AWC 【少年時間】〜硝子の想い〜   らいと・ひる


        
#915/1336 短編
★タイトル (NKG     )  97/10/ 5  22:18  ( 60)
【少年時間】〜硝子の想い〜   らいと・ひる
★内容

「待ってよフィリシア」
 少年は少女の背を呼び止める。
 だが、彼女はそれを無視して歩き去ろうとする。
「フィリシア、ボクのことを好きだって言ってくれたじゃないか」
 少年はもどかしい感情を彼女にぶつけた。
「たしかにそう言ったかもしれない」
 少女は立ち止まる。
「でもそれは昨日の話。今日のわたしもあなたを好きでいるとは限らないの」
 振り返ったその瞳には、冷めて大人びた想いが込められていた。
「そんな……ボクはキミのことをずっと好きだった。これからもずっと好きでいよ
うと思っていたのに」
 少年の心に生まれた恋心。大切なものだと、彼は大事にしていた。
「エルク。永遠なんてこの世には存在しないのよ。私もあなたも生きている。だか
ら、変わり続けようとする。感情だって同じなの。心を閉ざすのはあなたの勝手だ
けど、わたしはわたしでいるために生き続けたいの」
 少女は人を好きになることを知っていた。そして、その感情が永遠でないことも。
「でも、昨日の今日でそんなことが納得できるものか。キミはそんなに簡単に人を
嫌いになれるのかい」
 少年の抵抗は続く。それが永遠に混じり合わない平行線だとしても。
「嫌いになったんじゃない。好きでなくなっただけ」
 感情と言葉の交差。混じり合えない矛盾が少年と少女の表情を凍らせる。
「同じじゃないか!」
「ううん、違うのよ。それがわからないなんて……エルク、あなたは本当に人を好
きになったことがあるの?」
 一瞬の躊躇。少年は自分の感情に疑問を抱く。だが、その思考はすぐに止まる。
「ボクはキミが好きだった」
「だった?」
 小悪魔的な少女の嘲笑。
「これからもずっと好きだ」
 少年は必死に叫び続ける。偽りかもしれない心の片隅に残ったかけらを。
「あなたの負けね。感情も生きているの。そのことにあなたは気づいたはずよ。今
日抱いたその想いが、明日どうなるかは誰にもわからない。もちろん、自分自身に
も」
 少女はふっとため息をこぼす。
「それは詭弁だよ」
 見苦しいことはわかっていた。しかし、少年にはそれを認めることはできなかっ
た。
「そう思うのは勝手よ。でも、自分の感情まで偽りだと思わないほうがいいよ。つ
らくなるから……絶対」
 少女は再び少年に背を向ける。
「バイバイ、エルク」
 そう言い残して少年の前を去っていく。硝子の想いは破片となって心を傷つけて
いく。
 傷つきながら少しずつ少しずつ少年は大人になる。

 でも、大人になって少年は気づくだろう。

 永遠にはほど遠いかもしれないが、人の一生分は変わらない想いがあるというこ
とを。



                                (了)
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▲好きでなくなることと、嫌いになること。同じのようで、実はまったく違う感情。
 未熟な少年の心にはけして理解できないかもしれません。





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