AWC 妄想の罪


        
#224/1336 短編
★タイトル (VEA     )  94/ 5/13   8: 7  ( 50)
妄想の罪
★内容
「妄想の罪」
                        今井一郎

 背後には青白い、まん丸の月が鈍く照り輝いていた。
 奇妙に透明な空気を通して彼女を包み込む光のベクトルはこれから乗り込む列車の線
路にちがいない。彼女はうっとりと両手でおつき様をすくうような素振りをして、もう
一度ニッコリと微笑した。
「ウフッ、おつき様、おつき様。わたしの願いを叶えてくれてありがとう。無垢なわた
しなら、純白のニーソックス、そして紺の上下の私なら、あなたは必ず私を受け入れて
くれるに違いない。」
 そう、ノゾミは生まれ落ちてからの15年間と9カ月、5日と22時間24分15、
16、17秒の間理不尽な大人の倫理のなかで、たった一輪のチューリップの可憐さを
保ちながら3秒に一呼吸を守って生きてきた、不浄な世の大気を吸わないように生きて
きた。
 努力してきたんです。
 それなのに、それなのに、世の大人達、いえっ違うわ権力者、権力者達は己の私欲の
ために狂奔し、乱舞し、錯乱し、そのネジれた頭で私のサンタクロース、霊界、キリス
ト様、こっくりさんの存在を一笑したのよ!
 あまつさえ、あまつさえ、、私のネバーランドまで取り上げるなんて、
 ノゾミは、腰にまで達する長髪をまるで怒涛の日本海、大蛇の鎌首のようにうねらせ
て、すさまじい形相で叫んだかと思うと、瞬間で陶酔した優しげな表情に戻ると、これ
から彼女の行く桃源郷を考えて両手を「キリストに祈る処女の図」した。

 列車の中に、ノゾミは乗っている。ネバーランド行きに違いないその列車は彼女の思
いに答えるかのようなすさまじいスピードで月の線路の上を疾走している。
 ノゾミは車内販売の少年を呼び止めた。
「何があるのかしら。」
 何時にない社交性でノゾミは少年に尋ねる。
「150銭頂きます。」
 少年は紅顔をノゾミに向けてそういうと。ノゾミの質問には答えずに一杯の赤い液体
を差し出す。ノゾミはそれを受け取ると、困った顔をして、
「ごめんなさい。私どうやらお財布を忘れてきたみたいなの、また今度お財布のある時
にお支払いするわ。」
 と言い、すまなそうな顔を少年に向けた。
 なんというノゾミの狡猾、そして罪。ノゾミは金もなく少年を呼び止め、当然に許さ
れるものとして主張したのだ。
 少年は僅かに沈黙し、そして肩を上下に動かすと、何も言わずに行ってしまった。
 ノゾミの見ることのできない少年の素顔。
 少年の売るものとは何か!
 それは彼の体液。彼自身の手によって流されたその体液のために傷ついた人々に対す
る懺悔。

 少しして、隣の車両から悲鳴とも笑い声ともつかない声がしてノゾミはちょっとだけ
驚いた。
「何かしら、まるで分別を知ら無いような、常識を忘れたみたいな声だったわ。」
 列車の速度が落ちていき、ノゾミの背後の車窓に停車せずに通過していく駅が見えた
。「非常識の墓場」という駅名がゆっくりと流れる。
 月のベクトルを線路にした超特急は速度を増しながら目的地に向かって走っていく。






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