AWC エンターテイメント


        
#225/1336 短編
★タイトル (VEA     )  94/ 5/13   8:10  ( 99)
  エンターテイメント
★内容
エンターテイメント
                                           今井一郎

 宇宙歴158年。内乱は王党派の敗北で幕を下ろそうとしていた。
 今、王党派の政府軍の最後の近衛機甲師団が最後の絶望的な抵抗を続けていた。
 国軍の過半が反旗を翻してから3日が経過していた。
 その間に僅かな正規軍の王党派部隊も組織だった抵抗をする前に各個に撃破されてい
った。今残るのは儀仗兵や貴族の子弟などを中心とした士気は高いが経験は皆無の近衛
師団1万人と僅かな王宮の守備団だけだった。
 頼みの綱の銀河連合の軍事介入もわずか3日ではその組織の巨大さ故の動脈硬直のた
めにどうやら間に合わなかった。
 たった一つ、銀河連合首都地球から避難船団が来てくれる事だけが希望といえば希望
だろうか。
 その窓の外からは、絶えず熱線砲の光線と衝撃音が世闇を照らしていた。
 今、壊れかけた野戦ラジオが国王の最後であろう放送を流していた。
 そして、ノイズの中で自らの無力と国軍の反乱部隊の非道を糾弾し、臣民の蜂起を期
待する旨を表明した、偉大な国王陛下のそれはいつの間にか終わった。
 なんの感銘もそして感想も残さない無味な放送が終わった。
 野戦ラジオのがなるアジ演説じみた王の演説は、終わりに酒場に残る一人の老人が杯
を軽く掲げただけで終わった。
 その演説では蜂起するはずの臣民はどうやらこの酒場には皆無のようだ。
 酒場には老人と一人の地味なスーツ姿の男と、老バーテンの3人だけが残っていた。
 もう、すでに王都の住人の大半は宇宙港の避難船へと避難を進めていた。
 この酒場には、バーが1本。細長い店内は落ち着いたシックな雰囲気を醸し出してい
た。
 古い天然の木材だけで、全てをなるべくフラットにまとめられていた。
 老バーテンの灰色の髭がそこだけ空間に浮かんでいる。
 目を合わせると、灰色の髭が、カルカテラス・ルスの杯に注文しない一杯のシンガポ
ール・ジン・スリングを作り出した。
 シェーカーの音。
 僅かに、カルカテラス・ルスの眉が動いた。
 それはあるファシストの軍隊に占領されたホテルで発明され、ファシストの喉を最後
まで、即ち彼らの敗北まで、一滴も通る事の無かった勇敢なカクテルの名前だった。
 寡黙な老バーテンダーはいつものように、カクテルの杯にキッチリと一滴まで計算さ
れ尽くした分量を注いだ。
 いつものように差し出された濃いピンク色の飲み物は、この日いつもより僅かに色が
濃かったかもしれない。
「これは、当店からでございます。」
 目の前に置かれたカクテルの由来を知るカルカテラス・ルスは、それを瞬間睨み付け
るようにした。
 野戦ラジオが唸りだした。
 どうやら、近衛師団に決定的な一撃が加えられたらしい。彼らが破られれば王宮まで
は無防備だ。1時間以内に国王は反乱軍の手中に収まるだろう。
 バーテンの趣味の良く使い込まれたバーは、ちょうど閉店の時刻だった。
 一気に、カルカテラス・ルスはそれを呑み込んだ。
 いつものように、
 そして、きちんとプレスされたハンカチにいつもの10ドルのチップを挟み込んで、
彼は店を出た。
 いつもと寸分も違わない言動は、未来の再開を彼が疑わない事を老バーテンダーに暗
に伝えていた。

 背後に頭を下げるいつものバーテンの姿を感じ、バーの扉が閉められた。

 人の気配の無い王都のメインストリートに出ると、カルカテラス・ルスは駐車された
オープンカーに乗り込み、軽いブースト一発でストリートへと進めた。
 王都の警察の姿の見えない、自動灯火インフォメーションの点灯しないストリートを
時速150kmで、高圧エアーを噴出しながら走る。
 両方には、奇怪にそびえる超高層のインテリジェントビルがあり、明かりの無いそれ
らは巨大怪獣の両足のような感覚を彼に覚えさせた。
 路面を滑るように走るエアカーは年代物の大型で、恐ろしいくらいに燃費が悪いよう
だ。電圧計や電流計のアナクロな針がそれを示している。
 この型は、電動機が鉛玉のように重い重低音を響かせるために若者に好まれた形だっ
た。
 何時の時代も変わらないものはある。
 遥か昔の時代にもそんなガソリン式の車があったと彼は聞いていた。
 ブーストを噴かして、カルカテラス・ルスはスロットルを思いっきり開閉した。
エグゾーストパイプからエレキを弾かせて、重低音がリズムを打ち始める。
 王都は完全に統一化された警察という機構の下に半径5千光年でも数本の指に入る情
報集積都市として繁栄していた。
 だが、それも昔日の栄光となるのだろう。
「ラッフルズホテルか。」
 彼は僅かな微笑みを浮かべた。
 シンガポール、ラッフルズホテルは、あの500年近い過去のファシストの占拠して
いた一時期を除けば地球で今なおあの酒をリストに載せているという。
「アイシャルリターン。」
 奇妙なアクセントでそう叫ぶ。
 呪文の様なその古代語をそこで叫んだ古代の将軍は確かに戻ってきた。
 300kmで飛行モードに移った彼の車は、高度150mの王都高速空間に車線をチ
ェンジした。自動的にバインダースコープがフロントガラスに映像としてインフォメー
ションを表示しだし、交通法違反だと彼にバインダースコープを着用するようにコーシ
ョンを与えた。
 無人都市で起動する交通オペレーションシステム。
 交通違反だと警告するマーカー、その位置には油性のマーカーで書かれた下品な記号
があった。
 それは以前のこの車の持ち主の趣味なのだろう。
 中古車屋で自分の見つけたこの車に彼はこの頃愛着を覚え始めていた。
「俺の趣味じゃない。」
 口に出してつぶやいてみて、心の中でおかしさを堪えて、ハンドルの両腕に力を込め
た。
 僅かな自由を貼り絵のように手に入れて彼は生活する事を望んでいた。
 僅かな自由を自分の力で手に入れる為に力を尽くす。それが彼の生き方だった。 無
人都市の奇妙な自由を胸に納めて、彼は車を反転させて空港へと向けた。

 最終の避難船は8分後に中立で介入する銀河連合の連合宇宙軍の完全警護下で中央宇
宙港から地球へと飛び立つ。


                     つづく
..




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