#265/1336 短編
★タイトル (SKH ) 94/ 7/ 7 1:24 ( 60)
お題>水底の天使 クーバチャイ
★内容
ベツレヘムの馬小屋では今、世紀のイベントが行われようとしていた。
『処女出産』である。
このイベントに立ち会った二人(こういう数え方が正しいかどうかは知らない。
アーメン)の天使がいた。
名前は、ヘレナとヘレイシュという。ついでに、生まれてくる男の子の名前も
決まっていた。
『ジーザス・クライスト』のちにゴルゴダの丘で磔にされた人物である。
「マリアさん、もう生まれそう?」
ヘレナが、小さく優しい声で問いかけると、マリアはうつろな目を天井に泳がせたまま
ゆっくりと顎を引いて、その言葉に答えた。
麦わらのベッドの上で飛び出したおなかを苦しげに抱えて横になり大きく肩で息をする
彼女の顔には大粒の汗が皮膚の脂の上で窓からの光をうけて鈍く光っていた。
馬の排泄物と汗の匂いがこもった不衛生きわまりないこの場所で誰が神の子が
誕生すると想像できたであろうか。ヘレナとヘレイシュの二人の天使はこの状況を
空の上にいる誰かさんに訴えるために力の限りラッパを吹いた。
「パ、パ〜!」
隣で静かにしていた馬が暴れた。産気づいていたマリアは絶叫した。
「マリアさん安心して、破傷風にはかからないって、クスッ」
ヘレナは赤ら顔でにっこり笑って差し出されたマリアの手を握りほおずりした。
マリアは手を差し伸ばしたのではなく、「あっちへ行け」と、
手を動かそうとしていたのだった。
この光景にヘレイシュは感激し、この感動を空の上にいる誰かさんに伝えるために
ラッパを吹いた。
「パ〜!、パ〜!、パ〜!」この信号の内容はこうだ。
「主は来ませり、主は来ませり、主は来ませり、」
静かにしていた馬が3度暴れた。マリアは3度絶叫した。
「あら、こんな所に水がこぼれているわ」
場所が場所だけに、お馬さんの小さいほうかと思ったが、
ヘレナはマリアの様子にすぐに気づいた。
「破水よ、破水がはじまったのよ!」
ヘレナとヘレイシュは高ぶる気持ちをおさえつつ、
空の上にいる誰かさんにこの事を伝えようととしていて、
横からのマリアの声を聞いた。
「う、産まれる、産まれる〜う、」
ヘレナとヘレイシュはハッとして振り返り、全身をこわばらせている
マリアの姿を見た。
「ああ、マリア。がんばって、お願いがんばって」
ヘレナは、崩れるように、天使の衣が破水にまみれるのもかえりみずマリアの側に
ひざまずいた。
「ヘレナ、これは人間の戦いなんだ。僕たちが手をくだすことじゃあない。
僕たちに出来ること言ったら、」
そこで、ヘレイシュは言葉につまりつつ、ちょっと考えた。
「ラッパを吹くことぐらいかな」
ヘレナとヘレイシュは力の限りラッパ吹いた。
空の上にいる誰かさんに伝えるためではなく、ただ純粋にマリアを応援するために。
「パ〜!、パ〜!、パ〜!」馬小屋の中でこだまするこの大音響には意味はない。
マリアはうめきながら、全身に力を込めて気張っている。
マリアの耳にはうねりを持ったラッパの大音響がガンガン響き、
頭の中はほとんどオレオレ状態だった。彼女は吹き出す鼻血を吹きもせず叫んだ。
「シュート!」スポ〜ン!パカッ、カンッ、サスス「ゴ〜ル!!」
これは、マリアの見た光景である。実際には転げでた胎児が暴れる馬に蹴られて
窓枠にぶつかりつつ不規則な回転で胎盤と一緒に馬小屋の外に出て行ったわけだった。
ヘレナとヘレイシュは疲れはてたマリアを前に終始無言だった。
彼らもクラクラする頭で事のしだいと、重大さを理解しつつあった。
「僕が責任とるよ」ヘレイシュはそう言ってパンツを降ろした。
「アホか!」
空の上にいる誰かさんがそう叫んで、世界は水びたしになったけどノアの一家は助かっ
たとさ。