勝までの十試合全て、相手が急死しての不戦勝とはね。真贋寺
という探偵は、つくづく幸運の持ち主だぜ。推理能力は明らかじゃないが」
「いいんじゃない? 名探偵には運のよさも必要よ。一番大事な要素と言って
もいいぐらいにね」
−−終