#193/1336 短編
★タイトル (YPF ) 94/ 2/11 2:52 (157)
「夜中のおと」 不知間
★内容
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夜中のおと
不知間 貴志
「先輩にきいた、あのスポーツクラブ。凄す
ぎる」
「でしょ。他と違って、ちゃあんと最初から
いった通り体重減るんだから」
「でもお。あの西川とかゆう・・・指導者?
嫌いだな」
「西川か。あいつ評判すっごく悪いから・・・
触るでしょ。それがねー、なんかやだわ」
「そそそそうそうそう。腰とかすぐね。でも、
そういえば雅子ちゃんから面白い話聞いたん
ですよ。実はあの西川って奴、毎週末自分の
家で・・・」
・・・つむじのあたりから、まっすぐに流れ
る、それこそ一本一本手入れされたような髪
の毛を見てて、なんだか撫でてみたい衝動で
頭がいっぱいになる。けど駄目かな。そんな
ふわふわとした気分で、さっきから舞い上がっ
てるって感じ。
ずっと目の前で話し続ける恵美の、よく動
く唇を凝視し続ける。どっちにしろ、もう耳
くたびれて、話は適当にしかきいてない。
・・・特に、”エ”ってする口が可愛い。綺
麗だなあ。恵美って。白いコーヒーカップを
つまむ指の先の、桜色の幅の狭い爪。あたし
もつられて、かなり冷めたくなったマンダリ
ンをすする。
・・・恵美のカップにリップ残ってるってこ
とは、さっき席立ったとき、あたしを意識し
て化粧なおしたってことかな。だよね絶対・
・・いいね。そう頭の中で考えるくらい自由
だし。
思い切って、手、さわってみよかな。あ、
いいなあ。あたしよりずっと痩せたみたいだ
し、やっぱり胸おおきいし、肌白いし。気持
ち良さそうな体でいいな。できれば取っ替え
ちゃいたい。
え、会計? なんだつまんない・・・そう
いえば今日、なに話していたっけ。
「そう。うん・・・ね。そうだ。だいぶ遅く
なっちゃったし、あたしのウチで、お酒とか
どう?」
あたしはわざわざ挑戦的な視線をつくる。
「えー、いいんですか。そういえば先輩んと
こって、まだ、一人暮らしなんですか?」
「当然よお。いいわよ明日休みだし」
「そんじゃ、・・・もし彼氏とか待ってたら
すぐ帰りますから。ご安心ください、って」
「あ、なーに、このお馬鹿」
グラスに水を乱暴にそそぎ込むアルバイト
らしい若い男性の店員と目が合う。冷ややか
な視線(ふん、男ってこうだね)。
「じゃぁ、いこっかな」恵美が笑って、自慢
のバッグを持ってすぅっと立つ。
ふうん、上品じゃない。
*
貸したパジャマを着た恵美は、すうすう軽
いイビキをかいて寝てる。
ベッドとられたし。
・・・まっ、朝まで飲んでてもいいか。
しかし、予想外のひどい酔っぱらい。恵美、
酔ったあげくに、いっしょにシャワー浴びな
きゃ大声だすぞ、だもんな。
・・・駄目だね。最近あたし欲求不満で。真っ
赤になった顔とか、見られちゃったか。
これだって、今回みたく突然部屋に誘い込
んでくるんだって、普段のあたしらしくない
し。慎重じゃない。
ベッドのそばにおいた、この狭い部屋には
やっぱり場違いな、重いガラスのスタンド。
うんと暗く調光した、とっておきの黄色い光。
消したテレビ。そこに映ったあたしをみつ
めるあたし。その後ろの闇。自分の無表情な
小さい目にウンザリして、両手で顔を覆う。
こうなりゃあの、とっておきの高いウィス
キーも飲んでみよう・・・何時かな。時計は。
あれれ?
恵美、イビキが止まってる・・・息してな
い? え?
「え、恵美いっ!?」
声かけて両手でゆすってみる。てのひらを
薄く開いてる口に近づける・・・全然空気の
流れが感じられないじゃない!
そ、そうだ、心臓は?
ふとんをはがして、左耳を恵美の胸に押し
つける。ぐにょ、と柔らかい肉の感触(う、
うわっ、これじゃきこえないかな、心臓どこ
か、よくわかんないぞ)。
トクッ、トクッ、トクッ・・・
・・・なんだ、大丈夫。
もう一度呼吸を確かめる・・・とてもかす
かな息。なるほど。そういう体質ってあるの
かも。明日本人の口から確認しなきゃ。
ついでに、軽く恵美の唇にキス。白い歯の
濡れた艶。頬からあたしと同じハーブの香り。
そうだ、明日の朝それとなく香水も教えこん
で、昼間も同じ匂いにしてやろう。そうしよ
う・・・
午前3時10分。
耳を圧迫するシンとした静寂の中で、あた
しは、まだ恵美の身体を、ぼうっとながめ続
ける。全然眠くならずに、興奮している自分
の状態が恨めしい。自分の全身のうぶ毛が立っ
ていて、肌のすぐ下あたりがもぞもぞし続け
ている。
脈も、とっておこうかな。いいよね。
恵美の左腕をとる。手首をにぎったところ
で、恵美の腕がこちらにさからって動く。
「あ。先輩い〜。何してるんですかあ?」
起きちゃった。どうしよ。しばらく返事に
つまって黙っていると、その大きな目を半分
程あけて恵美が意地悪く口や頬をゆるめてニ
ヤリと笑う。そして、とてもゆっくり、寝返
りをうつように身体をひねる。
「・・・抱いてえ」恵美がつぶやく。突然の
言葉に、薄暗い部屋の中で、自分が一瞬にし
てカッと耳まで赤くなるのがわかる。
しかし、次の恵美の一言がひどくあたしを、
それも容赦なく打ちのめした。
「先輩って、あれ、レズ、だって・・・だか
ら私そういうの興味あったし・・・先輩なら
一度ぐらいいいやって思ってたんだ」
・・・バカ野郎。あたしは、あたしそんな変
態じゃないぞ!
「女どおし、朝までいっしょにいて」
半分寝ぼけている恵美をあたしは、思いっ
きり無視してやった。無言でベッドから離れ
てキッチンにたつ。裸足に冷たい床。しばら
く耳をふさいで立ちすくむ。
鈍感で自分勝手に盛り上がってる恵美は、
まだ待ってるのだろう。でももうすこしたて
ば、気がつく。それから、朝まであと2時間、
3時間? ふたつの鍵のかかった玄関のドア。
それでも大好きな恵美をここから外へ追い出
すわけにもいかない。嫌いになりきるには時
間が、時間がかかる。
この寂寥感を、どう処理しよう。あたしは、
それに負けずに恵美を抱かずにいられるだろ
うか。それとも・・・
たった一人の、今生きて息をしているあた
しは、夜中に冷たく包丁を握ってる。
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1994.2/11
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先日のOLTで出会えた人たちに。
「飛行機」は無し。難しい。